名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

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俺と太鼓と祭りと夏と

第17話だ  徹夜するぞ

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 店の外に駆け出してみると、鑑識のお兄さんの姿はない。意外と速足だ。もう横断歩道の手前か。待ってくれ、信号待ちをしている間でいいから、俺の話を聞いてくれ。おーい、お兄さーん。

「ん? 桃太郎。そんなに慌てて、どうしたんだ。また何か事件か?」

「呑気な事を言っている場合かよ。事件だ、事件。大事件だよ」

 て、聞いているのか。なにキョロキョロと周囲の目を気にしているんだ。前に一緒に仕事をした仲だろ。今朝も一緒に歩いたじゃないか。

「桃太郎、以前おまえ、最新式のパソコンをすらすらと使っていたよな」

「あ、ああ。今時、パソコンくらい使えて当然だ。それがどうした」

「これは、どうだ。使えるのか」

 ん、なんだ、スマホか。馬鹿にしているのか、俺を。ん? 文字入力モードになっている……。ははーん、そういう事かあ、なるほどね。現職の警察官が重大事件の情報を民間の探偵から受け取るのは、世間的にマズイという訳だな。警察の威信に関わると。しかも、ここは警察署のすぐ近くだからな。一昔前の映画やドラマでは、公園のベンチなんかでメモ用紙を袖の下からコソっと渡していたが、今時はこれですか。いろんな場面にITが浸透しているねえ。では早速……まずは、これだな。ほれ、読んでみ。

「ん? オバケ、オテラ、ヨル?」

 音読するな、音読を。こっそり渡した意味が無いだろ。なんだ、何か知っているのか。合点がいきましたって顔だな。

「桃太郎、ちょっと耳を貸せよ」

 ん、なんだよ。内緒話か。そんなにヤバイ情報なのか……ふんふん……なに? そ、そうなのか。そいつは知らなかった。

「あ、青だ。じゃあ、また今度ゆっくり話そうな。陽子さんと美歩ちゃんにもよろしく」

「ああ、分かった。――って、おい! それよりも、もっと重要な話が……ああ、行ってしまった」

 ミスったなあ。殺し屋がこの街に送り込まれてくる話をできなかった。最初にしておくべきだったな。どうも、この水兵さんみたいな縞々模様のベストでは調子が出ない。さっきのドロップキックも中途半端だったしなあ。本当なら、もっと、こう、体と脚が真横に水平に……そんな場合ではない。祭りが近づいている。俺の探偵としての勘が当たっているなら、殺し屋は祭りの最中に犯行に及ぶはずだ。警察は当てにならん。この俺が体を張って阻止せねば。

 幽霊の謎は解けた。黒尽くめの奴らには、少し猶予をやろう。騒音にも慣れてきたし。明日、時間があったら説得するとして、目下の問題は殺し屋だ。いったいどんな奴なんだ。どんな相手であれ、強敵である事は間違いない。これは、綿密かつ緻密な作戦を練らないといけないな。祭りの準備はみんなに任せるとして、俺は事務所兼住居に帰って、じっくりと作戦を検討するか。こりゃ、今夜は徹夜だな。

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