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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)
act.4 王子の後悔
しおりを挟む「……美味いな。酸味が良い」
木苺入りクッキーを噛めば噛むほど、ほのかな甘酸っぱさが心地良い。
お菓子作りは趣味らしく、毎日持参される菓子を食べるのは、今の私の秘かな喜びだ。
「この間のパンケーキは、ふんわりふかふかで、最高に美味かった」
「野菜などをあわせるとお夜食にも良いみたいですわ。お父様が大好物で、よく作ります」
そうか、マリオン公爵はよく食べてるのか……
なんとなく悔しくて、
「野菜か。美味そうだ」
「そう……」
つい強請ってしまったロイドの言葉に思案顔をされた。
「なら明日は少し早めに来ます。お昼に野菜のパンケーキをたべましょう」
不快にさせたかと焦れば、ボリュームがあるからおやつには向かないと考えていただけだった。
「………ああ。その、悪いな」
「かまいませんよ?」
あどけなさの残る向けられる笑顔やたわいない会話。
婚約を交わした七歳からマリオン領内預かりの身になるまでの決して短くない年月が二人にはあったが、今のようにたどたどしくも穏やかな時間などは記憶の何処にもなかった。
初めて二人が顔を合わせたのは七歳になったばかりの見合いの日。
兄のように慕う二つ年長のエリオットの妹を見て、兄似の顔だな、当時のロイドが抱いたのはその程度。王太子妃が務まるだろう利発さと身分を持つお人形のような退屈な公爵令嬢。それ以外の感想も興味もなかった。
つまらなそうな顔の王子相手に緊張のあまり無口になるしか術がなかった少女の、泣きそうな不安を慮ることもせず一方的に決めつけた。
(あんな態度に折れない令嬢がいるとしたら、とんでもなく我が儘で礼儀知らずに違いない。あのころの私を埋めてやりたい!)
お代わりの紅茶を用意しているラナエラをぼんやり見つめるロイドには後悔がこのところ蓄積する一方だ。
二人にとって今の日々は義務だが、月に一度の王太子妃教育に彼女が王宮に赴いても当時のロイドは、王子の為に頑張る婚約者に逢う義務を果たしてはいなかった。見かねた執事に強制された二人だけの茶会ですら、ほとんど逃げた。
『政略結婚するんだから、適度な距離で十分だよ』
あの時の執事の苦い顔はおそらく--せめて労れ、と王子に言いたかったはずだ。
互いに共通する話題もないんだから、ラナエラだって勉強終わってから無駄な時間なんて過ごしたくないはずだもの。そう信じてた身勝手な子供を叩きのめしてやりたい。
(君は相手の来ない茶会の席にただひとりで座っていたのに……)
何年も、何年もずっと。
ロイドは彼女を無視し続けてきた。みんな容姿以外を見てくれない、などと自分を棚にあげて、ひとりで頑張る少女を放置した。
少しずつ交流を深めていく毎に、今になって本当のラナエラが見えて来たのは皮肉にすぎる。
優雅で、頭脳明晰で、完璧な美少女。それらは彼女の一面に過ぎないと知った。
気晴らしだと誘われた遠乗りで、
「ラナエラの手綱捌きは見事だな…」
あまりにも軽々と障害を越える様に感心すれば、
「物心ついたころから小馬に乗ってました。それにエル兄様とおやつを賭けて勝負して、領内を駆け巡ってましたわ。勝ったこともあります」
なるほど、云うだけあって乗馬はかなり達者であった。ついでに負けず嫌いな一面も自慢気な様子からくみ取れた。
彼女の持ち込んだテーブルクロスの刺繍に見とれた際に、派遣されている執事が教えてくれた。凝り性でもあるらしく、マリオン領特産品である刺繍も、なんと領内五指に入る巧みさなのだそうだ。習い始めのころ、あまりに熱心にやり過ぎて、針で指しまくった指が血だらけになり、マリオン公爵家の面々が涙目で止めたそうだ--。
ドレスにしても、
「一度しか着ないなんて、無駄はよろしくないですわ」と、ベースになるシンプルな形のドレスに、用途によって装飾などを付け足しているらしいと知った。夜会でエスコートする彼女のドレスは毎回見事で、贅をこらして作らせていると勘違いしていた自分が恥ずかしい。
「レースや刺繍などを少しずつ加えれば誰にもわかりませんわ、こんな風に!」
親戚の幼い従姉妹のドレスの裾に見事な刺繍を入れながら、二人の秘密と釘を刺されてしまったのは、愉しかった。
こんな風に、ラナエラと行動と共にし、会話を愉しむ。
今まで無関心できた反動なのか公爵夫人による新たな呪い故かはわからないが、ラナエラは退屈な淑女ではなく、とても魅力的なのだという事実が、どんどん積み重なって現在に至っている。
王族ではなくとも、もし何らかの爵位でも貰えてやり直す機会があるならば、マリオン公爵領に似た領民が誇りを持って活き活きと暮らす領地運営がしたい--限りなく可能性は低いと思いながら、最近のロイドは領地の規模による運営の違いなどをラナエラと議論するようになっていた。
マリオン公爵領に預けられてから、いかに幼稚で上辺だけの知識しか持ちあわせていなかったかを思い知った自分が、たった三カ月の間ですっかり大人び、王族としての矜持を身につけ始めたことをロイド自身には自覚はない。
あらゆる方面からの報告を吟味した男が、ある決断を下したことを知るのは、数日後のこと。
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