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第12章 前夜祭の芝居
前夜祭の芝居(2)
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「民謡友の会」の太鼓と歌声が止まった。
直人くん出番だよ!
とOBの叔父さんが現れた。
直人さんはじゃあ、
君達も見ておいで、
といって白い紙を渡すと舞台に向う。
渡された紙はあらすじを書いたものだった。
それによれば直人さんの役はヤマトタケルで、
美登利の役はヤマトタケルの奥さんらしい。
観客席に向かうと良子がいた。
良子は私に近づくとにっこりと笑った。
「スグル君お疲れ様!
上手だったわ。
本当に可愛らしかった。
でも女の子の役をやると、
やっぱり夢子さんに似ているわね」
私はおばさんありがとう、
と礼を言った。
良子によると私はとても上手かったけれど、
あれえあれえ!
と大げさに叫びすぎるのが玉にきずだったという。
ただそれ以外はとても良かったそうだ。
「僕は上手くないよ、
上手いのは正太だ」
と反論すると、
良子は
「私はああいう、
こまっしゃくれたのって嫌いよ」
とふんと鼻を鳴らす。
我知らず口元が緩むのを感じた。
ここで私は大変なことに気がついた。
財布やカメラを入れたウエストポーチを楽屋に忘れてきたのだ。
慌てて楽屋にもどると、
障子の奥にきらきらと光るものがあった。
私は気になって障子の向こうの部屋を覗き込んだ。
古墳時代風装束の美登利が鏡台に顔を映していた。
自分に見とれるかのように、
嫣然と微笑んでいる。
光るものの正体が彼女の背負った羽衣のような薄絹であることを確かめた私は、
さっさと荷物を取り、
その場を去ろうとした。
うっかりと張りぼての蛇を踏みつけた。
がさりと音がした。
美登利がこちらを振り向いた。
私をぎらりと包丁を投げつけるように睨み付けた。
なに覗き見してんのよ!
と袖を私の顔に叩きつける。
肩から垂らした薄布で床を払うように、
舞台袖に向かって行った。
美登利が行ってしまったすぐ後で、
ラーメンか素麺をすするような音が聞こえた。
音のする方を見ると、
蛍光灯の下に子供がいた。
古びた畳の上に片膝を立てて座っている。
麻のようなぱりぱりとした袖の無い着物を着ていた。
白い布が年を経て茶ばんだような色だった。
腰の辺りを運動会の綱引きの時に使うような、
縄のような帯で縛っている。
着物の丈は短く膝小僧から下が覗いていた。
砂のついた皺だらけの膝小僧からがっしりとした脛が伸びていた。
日に焼けている。
あざだらけだ。
すね毛がある所は森のように、
ある所は砂漠の草のように生えていた。
はだしで足の幅が私の倍はありそうだった。
肌と同じ色の、
土色の爪のついた平べったい五本の足指がしっかりと畳を掴んでいた。
おかっぱ型の髪は箒のようにばさばさで、
頭の倍ほどに広がっていた。
前髪はのこぎりのようにぎざぎざだ。
顔立ちは立派だった。
運慶の八大童子像のような丸みを帯びた力強い目に、
しっかりとした幅が広めの鼻、
唇はふっくらと小さく優しい。
そんな古風な美貌の子供なのに、
行儀悪く、
膝にカップめんを置いてすすっている。
滝のような音を立てながら赤くつややかな唇が麺を吸い込んでいく。
目はやっと獲物にありついた獣のようにぎらついていた。
ずるっという今までに無い大きな麺をすする音がした。
その子はやおら立ち上がった。
私の横をひらり通り抜けたかと思ったら、
すぐにこちらを振り向いた。
気がつくとその子は私の目の前に立っていた。
目の位置は私とほぼ同じだった。
暗闇の中の猫のように光る目が私の視界を占領した。
がっしりとした手が私の手を捕えた。
体温が熱い。
カイロ並だった。
着古した布が私のズボンの上でかすれる音がする。
ぐっと手首を引かれた。
象の皮膚のように固いものが私の手の付け根を撫でている。
「離して!
離して!
僕じゃないよ!」
とっさに私は大声でそう叫んだ。
ごわついた暖かい肌が私の手の平から離れた。
楽屋の戸が音を立てずに開いた。
子供は見事にへこんだ土踏まずを私につきつけながら、
楽屋と舞台の間の暗闇に消えていった。
私はしばらく呆然と立ちすくんでいた。
全身がひんやりとして、
体が小刻みに揺れている。
おっかなびっくり先程までその子がラーメンを食べていた畳に体をのばした。
ふすまの脇に置いてあったウエストポートをつまみ上げると一目散に楽屋を後にした。
直人くん出番だよ!
