名探偵桃太郎の春夏秋冬

与十川 大

文字の大きさ
30 / 70
俺と太鼓と祭りと夏と

第16話だ  罠かもしれないぞ  

しおりを挟む
 よし。美歩ちゃんをいじめたガキは懲らしめてやった。次は黒尽くめ達の説得だ。一つずつやっていこう。その次は幽霊さん。ちょっと恐いけど、事情を聞いて、必要以上の呪いとか祟りをしないようにお願いする。これしかあるまい。お宝の謎も解明するかもしれないし。そして最後に太鼓。これが厄介だ。東地区の奴らが何らかの組織を動かしているのだとすれば、解決には危険が伴うはずだ。殺し屋か何か、本部から人を送るとか言っていたし。これは、命がけの仕事になるかもしれない。久しぶりに腕が鳴るぜ。ちょっと伸びをして……うう、武者震い、武者震い。

 さてと、大通りの商店街に戻ってきたが、おっ、やってるな。祭りの飾りつけだ。明日だからな、ラストスパートってやつか。

 陽子さんと美歩ちゃんも、最後の提灯を取り付けている。――おっ。あれは、高瀬さんのところの息子さんだ。輪哉くん。随分と垢抜けたな。浪人生していた頃は、もっとヤボったかったのに。しかし、帰ってすぐから祭りの手伝いとは、感心だ。偉い、偉い。

 あれ、土佐山田さんは店の中か。「ウェルビー保険」の新居浜さんと話しているが、何か困った顔をしているぞ。横で奥さんは電話中。また何か勘違いされて怒鳴られているのかもしれんな。気になる。うーん、仕方ない。ちょっと中に入ってみるか。

「――という内容なんですよ。どうですか、いいでしょう。月々の保険料もお得です。この小型業務用備品保険『バッチリ安心くん』は、まさにこういう時のためにある保険なんですよ。次に同じ事態になった時に困らないように、今のうちにバッチリと……」

 なんだ、保険のセールスか。土佐山田さんも大変だな。ちょっと歩き疲れたので、勝手にこのお客さん用の丸いスツールに腰を下ろしてと……ああ、奥さん。こんにちは。――ん? なんだ、スルメじゃないか。食べていいのか。悪いな、いつも、いつも。で、何の電話してるんだ?

「――いえいえ、構いませんわよ。どうせ一時の事ですし、その方が皆よろこぶでしょうから。――はい。では、主人から警察の方にはお伝えしておけば……そうですの。助かりますわあ。あら、早速みえたみたいですわ。――分かりました、わざわざご丁寧にどうも。はい、では後ほど」

 大抵の女の人は電話に出る時に声が一オクターブ高くなるが、伊勢子さんは二オクターブ高くなるな。

 あ、鑑識のお兄さんだ。何しに来たんだろう。今朝の讃岐さんの件かな。それで、新居浜さんは帰るのか。土佐山田さんはホッとした顔をしている。お疲れ様。と安心する間もなく、鑑識のお兄さんからお話か。

「土佐山田さん、突然すみません」

「ああ、お巡りさん。今朝はどうも」

「新居浜さんは、よかったのですか。大事なお話中だったのでは」

「ああ、いいの、いいの。どうでもいいセールストークを聞いていただけだから。でも、あれはセールストークではなくて、『せいせいするトーク』だな。疲れたよ」

 土佐山田さんの無理なダジャレに無理な笑顔で答える鑑識のお兄さん。大変だねえ。なんだよ、チラチラとこっちを見て。俺がここでスルメを食っていたら悪いのか。伊勢子さんは、よく俺におやつをくれるんだ。いつもの事だよ。

「お祭りの事でしょう。今、電話で聞きました。急に無理言ってすみませんね」と伊勢子さんが言うと、鑑識のお兄さんは小声で「署の中では言えませんけど、僕的には、むしろありがたいですよ、範囲が狭くなれば、仕事も減りますから」と片笑んで言う。それでいいのか、お兄さん。

 一方の土佐山田九州男さんはキョトンとした顔をしているな。ああ、まだ伊勢子さんから話を聞いてないのか。俺もだが……。なんだ、お兄さんが土佐山田さんに何か書面を渡しているぞ。

「という訳で、お宅の角に一人立つ予定だった警官は、置かない事になりました。この配置なら、赤レンガ小道に車が入ってくる事も無いでしょうし、しかめ面の警官が目の前に立っていたら、祭りも盛り上がらないだろうと、うちの署長が」

 土佐山田さんは書面を覗き込みながら眉を寄せている。いったい何の書類だ?

「そうですか……。でも、売上金の小銭泥棒なんかもいますから、そこにお巡りさんが立っていてくれると、安心だったのですがねえ……」

「あなた、無理言わないの。せっかく東地区の皆さんがご提案してくださったのよ。いい案じゃない。それに、プロの方の手配までしてくださったみたいだし。太鼓の方も、祭りの後は向こうの倉庫で預かりましょうかって」

「そうか。そいつは、助かるな。じゃあ、ちょっと御礼を言ってくるよ。ついでに新居浜さんから聞いた保険の話もしてみよう」

 土佐山田さん! 保険の話どころではないぞ。それは罠だ。その「プロ」は組織が送り込んでくる奴だぞ。きっと殺し屋だ。警察と掛け合ったのも、ここから警官を遠ざけるために違いない。東地区の連中は、何か危険な事を企んでいるかもしれないんだ。御礼なんかするな。それに、このままでは太鼓も取られてしまうぞ。ああ、お兄さん、帰っちゃうのか、待ってくれ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...