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第3部 ヒロイン編入
1 : 生き残り戦線開幕
しおりを挟む新入生と編入生の集まる入学式。
式が終わり、それぞれの校舎へ移動をする前のわずかな時間を、生徒たちは近くの者や同郷の者たちと語りあっていた。
「遅れてすみません!」
ガラッ─と講堂の扉が開き、息を切らせて少女が駆け込んできた。
珍しい少しくすみのある黄──金糸雀色の髪が目立つ。少女は注目を浴びてしまったせいか頰を紅潮させている。白い肌をポッと染める赤みがなんとも可愛いらしい。飴色の瞳を見開きふっくらと桃色の唇を「あ」の形にしたままなのは、到着したら既に式が終わっていたからだろう。
ただ、それ以前に遅刻して途中で入ってきたとして、大きな声はマナー違反であるがどうやら自覚はなさそうだ。
扉付近の女生徒たちはチラリと少女を見て、その場から離れてしまった。
困ったように視線を巡らせた少女だったが、ある集団を見つけ、そちらへと歩き始めた。
そこには《蒼嵐》からの友人たちに囲まれたシロエがいた。
少女はタタタッと軽い足音をたててシロエに近寄り、
「きゃあッ!」
悲鳴をあげて転倒した。ちょうど横を向いたシロエが向きを変えた瞬間にすぐ後ろまで迫っていた少女とぶつかったのだ。
「あなた! シロエ様に何をするの!」
「混み合った場所で走るなんて!」
シロエの側にいた《蒼嵐》出身の令嬢たちが叱責を始め、少女は怯えながらも懸命に、
「あたし遅刻して。それで教室がどこかわからなくて教えて欲しかっただけなんですぅ……なのに転ばすなんて…酷いです…、ぐすん」
涙目で言い返した。
シナリオだと、ここで男子生徒たちが少女を庇いに入るのだが……。
「君、シロエ様に謝罪はしないのか?」
「シロエ様、お怪我はございませんか」
「ぶつかったくせになんて無礼なんだ!」
現実では糾弾されている。
「えっ、あ、あの──」
動揺したのか少女はさらに怯えたように転ぶ原因になったシロエを見て、
「──ええッ!?」
何故かとても驚いていた。
そしてシロエも少女を凝視した。
「ご、ごめんなさいッ! ごめんなさいッ、本当に本当にごめんなさい~ッ」
ドバッと大きな瞳から涙を大量に流し、少女の手をヒシッと握りしめたシロエは、何か言う間も与えず謝り倒し始めたのだ。
「本当に本当にごめんなさい。わたしのせいで転ばせてしまってごめんなさい。うううッ…ごめ…んなさい~」
いつの間にかシロエの周囲に人垣が出来上がっている。彼らの眼差しは思いっきり少女を責めていた。
完全にシナリオとは違う。非難の視線は本来はシロエに向くのだ。そこに、騒ぎを聞きつけ駆けつけたジンセルがシロエを叱りつけ、少女を「同じ普通科だから案内しよう」と優しく連れ出してくれるのだが──。
「シロエ様、彼女もシロエ様がわざとたまたま彼女が近くにいるのを気づいていて向きを変えたなんて悪意ある誤解なんてしてませんよ? そんな意地悪なこと思わないよね、君?」
シロエの側にいる茶色の髪の地味で目立たない少年がニッコリ少女へと微笑む。
「さあ、シロエ様。もう謝罪をしたのですから、教室へ参りましょう。ああ、君もご案内しますよ」
「え、あ、あたしは」
「どうしましたか? 教室がわからないんですよね?」
だから寄ってきたのでしょう、と駄目押しをされ、少女は皆と一緒に普通科の右校舎へと流されて連れられて行った。
壁際でジンセルやエンヤルトが一連の騒ぎを最初から眺めていたことに気づきもせす。
◇◇
憩いの場──それは食堂であるが、クロエ、エンヤルト、ジンセルの三人と新入生二名で中庭にて昼食をとっていた。
本日は素晴らしい晴天。
いざテラスへと行きたいところだが事情を伝えていない面々の前で話せる話題ではないからだ。
クロエが展開した結界に守られて、これで彼らが何を話していても聞かれる心配はない。
「シロエの泣きっぷりは凄まじかった。おかけであの娘に同調する奴はいなかったぞ。それにしてもシェンルウが飛び級する、しかも他人に成りすますと聞いた時は驚いたが見事な化けっぷりだ!」
エンヤルトが大笑いをする。
「駄目ですよ、エンヤルト様。私はカズラ侯爵家にシロエ様の従者見習いとしてジンセル殿下が送り込んだ、ただのシエン・クロス。男爵家の三男ですよ?」
シェンルウがフフフッと小さく微笑んで釘を刺す。魔法で青銀の髪と水色の瞳を地味な茶色へ、目立たない少年に見えるよう容姿も認識妨害の呪文を施しているのだ。この仮の姿であればどこに行くにもシロエと行動を共にできる。
「まあ用心に越したことはないからね。もっとも今のシロエはある意味無敵だと思うが……」
姉クロエの隣でもぐもぐと小動物のようにサンドイッチを食むシロエを見やり、ジンセルも呆れと安堵が混じった笑みを閃かせる。
砂糖菓子のように愛らしくおっとりと穢れのない清廉さと、マナーを守りつつも少々抜けているのも保護意識を誘う誰にでもやさしい侯爵令嬢シロエ。
可憐で清楚なちょっとマナーを知らない留学生の少女とは、容姿も品位も人柄も比べものにならない。仮にヒロインが悪役令嬢に仕立てようとしたらどちらが生徒たちから返り討ちにあうか明らかだ。さらにヒロイン怖さで号泣とくれば無敵と言わず何という。
「でもやはり接触はあったのですね。おそらくジンセル殿下との最初の出会いイベントだったのでしょう」
今日は失敗だったようですが─とクロエは思案する。
「俺たちはあの娘はどうも好きになれない。わざとらしさを感じたんだ」
「勘の鋭いエンヤ様が仰るなら注意が必要ですわね」
クロエの言葉に皆頷く。
まずはヒロインの動きを観察し、必要ならば今はこの場にいない仲間たちにすべてを語って聞かせる──その意思を再確認して、話題は学園生活に移っていった。
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