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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)
act.3 王子の動揺
しおりを挟むロイドとマリオン公爵家間を結ぶ使者あるいは監視人として、ラナエラはほぼ毎日訪ねてくる。
最初はエリオットが指名されたらしいが、二つ年長のエリオットは学園に在籍しており週末しか領地には戻れない。更に、あの茶会事件から悪感情しかなくなったエリオットが「殺意を抑える忍耐の苦行」とまで言い切り、双方の身の安全の為にもと、マリオン公爵本邸の執事長が来ていたのだが。
二週間ほど経過したある午後。
明日からはラナエラが訪れることになる--突然顔を見せた美麗の貴公子と呼び声高い男は、それはそれは凶悪……いや、不愉快極まりない仏頂面で言い放ったのだ。
ラナエラに合わせる顔は無く、未婚の令嬢を婚約破棄した相手のもとに送り込むなどと、あのマリオン公爵とこのエリオットが許すはずもない珍事だった。思わず問い質せば、
「母上が……」
がっくり肩を落としたエリオットが語ったところによれば、原因はマリオン公爵夫人だった。
『わたくしと最愛のギリアム様との間に誕生した、あのラナエラを! 愛らしくも麗しい愛娘であるマリオンの宝物を! どこぞの娘に心を傾けた馬鹿王子に天罰を与えねば、わたくしはマリオン公爵家代々の皆様にあの世で顔をあわせられませんわぁぁぁ』
と、マリオン公爵に詰め寄り、渋る愛妻家の夫から許可をもぎ取ったのだそうだ。
自覚はあるが、馬鹿王子?
公爵夫人及び嫡男の私への心情は最低値なのだなとロイドが遠い目をすれば、エリオットも同じ顔だったのはこの際誰にも云うまい。
「ラナエラとの交流で、己が冒した罪を知るがよいのです! 後悔してもし足りないほどラナエラの魅力に焦がれてしまえばよいのですわ! ざまぁみろでございますわぁぁぁ! --と云っている」
見事な口真似つきで聴かされた翌日から、こうして二人は顔を合わせる日々を送っている。
「雨の中、わざわざ監視に来たのか。ご苦労なことだ」
するりと飛び出してしまった意地の悪い言葉に、
「お菓子を作りましたのでお持ちいたしましたの。木苺入りはお好きでしょう?」
彼女は手早く紅茶の仕度を始めていく。その手際は素早く手慣れている。
「濡れてまで届ける必要はない。雨の日ぐらい、来るな」
「今日は馬車で参りましたのよ?」
だから濡れてないと云うが、泥濘みに車輪がはまって横転したらどうするのだ。ロイドはまたもや腹立たしさを覚えるのだ。
素直になれず沈黙を選ぶと、ラナエラが王族の証である金色を帯びた、マリオン一族に多い紫の瞳で見つめてきた。
猫のように切れあがった大きな瞳に困った彩。
じっと凝視された頬が熱くなる。
「……ご迷惑でしたか? わたくし、すぐに帰ります」
焦って背を向けたロイドに拒絶を感じたらしく、ラナエラはカップを机に戻したようだった。
カチャリとカップを置く音に、
「そんなことを云ってない。来てすぐ帰るなら最初から来るな、雨の日に危ないだ--あ!?」
振り返り、咄嗟に余計なことまで口走ったロイドだったが、気まずいままさり気なくラナエラの顔色を窺って、眉を寄せた。ほんのわずかだが、ラナエラの髪が濡れていた。
「濡れてる、拭け」
ハンカチをずいっと突き出せば、まるで莟が花開くような笑顔を彼女は浮かべた。
「ありがとうございます」
「--、君が倒れたりしたら確実にマリオン公爵やエリオットに毒を盛られる」
親切なんかではない、保身にすぎないと強調すれば、
「そんなこと」
ふふふと微笑まれ。
怒った照れくささもあり、
「無いと君は断言出来るか」
詰め寄る目は、きっと据わっているはずだ。
「……あのお二人に狙われて、むしろ、毒でよかったですわね、でしょうか?」
悪戯っ子のような微笑と共に、こてん…とラナエラは細く白い首を傾げる。
破壊力は凄かった。
可愛い。可憐だと、ロイドの心が揺さぶられ、知らず頬へと伸びそうな指が恐ろしい。嫌われたくなくて、全忍耐力を指先に集める。
動揺する心中も気がつかずに私に笑いかけるな!
理不尽にもロイドは、目の前で微笑むラナエラへふて腐れ、すぐに猛省した。
動揺する自分が悪いのだと。
赦されてはいないのだ。
再会し、告げた謝罪は受け取って貰えず、
『殿下が臣下であるわたくしに頭など下げてはなりませんわ』
困ったような顔をさせただけの分際で、何を偉そうにしているのだ。
焦がれてしまえ--
マリオン公爵夫人の呪い通り、ロイドは自ら失った婚約者に、恋してしまったのだ--
傷つけた自分が触れたりしたら、もう二度と微笑んでくれないだろう元婚約者に。
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