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第八章 こころ揺れる
突然の提案
「え? 執務のお手伝いはもうよろしいのですか・・・?」
ジュヌヴィエーヌは、エルドリッジから告げられた台詞に、暫し言葉を失った。
ジュヌヴィエーヌの兄、バーソロミュー・ハイゼンが帰国の途について二日。
久しぶりに取れたエルドリッジとのお茶の時間を、ジュヌヴィエーヌはとても楽しみにしていた。
ジュヌヴィエーヌは、睡眠時間も削って執務公務にあたるエルドリッジが心配だった。名前だけの側妃という、多忙なエルドリッジにとって何の助けにもならない立場が申し訳なかった。助けられてばかり、守られてばかりの自分が不甲斐なくて、何か返せるものがあればと、いつも思っていたから。
それであれこれと考えて、思いついたのがエルドリッジの執務の手伝いだった。
幸い、マルセリオで王太子妃教育の大部分を終えていた。国は違うし、機密情報には触れられないけれど、探せば自分にもできる事があるのではないか、なんて。
結局は雑用を少しこなす程度で、それでもエルドリッジや文官たちから礼を言われて、役に立てたと子どもみたいに喜んでいた。
なのに今日、告げられてしまったのだ。もう執務室での手伝いは要らないと。
―――やはり、私なんかではお役に立てないのね。
ジュヌヴィエーヌに、マルセリオ時代の、ファビアンたちに貶められていた頃の後ろ向きな思考が蘇る。
生意気、頭でっかち、つまらない女、陰気、華がない・・・彼らにぶつけられた言葉は数知れずだ。マリーは明るいのにお前は暗くて駄目だ、マリーがいると気分がいい、やっぱりマリーじゃなきゃ、マリー、マリー、マリー・・・
「・・・わ」
―――私では駄目なのですか。
そんな言葉が口からついて出そうになった時、エルドリッジが言った。
「ジュヌヴィエーヌをきちんと学園に通わせてあげたいんだ」
「・・・え?」
酷く優しい声音だった。
「こっちに来るから、マルセリオの学園は辞めざるを得なかっただろう? 今まではエチの為に時々同行するって形だったけど、もうヒロイン問題は片付いてエチの心配はないし、それなら今度はジュヌヴィエーヌの為に通えばいいと思うんだ。本当なら学園に通ってる年齢だし、今ならオスやエチと一緒だしね」
「え、ええと」
ひとまず役立たずで不要という事ではないと分かり、ジュヌヴィエーヌは安堵した。
エルドリッジは、ジュヌヴィエーヌを思い遣って言ってくれているのだ。
確かにマルセリオでは一年しか学園に通えなかった。友人がいなかったから、あちらでの学園生活にろくに思い出もないけれど。
アデラハイムで、たまに行く聴講生としての学園は楽しかった。それはきっと、オスニエルやエティエンヌと一緒だったから。
マルセリオと違い、アデラハイムでの学生生活は、エルドリッジが言うように、楽しく貴重な経験になるのだろう。
何より、これはエルドリッジの思い遣りだ。有り難く受けた方がいい。
―――毎日エチと馬車で通学するのも、楽しそうだわ。
気がかりなのは、多忙なエルドリッジの手伝いが出来なくなるという事だ。正直、エルドリッジの手伝いが出来なくなるのは残念だし、寂しくも感じる。
―――でも、私などが口出しするべきではないわね。
そう思ったジュヌヴィエーヌは、エルドリッジからの提案を受ける事にした。
「学生時代を、今度こそ楽しむといい」
そう言って微笑んだエルドリッジの瞳はいつもと変わらず優しく。でもどこか寂しげに見えたのは、ジュヌヴィエーヌがそう思いたいだけなのか。
既に制服や教科書などは持っていた事もあり、聴講生から学生への変更もすぐに終わった。
―――こうして、ジュヌヴィエーヌのアデラハイムでの学生生活が始まったのだが。
ジュヌヴィエーヌは、聴講生という扱いが正式な学生に変わるだけ、そう思っていた。
想像もしていなかったのだ。エティエンヌの為に学年を重複した措置を、エルドリッジが元に戻しているなんて。
そう、ジュヌヴィエーヌはオスニエルやゼンと同じ学年―――更には同級生になっていた。
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