婚約破棄から恋をする

猫丸

文字の大きさ
5 / 38
ことの終わりは始まりとなれ!(本編)

act.3 王子の動揺

しおりを挟む
 
 ロイドルイとマリオン公爵家間を結ぶ使者あるいは監視人として、ラナエラはほぼ毎日訪ねてくる。
 
 最初はエリオットが指名されたらしいが、二つ年長のエリオットは学園に在籍しており週末しか領地には戻れない。更に、あの茶会事件から悪感情しかなくなったエリオット妹溺愛男が「殺意を抑える忍耐の苦行」とまで言い切り、双方の身の安全の為にもと、マリオン公爵本邸の執事長が来ていたのだが。
 二週間ほど経過したある午後。
 明日からはラナエラが訪れることになる--突然顔を見せた美麗の貴公子と呼び声高い男は、それはそれは凶悪……いや、不愉快極まりない仏頂面で言い放ったのだ。
 ラナエラに合わせる顔は無く、未婚の令嬢を婚約破棄した相手のもとに送り込むなどと、マリオン公爵とエリオットが許すはずもない珍事だった。思わず問い質せば、
「母上が……」
 がっくり肩を落としたエリオットが語ったところによれば、原因はマリオン公爵夫人だった。
『わたくしと最愛のギリアム様との間に誕生した、あのラナエラ天使ちゃんを! 愛らしくも麗しい愛娘であるマリオン我が家の宝物を! どこぞの娘に心を傾けた馬鹿王子に天罰を与えねば、わたくしはマリオン公爵家代々の皆様にあの世で顔をあわせられませんわぁぁぁ』
 と、マリオン公爵に詰め寄り、渋る愛妻家の夫から許可をもぎ取ったのだそうだ。
 自覚はあるが、馬鹿王子?
 公爵夫人及び嫡男の私への心情は最低値なのだなとロイドが遠い目をすれば、エリオットも同じ顔だったのはこの際誰にも云うまい。
「ラナエラとの交流で、己が冒した罪を知るがよいのです! 後悔してもし足りないほどラナエラの魅力に焦がれてしまえばよいのですわ! ざまぁみろでございますわぁぁぁ! --と云っている」 
 見事な口真似つきで聴かされた翌日から、こうして二人は顔を合わせる日々を送っている。

「雨の中、わざわざ監視に来たのか。ご苦労なことだ」
 するりと飛び出してしまった意地の悪い言葉に、
「お菓子を作りましたのでお持ちいたしましたの。木苺入りはお好きでしょう?」
 彼女は手早く紅茶の仕度を始めていく。その手際は素早く手慣れている。 
「濡れてまで届ける必要はない。雨の日ぐらい、来るな」
「今日は馬車で参りましたのよ?」
 だから濡れてないと云うが、泥濘みに車輪がはまって横転したらどうするのだ。ロイドはまたもや腹立たしさを覚えるのだ。
 素直になれず沈黙を選ぶと、ラナエラが王族の証である金色を帯びた、マリオン一族に多い紫の瞳で見つめてきた。
 猫のように切れあがった大きな瞳に困った彩。
 じっと凝視された頬が熱くなる。 
「……ご迷惑でしたか? わたくし、すぐに帰ります」 
 焦って背を向けたロイドに拒絶を感じたらしく、ラナエラはカップを机に戻したようだった。
 カチャリとカップを置く音に、 
「そんなことを云ってない。来てすぐ帰るなら最初から来るな、雨の日に危ないだ--あ!?」
 振り返り、咄嗟に余計なことまで口走ったロイドだったが、気まずいままさり気なくラナエラの顔色を窺って、眉を寄せた。ほんのわずかだが、ラナエラの髪が濡れていた。
「濡れてる、拭け」
 ハンカチをずいっと突き出せば、まるで莟が花開くような笑顔を彼女は浮かべた。
「ありがとうございます」
「--、君が倒れたりしたら確実にマリオン公爵やエリオットに毒を盛られる」
 親切なんかではない、保身にすぎないと強調すれば、
「そんなこと」
 ふふふと微笑まれ。 
 怒った照れくささもあり、
「無いと君は断言出来るか」
 詰め寄る目は、きっと据わっているはずだ。
「……あのお二人に狙われて、むしろ、毒でよかったですわね、でしょうか?」
 悪戯っ子のような微笑と共に、こてん…とラナエラは細く白い首を傾げる。
 破壊力は凄かった。
 可愛い。可憐だと、ロイドの心が揺さぶられ、知らず頬へと伸びそうな指が恐ろしい。嫌われたくなくて、全忍耐力を指先に集める。
 動揺する心中も気がつかずに私に笑いかけるな!
 理不尽にもロイドは、目の前で微笑むラナエラへふて腐れ、すぐに猛省した。
 動揺する自分が悪いのだと。
 赦されてはいないのだ。
 再会し、告げた謝罪は受け取って貰えず、
『殿下が臣下であるわたくしに頭など下げてはなりませんわ』
 困ったような顔をさせただけの分際で、何を偉そうにしているのだ。
   
 焦がれてしまえ--
 マリオン公爵夫人の呪い通り、ロイドは自ら失った婚約者に、恋してしまったのだ--
 傷つけた自分が触れたりしたら、もう二度と微笑んでくれないだろう元婚約者ラナエラに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...