とOBの叔父さんが現れた。
直人さんはじゃあ、
君達も見ておいで、
といって白い紙を渡すと舞台に向う。
渡された紙はあらすじを書いたものだった。
それによれば直人さんの役はヤマトタケルで、
美登利の役はヤマトタケルの奥さんらしい。
観客席に向かうと良子がいた。
良子は私に近づくとにっこりと笑った。
「スグル君お疲れ様!
上手だったわ。
本当に可愛らしかった。
でも女の子の役をやると、
やっぱり夢子さんに似ているわね」
私はおばさんありがとう、
と礼を言った。
良子によると私はとても上手かったけれど、
あれえあれえ!
と大げさに叫びすぎるのが玉にきずだったという。
ただそれ以外はとても良かったそうだ。
「僕は上手くないよ、
上手いのは正太だ」
と反論すると、
良子は
「私はああいう、
こまっしゃくれたのって嫌いよ」
とふんと鼻を鳴らす。
我知らず口元が緩むのを感じた。
ここで私は大変なことに気がついた。
財布やカメラを入れたウエストポーチを楽屋に忘れてきたのだ。
慌てて楽屋にもどると、
障子の奥にきらきらと光るものがあった。
私は気になって障子の向こうの部屋を覗き込んだ。
古墳時代風装束の美登利が鏡台に顔を映していた。
自分に見とれるかのように、
嫣然と微笑んでいる。
光るものの正体が彼女の背負った羽衣のような薄絹であることを確かめた私は、
さっさと荷物を取り、
その場を去ろうとした。
うっかりと張りぼての蛇を踏みつけた。
がさりと音がした。
美登利がこちらを振り向いた。
私をぎらりと包丁を投げつけるように睨み付けた。
なに覗き見してんのよ!
と袖を私の顔に叩きつける。
肩から垂らした薄布で床を払うように、
舞台袖に向かって行った。
美登利が行ってしまったすぐ後で、
ラーメンか素麺をすするような音が聞こえた。
音のする方を見ると、
蛍光灯の下に子供がいた。
古びた畳の上に片膝を立てて座っている。
麻のようなぱりぱりとした袖の無い着物を着ていた。
白い布が年を経て茶ばんだような色だった。
腰の辺りを運動会の綱引きの時に使うような、
縄のような帯で縛っている。
着物の丈は短く膝小僧から下が覗いていた。
砂のついた皺だらけの膝小僧からがっしりとした脛が伸びていた。
日に焼けている。
あざだらけだ。
すね毛がある所は森のように、
ある所は砂漠の草のように生えていた。
はだしで足の幅が私の倍はありそうだった。
肌と同じ色の、
土色の爪のついた平べったい五本の足指がしっかりと畳を掴んでいた。
おかっぱ型の髪は箒のようにばさばさで、
頭の倍ほどに広がっていた。
前髪はのこぎりのようにぎざぎざだ。
顔立ちは立派だった。
運慶の八大童子像のような丸みを帯びた力強い目に、
しっかりとした幅が広めの鼻、
唇はふっくらと小さく優しい。
そんな古風な美貌の子供なのに、
行儀悪く、
膝にカップめんを置いてすすっている。
滝のような音を立てながら赤くつややかな唇が麺を吸い込んでいく。
目はやっと獲物にありついた獣のようにぎらついていた。
ずるっという今までに無い大きな麺をすする音がした。
その子はやおら立ち上がった。
私の横をひらり通り抜けたかと思ったら、
すぐにこちらを振り向いた。
気がつくとその子は私の目の前に立っていた。
目の位置は私とほぼ同じだった。
暗闇の中の猫のように光る目が私の視界を占領した。
がっしりとした手が私の手を捕えた。
体温が熱い。
カイロ並だった。
着古した布が私のズボンの上でかすれる音がする。
ぐっと手首を引かれた。
象の皮膚のように固いものが私の手の付け根を撫でている。
「離して!
離して!
僕じゃないよ!」
とっさに私は大声でそう叫んだ。
ごわついた暖かい肌が私の手の平から離れた。
楽屋の戸が音を立てずに開いた。
子供は見事にへこんだ土踏まずを私につきつけながら、
楽屋と舞台の間の暗闇に消えていった。
私はしばらく呆然と立ちすくんでいた。
全身がひんやりとして、
体が小刻みに揺れている。
おっかなびっくり先程までその子がラーメンを食べていた畳に体をのばした。
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