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ことの終わりは始まりとなれ!(本編)
act.6 王子の決別
しおりを挟む「ラナエラ、凄く綺麗だ」
馬車から降りたったラナエラは、咄嗟に陳腐な賛辞しか思いつかないほど、美しい。
膝あたりまで躰の線にそって、裾が人魚の尾ひれのように広がっている南方の海の色、珊瑚礁の青色に染まったドレスを身に纏った彼女は、心を鷲掴む。
ふと、裾の刺繍に目をやり破顔するロイドに、ラナエラも視線をドレスへ移し、
「刺繍を施した職人の名前は、秘密ですわよ?」
久しぶりの、でも二人で過ごした三カ月間と変わらない微笑みに、最近の騒動など些末な出来事に感じられる。疲れが瞬く間に軽くなっていくのには単純すぎて自嘲だ。
(逢えて、浮かれて何が悪い!)
「ラナエラ嬢、エスコートいたしましょう」
感情を抑え腕を差し出す。
「はい、ロイド殿下」
腕にかかる誰かの重みと熱量に、甘い悦び。
王宮まで共に来たエリオットからラナエラを奪い、廊下を進む。
少し離れて後ろを歩くエリオットに聴こえないよう小声で囁いた。
「髪飾りを身につけてくれて、ありがとう」
「え、……」
「もしかして迷惑だった?」
躊躇いに気がつき、気にいらなかったのかと言外に問えば、
「--ではなくて、その」
ラナエラは何故か困り顔になり、言葉を探している。
「……ラナエラ?」
「まるで。まるで、ロイド殿下とわたくしの髪色みたいだ……と感じてしまいましたの……」
頬にどころか細い頸、控え目に開いた胸元まで、サッと筆を刷いたように朱染まっていく。
「--ッ、着いてしまったな」
大広間に足を踏み入れた二人に、周囲の視線が集まる。
以前は厭わしかった感嘆のざわめきが今は誇らしい。
ラナエラの艶やかな白金の髪と、その結い上げた髪を飾る繊細な細工を施した髪飾りがシャンデリアの光を反射して輝く。容姿だけではない、心まで気高いラナエラを、家族以外ただ自分だけがエスコート出来る。栄誉が偽りにすぎずとも、嬉しくて、満たされて仕方ない。
(マリオン公爵のお許しをなんとしても頂いて、ラナエラに求婚したい、頑張らねば!)
何年かかっても。
本音は早い方が当然望ましい。何しろ婚約破棄済をまだ公表していないだけで、いつラナエラが嫁いでしまうかわからないのだから。
--でも嫁がせる気はない
◇◇
(ろそろ夜会を盛り上げるダンスの頃合いだな)
最初のダンスは、まずは王族から始めねばならない決まりだ。
ラナエラの姿を探せば、テラスに近い場所に友人の令嬢らと会話に花を咲かせている。
ーーー?
令嬢たちの輪に声をかけるタイミングを見計らっていると、気になる視線を感じそちらに顔を向け、眉を寄せた。
ストロベリーブロンドの髪を愛らしく結い上げ、淡いパステルイエローのドレスを着たピュリナが、じっとロイドを見つめていた。
嫌なところにいるものだ--ラナエラの近くに佇むピュリナに声をかけるべきか否か。
ゆっくりと歩を進めながらも、説明し難い不快感からピュリナをさり気なく意識する。
その感覚は、ちょうどラナエラとピュリナの中間あたりで答えを出した。近づいて来るロイドに何を勘違いしたのやら、ピュリナの緑の瞳に閃く歓喜と優越感に、
(君と踊るはずがないだろう?)
腸が煮えるような嫌悪が全身を襲う。第一王子であるロイドが婚約者を差し置いて、貴族の一人に過ぎない令嬢を真っ先に誘う理由など無いのだ。親しくしていた過去があったとしても。
(それに君、なんて顔をしてる?)
ぷっくり艶やかなピンク色の唇に勝者の歪んだ嗤いを、ロイドは見逃さない。
敗者はラナエラだと云わんばかりの、醜い、勝手な思い込みに満ちた浅ましい嗤い。
(わかったよ、その姿がきみなんだと)
果たして元からか、それとも子爵令嬢になって変質していったのか。もうどちらでも良い。
どうしようもない愚かな王子に、惜しみない優しさをくれるひと。苦しみも嘆き--もしかしたら我慢しているだけかもしれないが--を、受け入れるしなやかな強さ。
誰よりも恋しく大切なラナエラに。
「--ラナエラ嬢」
手を差し伸ばし、わざと甘く乞い願う。
「ダンスにお誘いする栄誉を私に賜れますか、麗しき私の姫君?」
ピュリナに対する同情心は、この瞬間、ロイドの心から完全に失われたのだ。
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