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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)
act.5 王子の悩み
しおりを挟むあの黒歴史である茶会事件後もロイドは未だに第一王子であり、未来の王太子の地位にあった。
久しぶりに姿を見せたマリオン公爵により、唐突に半年経たずで王都へ連れ戻され、
『無能者がそこそこ無能から進化しつつあると報告を受けたのでね。王家の人材不足を解消させて差し上げよう。ただし、殿下を赦した訳では無い。この先ずっとマリオンは注視して参ります。その上で王を目指すならばそれを罰としましょう』
とのマリオン公爵による国王への進言により、ロイドは再び王子として生きることを許された。
温情に感謝するロイドに、
『……あの男の辞書に温情などという単語は無い。そなたが再び道に迷えば、全力で叩き潰しに来る。絶対に綿密な計画を今から構想しているはずだ……』
怖ろしい悪鬼に図らずも喧嘩を売ってしまった我が子を見る国王の瞳は、明らかに憐れみが滲み出ていた。お前の儚い未来に幸あらんことを--と、王ではなく父として祈られた時はまるで追悼式のように感じたものだ。
今日も話しができなかった……
王宮の執務室でたまりに溜まった一週間分の執務に朝からとりかかっている。机にドンと積みあがっていた書類の山をあと十センチほどまで処理したところで、
「ラナエラに逢いたいなぁ」
ぽつり、と想いが溢れ落ちた。
「王宮に戻ってから、ろくに逢えてない……」
学園に入学した昨年は、王宮でも、学園でも、時間こそ少なかったがまだ逢えていた。今は王家主催の行事でしか話もできない。
今年の春、ピュリナが二年生から編入してきて、すべてが始まった。
編入生リストにピュリナ・マリア・アンジェ子爵令嬢の名を見つけ、不思議なことに一瞬では気がつかなかった。見返して、貴族には珍しい名前に懐かしさを覚えて身上書を確認すれば、内容から間違いなくあのピュリナだと確信した。
すでに淡い初恋の思い出になっているが、苦労しただろう少女の為にせめてもの力になってやっても構わないのではないか。
宰相カルトナー公爵嫡男シオン、法務大臣クラメンテ侯爵嫡男リアム、それに騎士団長シモンズ辺境伯次男クリストフ。同学年に在籍する親しい三人に、ピュリナの生い立ちと共に初恋の相手であることを説明した。今は色めいた好意はなく、貴族社会に不慣れな編入生への助力を求めた。
「ラナエラ嬢一筋なのはわかってるから、邪推しない」と、ロイドがラナエラに一喜一憂する様を見てきた三人は、心良く学園に馴染む為の助力を誓ってくれたのだが--。
◇◇
編入してからすでに四カ月も経過したというのに、ピュリナは馴染まず、むしろ浮いてしまっている。
「あんな少女だったかな……」
記憶のピュリナは明るく朗らかで人の嫌がることをしなかった。
だが--。
再会したてのころはまだしも、未だにロイドを「ルイ」と呼ぶ。ルイは仮の姿で、第一王子ロイドが本当の姿だと告げても「ルイはルイだよ」と返すだけで、真剣に受けとめる気配はない。
「令嬢令息は異性に気軽に触れてはマナーに反するからね」とすぐに躰に触れようとするので注意すれば、「ルイ、変わっちゃったね? 昔はそんなじゃなかった」と拗ねられる有様。
つい先日のことだが、毎日休憩時間のたびにロイドの教室へ押しかけ、他の生徒と会話していてもお構いなしなため、流石に「自分のクラスメイトと交流を持ちなさい」ときつくうながしてしまったが、後がそれはそれは大変だった。
「酷い! ひとりぼっちなんだもん!」
ポロポロと涙を流し、泣きじゃくるその淋しげな様に、クラスの男子生徒--女子は睨みつけていたが--たちに慰められる一幕は記憶に新しい。
シオン、リアム、クリストフら三人との昼食にも、勝手に乱入する。あげく、彼らを許可無く愛称で呼び、纏わりつく。日毎に三人の怒りが高まりつつあった数日前などは、勉強についていけないからと生徒会室に放課後勝手に入って来て、一人で資料を纏めていたリアムが「生徒会の業務が進まない!」と切れるほど邪魔した--呆れたようなクリストフの報告に、ロイドが頭を抱えたのは言うまでも無い。
学園内の執務室へ三人を集め、謝罪と共に解決作を考える予定は彼らの第一声に呆気なく吹き飛んだ。
「「「人の話を絶対に聴いてない!!」」」
怒濤の会合と化した場で、
「僕、何度も婚約者いるから辞めてって言ってるのに絶対に触れてくるのは、何か新種の病気なのかな?」
と口火を切ったシオンに続き、
「俺も、鍛錬場にお喋り目的で来るなと毎回言ってもやめないし」
騎士道精神であまり女性に強く言わない気配りのクリストフまで不快感を表し、
「……ここに入学するためには最低限のマナーを学んで来ているにもかかわらず、何度指摘しても愛称呼びをされるんでね。不愉快極まりない礼儀知らずだな、あの娘」
敢えて令嬢ではなく娘と吐き捨てるシオン。怒りの深さは想像以上。
話し合ってはっきりしたことは、、ただ一つ。意図してるとまでは云いたくないが、ピュリナは何度も同じ指摘を、女生徒たちも含め数多の人間にされていて改善の兆しが無い、明らかな事実。
「……まずは、学園から子爵家経由で指導を入れてもらう」
効果は期待できないだろうがな--心中嘆息していた。
◇◇
王子としての執務、学業、生徒会長としての業務と多忙ではあったが、側近候補の彼ら三人の協力もあり、比較的余裕があったのだが。
ピュリナ一人に振り回され、時間が奪われている。
それ故に。
「逢いたいな……」
ラナエラに逢うどころか学園内で目にすることすら激減。
王都のマリオン公爵邸へは訪問拒否をされており、先日エリオットに急用で訪問したら、なんとロイド立ち寄り専用の建物まで建てられていた。マリオン公爵家の意思表示とばかりにだ。
当然、ラナエラの気配すら感じとれない。
「来週の夜会までの辛抱だな。エスコート出来る」
執務机の引き出しを僅かに引く。
「身につけてくれてるだろうか……」
ラナエラの絹糸の髪に似た白金と、ロイドの髪色と同じ濃く鮮やかな金で造らせた髪飾り。
せめてもの想いを込めたそれをしばし眺め、ロイドは執務に意識を戻すのだった。
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