婚約破棄から恋をする

猫丸

文字の大きさ
19 / 38
ことの終わりは始まりとなれ!(本編)

閑話 尋問と言う名の宴(残酷描写あり)

しおりを挟む
※残酷描写が苦手な方はブラウザバック願います。次話に影響ありません。


 王宮の、最地下にある重罪を犯した貴族専用の特別な地下牢。
 長い階段を降り、鉄製の扉を開いた途端に耳に飛び込んできた絶叫へ仄暗く嗤いながら、四人の男たちは二手にわかれ、それぞれの目当ての牢で足を止める。


「──!? カルトナー、ジルファス公爵!? な、なんでも話すっ! だから命は助けろ! いや、助けてくれッ」
「う~ん…、話されちゃうのは困るから、黙っててね? 証言はいらないから」
「──な、なんで、だ」
「ジルファスの云うとおりだ。敵国への情報漏洩だが、あまりに下らん内容だったのでな。重要機密に差し替えておいた。これなら国王陛下の裁可だけで済む」
「塵の処分に税金投入する意味ないからね」
「我々の識りたいことに答えもらうだけだ。始めろ──」 
 彼らが座る為の椅子が牢に運びこまれる。コリンズ侯爵に求められること、それは絶望。

◇◇

「コリンズ侯爵に命じられたんです!! 逆らう道は無かったんです! 罪は償いますっ、洗いざらい話しますからお慈悲を!!」
 コルバンとラモンド両公爵の眼前で平伏し必死に乞うダットン伯爵はすでに失禁しているようだ。牢内に漂う臭気が教えていた。
「私たちが担当するだけで、もう十分に慈悲なんだよ、ダットン。なぁ、ラモンド公爵?」
「うむ。アンジェに感謝するんだな──処刑前に洗いざらいで、それほど苦しまずに済むことを」
 彼らの目視で尋問官が動き出す。
 ダットン伯爵に望まれるのは粛々と尋問を甘受することだけ──。

◇◇

 アンジェ子爵は牢の扉が開錠され開かれるまで茫然自失であった。「待たせたな──」と微笑む男の姿を認知する、その時まで。
 目の前に現れた男は、先刻までの最高位の貴族当主にふさわしい豪奢な装束から、手袋から靴まで黒で統一された姿になって現れた。
 噂は本当だったのか──!?
 自ら手をくだすときは黒衣を纏う…らしいと、誰がいったのか。あくまで数ある噂のひとつだと思っていた。
 全身が震えはじめ座り込んだ尻で後退を試みてしまうが、無意識だ。
「──ヒッ!? い、厭だッ!! わ、わたし、わたしは子爵、です!! あなたが来るのは、お、おかしい!? そうだ、コリンズ侯爵の、あいつこそが首謀者だ! わたしは娘から聞いたことを話しただけなのに、なのにコリンズが、あの男が決めたんだ!! ヒッ! コリンズのところに行くのが当然──ぎ、ぎぃやぁぁぁぁっ!!」
 背が壁にぶつかっても下がり続けようと足掻くアンジェ子爵は、優雅なまでの脚さばきで顎を蹴りあげられた。
「グ…グガッ……ゥゲェッ!?」
 夥しい血が開きっぱなしの口からボタボタと吹き溢れていく。残滓である黒ずみが残る床に数本の歯が吐き出され、落ちる。閉ざすことの叶わない顎は、一蹴りで骨が砕けていた。
「この世に、あれほど稀な生き物を生み出したお前に感謝している」
 ──だから、褒美をくれに来たんだよ。いっそ甘さすら覚える声音が殺風景な牢に、背筋を痺れさせるような禍々しさを生み出していく。
 アンジェ子爵の震えはおこりのように絶え間なくなり、男の背後に控えている彼直属の尋問官たちは恐怖を押し殺す。主の男はどこまでも凪いだ湖面のごとく、いつもと変わらず、声を荒げず淡々としている。他人の顎を砕いてのけても、ただ冷然と殺気だけを顕わにして佇む。それこそが、幾度経験しても慣れることの無い「真に激怒」している男の姿──それを知り尽くしている彼らは克服できないに悪寒に全身を冒される。
「さあ、感謝の宴を始めよう──」

 血に塗れた牢。
 投げ棄てられた丸い物体は右眼。手脚合わせて十本あるはずの指は糸で止血のため縛られながら、一関節ごとに切り落とされていく。失神すれば強制的に目覚めをもたらす、熱く熱された鉄の棒が焦がす肉の臭い。壊されていくアンジェ子爵は、もう生きているのが不思議なほどだ。
 
男の、はた迷惑なまでの想いの深淵は本当に底知れない……)
 見るからに憔悴しながらも職務を遂行する尋問官らに、憐れみと敬意を表したい。国王は部屋の片隅で吐いている王子に「でもまだ甘いのだぞ」と、声に出さず語りかける。 
 非公開の火刑にしたのは、精神崩壊しようが四肢欠損していようが、例えば息をしていなかろうが、執行者しか識られずに済むからだ。四公爵が余罪を追及している二名のみ、余計なこと秘密を喋り出せないよう断舌してから市中引き回すが、尋問中の事故でアンジェ子爵は直接火刑場に連行されるのだ。
「辛いなら戻って構わないぞ?」
「……父上と…共に…、ウッ……おり…、ます……」
 ころころと転がり靴先あたる、切り飛ばされたばかりの小指を爪先で蹴り、
「──小娘の時は悪いことは云わん、立ち合いはやめておけ」
 国王は王子に忠告をする。
 確信している。少しずつ希望と絶望を繰り返し、壊れてもあの男が飽きるその日まで、あの娘は短い人生を踊らねばならない。
 執着を持たない男。
 類い稀な美貌も、王族に連なる血も、五公爵家である栄光も。財産も何もかもが道具程度にしか重きを置かない、ある意味とても無欲な男の、呆れるほど深く重いに、ほんの一滴でも穢れをもたらしかけた罪の為に。
「あの一族は建国時から変わらず代々愛情深すぎて面倒くさい」
 怪訝顔を浮かべた王子へ、
「面倒くさいんだよ……」
 
 宴はまだまだ続く。

 おそらく今夜は眠りとは無縁になってしまうだろう王子と、コリンズ侯爵らのの後始末で多忙になる「ささやかな仕返し」を実行中の──四公爵を連れて、仕事納めの茶でも飲もう。
「初めての為政者としての社会勉強は、過ぎれば心身を毒する」
 ここの牢の愚かな住人と、愉しげな男のことはとりあえず忘れよう。
 
 誓う国王は、王子と共に四公爵の回収のため、憐れな生贄に背を向けるのだ── 
 
 それにしても我が息子は運が良いのか悪いのか、この数年の難解な問いに答えが出ないまま。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

公爵令嬢のひとりごと

鬼ヶ咲あちたん
ファンタジー
城下町へ視察にいった王太子シメオンは、食堂の看板娘コレットがひたむきに働く姿に目を奪われる。それ以来、事あるごとに婚約者である公爵令嬢ロザリーを貶すようになった。「君はもっとコレットを見習ったほうがいい」そんな日々にうんざりしたロザリーのひとりごと。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

処理中です...