鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

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第2部 1年生は平和を望む

10 : 姉妹の再会

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「──シロエ!!」

 飛び込むように温室へ駆け込んだクロエの声に、背を向けてたっていた少女は弾かれたように振り返る。
「お姉ちゃん!?」
 ふわふわの淡い若草色の髪。長い睫毛の下の大きな濃い緑の瞳。記憶よりも大人びてはいるけれど、おっとりした雰囲気をそのままに、成長したシロエがいた。
「シロエちゃん………」
 震える腕で抱きしめる。
 温かい。
「お姉ちゃん、クロエお姉ちゃん!」
 シロエも姉を抱きしめ返してきた。
「あなた、全然変わらない! ちゃんとのままだわ!」 
「お姉ちゃんも悪役令嬢になってない! うわぁぁんっ、お姉ちゃんがいるぅ~ッ!」
 シロエの瞳から涙がドッと流れ落ちる。泣き虫は変わらないようで、クロエは笑っていた。
「泣き虫さん!」
「だって…ひっく…えっぐ……うわぁん」
 わあわあと泣き続ける妹の怒濤の涙に気圧される。
 子供のように泣きじゃくるシロエの頭を撫でようと指を伸ばし、初めてクロエはもう一人この場にいることに気がついた。
「ごめんなさい、シロエこうなると当分泣きやまないからお茶でもしませんか」
 少し離れた位置のガーデンテーブルで、ティーポットを掲げて微笑む少年は、ジンセル王子より幼いけれどよく似ていた。

◇◇

「初めまして、クロエお姉さま」 
 少年はシェンルゥ・ソウランと名乗っていた。ジンセル王子の二歳下の弟君だ。
「……初めましてシェンルゥ殿下。あの、お姉さま?」
「あ! ごめんなさい。いつもシロエからクロエお姉ちゃんって聞いているからつい。ねぇ、僕のこともシェンって呼んでください」
 ジンセル王子と似た面差しで、仔いぬのようにキラキラ見つめられて無下にできず、他人がいないところでならとクロエは承諾した。
「シロエまだ泣いてる。目が溶けちゃうよ?」 
「溶けないものっ」
「えっ、もう溶けてるよ!?」
 ぷぅっと膨れた頰を突きつつシェンルゥに真剣な顔をされ、
「ひっ!? と、溶けてる? お姉ちゃん、シロエの目、溶けてる?」
 涙目でそれでも泣くの我慢するせいか変顔になるシロエに、クロエは何も言えない。昔からそう言えばこの子はこうだった……変わらなすぎて姉としては複雑な心境だが当のシェンルゥ王子は嬉しそうで。
「馬鹿だよねシロエ。溶ける分けないでしょ。アハハ、本当にシロエってお馬鹿さんで楽しい」
 からかってご満悦なシェンルゥ王子と、本気になってオロオロするシロエの姿に、クロエは《蒼嵐》での日々を垣間見た気がした。

(………シロエちゃん、不憫な子)

 シロエを言葉で表せと云われれば、のんびり屋でマイペースで甘えん坊だろうか。競争するよりは後からのんびり行く、道に迷ったらいつか何処かに辿り着くからとトコトコ歩く、困ったらとにかく困らなくなるまで笑っている。みんなが可愛いといってくれるから事実として美少女だと思っていても、それを自慢するという思考はない。高慢とは無縁な性格なのだ。素直と言えば素直、正直と言えば馬鹿正直な類の、放っておけない愛すべきおばかさん。

(お姉ちゃんとしてはもう少しだけ大人っぽくなってると、淑女として嬉しいなぁ…)

「クロエ姉さまは悪役令嬢にやはりならなかったのですね。あんなにきちんとしたノートを書いた方だから可能性は低いと思ってました」
「シェン様もご存じなのですか?」
「うん。兄様との顔合わせに僕もいたんだ。いきなり号泣して逃げちゃったから僕が追いかけて。そのあと兄様にノートを見せてもらいました」
「……シロエちゃん、ジンセル殿下だけでなくシェンルゥ殿下にまで失礼なことをして!」
「だってシェンがあの時いるなんて思わなかったんだもん。だからシェンを見て思っちゃたのっ」
「婚約者になったら死んじゃう~。あの時の兄様の顔が忘れられない!」
 シェンルゥ王子、あなたも酷いですわ……ジンセル王子、本当にごめんなさい。
 クロエはふと思い出す。シェンルゥ王子って確か……シロエのせいで失明を……と。
「──うわっ、クロエお姉さま?」 
 両手で笑っているシェンルゥ王子の顔を固定し水色の瞳を覗き込む。視力に問題は無いようだ。
 強制力は働かなかったのね。この方が攻略対象ではないからなの?
 シェンルゥ王子の頰に触れたままなことを忘れて、考え込む。
「ク~ロ~エ~ッ?」
 肩をぐっと掴まれ恨めしげな声を耳の近くで聞かされ、クロエは驚いた。
「ひっ!? エンヤ様、びっくりですわ!」
「俺も浮気現場見てびっくりだ!!」
 そろそろ晩餐でもと迎えに来てみれば男の顔に触れてるし──キスでもするのかと思ったぞと、怒られてしまった。
「尽きない話は食事をしながらにしよう。今夜はクロエ嬢に泊まっていただくつもりだから時間はたくさんあるよ」
 助け船のつもりでジンセル王子はそう切り出したのだが、クロエの婚約者保護者はいつものごとく噛みつく。
「──聞いてないぞ、ジンセル」
「君は帰って構わない。近所だし」
「ふざけんな、駄目に決まってんだろッ」
「…………わかったよ、泊まってくれ」
 ジンセル王子は両手を掲げ、降参と笑った。
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