クマソタケルの館にて|絶世の美女と思わせといて、実は最強のヒーローでした

宇美

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第2章

「なんてお素敵。 おすごい、お素敵、おすごいですわねえ!!」ぶりっこコウスさま

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日が落ちた頃に宴は始まった。

炊事場を離れて宴会場での客の世話をもっぱらにやるように命じられた。

心底ほっとした。

後はどうせ適当に酌をしながら、
にこにこ笑っていればいいのだろう。

池の上に堂々と建てられた桧皮葺ひわだぶきの大きな高床式の本殿に入る為に、
階段を登る。

下を眺めれば、
松明を先導にしてクマソのお大尽様方が次々とやってきた。

皆、
毛皮の敷かれた輿に担がれている。

鬼のような顔つきに長い縮れた髭を生やしていた。

長い廊下をわたり宴会場に入る。




既に主人と客の何人かは来ていた。

頭のついた熊の毛皮の上に胡坐をかき、
酒を飲みながら猪の頭やウリボウの丸焼きをつついている。

娘達が料理を客の前に並べたり、
茶色い土に赤い火山灰で絵付けがされた杯に、
どぶろくをついだりしている。

大皿に盛り付けられた料理を取り分けたりしなければならないので、
思ったより簡単ではない。

右往左往していると知らぬ間に隣に若い娘が座っていた。

男が化けた私に負けないほど、
がっしりとした体つきに、
ごつい顔だちの娘だった。

私は当時は地元の族長の若君である。

見た目だって普段はそんなに悪くはなく、
結構もてたから、
日頃は美人の女以外は目もくれなかった。

しかしその日は何故かこの娘に親しみを感じた。

娘の方も、
美しく生まれなかった女同士、
仲良くしましょうよ、
という風情で私に近づいてきたのだった。

娘はコウス様にこっそりと、
平べったい爪のついた節くれだった指先を向けた。

太い眉をしかめ、
産毛のふさふさと生えた口元を私の耳もとに近づけて囁く。

「ねえ見てよ、
あのいやらしいわね、
媚媚じゃないの。
愛人にでも、
してもらうつもりかしら?」

コウス様はいつの間にかクマソタケル兄弟の間に陣取って、
酌をしていらした。

「まあ素敵。
すごい。
お素敵。
すごいですね。
なんて素敵。
本当におすごいですわねえ!」

何がそんなに素敵ですごいのかよくわからないが、
満面の笑みをつくりながら「素敵」と「すごい」を連発していらっしゃる。

左の手を軽く握りあごの下にあて、
兄弟の話をじっと聞き入る。

かと思うと、
両手を胸の前でぱっと広げ「まあ!」と驚いたそぶりをお見せになる。

それからまた両手を胸の前で合わせて、
ふんふんとうなづきづきながら兄弟の話を聞いていらした。

しばらくすると細い指を花のような形にして、
お下げにつけた髪飾りをもてあそびながら下を向いて恥ずかしそうに
「わたくし、
そんなことはわかりませんわ」

にやけた顔のクマソタケル兄弟に挟まれて、
数秒の間黙りこくって、
膝に置いた手をじっと見つめていらした。

しばらくすると、
何かに気づいたように濃い睫毛で縁取られた目をぱっと見開く。

両手の指をやさしく、
つまむように瓢箪に添える。

少し下を向き、
お辞儀をするように背を前に倒し、
空になった杯に酒をそそがれた。

「やあ。
さっきは変なこと聞いて悪かったよ。
それにしても君、
実にいいねえ。
誰の娘だ? 年はいくつ?」
とクマソタケル兄弟に問われ、

「鍛冶屋のテツヒコの娘で十七歳になります」

クマソタケルの弟の方が、
「十七歳でこの色気! 僕、
君みたいな
大好きだよ!」
と喜びながらコウス様の白魚のような手を握る。

今度は兄の方が負けじと太い腕を伸ばして、
コウス様の肩を抱く。

コウス様は目を真ん丸くして、
「あら!」
とおっしゃったきり下を向いて袖で顔を隠されたのだが、
すぐに顔を挙げ目をきらきらと輝かせた。

にこにことしながら兄弟の話をいかにも興味ありそうに聞いていらっしゃる。

「まあ素敵。
すごいすごい。
なんてお素敵。
おすごいですわねえ!」

「いやあね。
あんな風にだけはなりたくないわね」

娘がげじげじ眉をしかめ、
    
皺のよった厚い唇を尖らせる。

私は、
ええ、
そうね、
と同調した。

話を聞いていると
クマソタケル兄弟が、
コウス様相手にしている自慢話は、
なんとコウス様相手の武勇伝だった。

「あの生意気な若造が、
お父ちゃんにもらったとかいう、
やたら沢山の兵隊とか、
豪勢な武器とか、
良い馬とかを見せびらかしにきたが、
みんななぎ倒してやったよ」

「いろいろと装備は立派だったが、
しょせんおぼっちゃんが率いる軍隊だから、
こっぱみじんにするのは簡単だった」

「まあ素敵。
すごいすごい。
なんてお素敵。
おすごいですわねえ!」

にっと不自然な作り笑いをしながら、
お酌をなさるコウス様の目は、
獲物を捕らえる前の獣のように、
ぎらついた光を放っていた。

コウス様から、
死んでも飲むな! と念を押されていたから、
その晩は一口も酒を飲んでいなかった。

それなのに、
まわりの酔っ払い達の雰囲気に影響されたのだろうか?

女の格好なんかしていたからだろうか?

煌々と光り輝く、
妙に赤みがかり、
いつもより大きく見える満月のせいだろうか?

敵の陣地の、
ど真ん中に乗り込んでいるなんていう実感がまったくなく、
ふわふわと雲の上を浮いているような気分だった。


 
満月を背に、
長い橙色の袖を翻しながら、
天女が舞踊る。

顔には赤化粧を施し、
真紅の鉢巻、
メノウの首飾り、
やはり真紅の帯に、
赤い前掛け、
そして赤く塗られた剣先のようにとがった爪……




「あれで男だなんて!」

そう叫ぶ声が聞こえ、
私は急に冷水をかけられたような気分になった。

着物の下に隠し持った二本の短剣を、
いつでも出せるように気構えながら、
コウス様を探した。

ところがコウス様が何処にもいらっしゃらない。

目に映るのは、
けばけばしい着物に毛皮を羽織った髭面で眉毛の濃い男達と、
日に焼けた頬の赤い丸顔の娘達ばかりだった。

あのコウス様の水晶のように涼やかなお顔は、
いくら探しても見当たらない。

男だと知られて捕らえられてしまったのだろうか?

今頃尋問にあっているのだろうか?

どうしようか?

この短剣をいっそのこと自分に向けて息絶えてしまおうか?

いや、
その前にクマソタケルの兄か弟だけでも刺してからにしよう。

そう覚悟して今度はクマソタケルを探したが、
いかついクマソの男達の中でも、
とりわけ獣じみたあの二人も、
いつの間にかいなくなっている。

もうあの自分勝手なコウス様なんか見捨てて、
尋問を受けているコウス様が、
私のことをしゃべらないうちに、
一人で逃げてしまおうか? 急にそう思い立った時に、

「これで男だなんて!」

さっきと同じ声がした。
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