名探偵桃太郎の春夏秋冬

与十川 大

文字の大きさ
36 / 70
俺と太鼓と祭りと夏と

第22話だ  祭りの準備だぞ  

しおりを挟む
 さてと、昼飯も食ったし、昼寝もしたし、そろそろ行くか。祭りの準備はテントの設営だけでは……しまった、忘れていた。殺し屋が来ているのだった。奴を何とかしなければ。陽子さんと美歩ちゃんは……いない。もう、準備に出かけたか。

 くっそー、あの季節はずれの厚着男め、ウチの陽子さんと美歩ちゃんにだけは手を出すなよ。

 うわ、外に出ると例の騒音が響いているな。奴ら、一段とボリュームを上げやがった。本格的な嫌がらせの域になってきたな。ああ、うるさい!

 ええと、弁当屋の横から出る時は、なるべく人目に付かないようにして……よし、誰も見てない。さっと赤レンガ小道に出る。

 お、やっているみたいだな。大通りの歩道の上はテントの設営組の人たちが大忙しか。どれどれ、赤レンガ小道商店街のテントはどこかな。ああ、これか。土佐山田薬局の前だ。我が「ホッカリ弁当」のスペースは……よし、ちゃんと確保してあるな。テーブルに店の名前を書いた紙が貼ってある。やっぱり今年も端の方かあ。んん……ちょっと狭くないか? よし、誰も見ていないうちに、隣の土佐山田薬局の紙を少し横にずらして……。

「あら、桃太郎さん。お疲れ」

 わ、びっくりした。なんだ、萌奈美さんか。あ、くそ、セロテープが指にひっ付いて……。

「よ、よう、萌奈美さん。いよいよ、今夜だな」

「何してるの? もう店番? あらあら、付いちゃったのね」

「ああ、いや、これは……ちょっと土佐山田さんところの紙が斜めになっていたからな。真っ直ぐに貼り直そうと……」

「はい。取れました」

「ありがとう。ふう、焦ったぜ」

「あら、そのベスト、早速着ているのね。よっぽど、その色がお気に入りみたいね」

「ああ、そうだった。悪かったな、手間を掛けちまって。綺麗に縫ってくれて、助かったよ。ありがとう」

 俺の赤いメッシュのベストを覗き込んで、縫い目の確認か。さすが美容師さんだ、自分がした仕事は結果に責任を持つ。萌奈美さん、あんたは職人ですなあ。

「うーん……編み込みは解れてないみたいね。大丈夫。胸のポケットもしっかりと縫っておいたから、少しくらい引っ張っても平気だと思うわよ」

「やっぱり、美容師さんは手先が器用だな。ところで萌奈美さん、陽子さんと美歩ちゃんを知らないか。どこに……」

「ああ、阿南さん、お疲れ様です」

「下の名前でいいわよ。みんな、そっちで呼んでくれているから」

 なんだ、輪哉くんか。

「じゃあ、萌奈美さん……」

 なに顔を赤らめているんだ。おまえは萌奈美さんが引っ越してくるのと入れ替わりで大学に出て行っただろ。去年の夏休みと冬休みに挨拶した程度だろうが。ほとんど初対面のくせして、図々しく「萌奈美さん」と呼ぶな。コラコラ、花のバケツは丁寧に置け。水が飛んだぞ、水が。冷たいな。

「へえ、今年は切花も売るのね。百合ゆりかあ、いい匂い」

「でしょ。お客さんも引けるかなって」

「これ、全部、百合なの?」

「ですね。それは皆さんご存知の『鉄砲百合』です。で、こっちが『鬼百合』、その隣が『鹿の子百合』。ん、あれ、逆だったかな……。どっちが鉄砲百合だ。ええと……」

「あらあ、まだまだ修行が足りないみたいね。あ、あの小さいのは?」

「ええと、たしか『鳴子百合』……だったと思います」

「ふーん、鈴みたいな花ね。でも、こういうのも涼しげでいいわね。こっちのオレンジ系も綺麗」

「それは『小鬼百合』ですね」

「小鬼? かわいい名前ね。『鬼百合』の仲間なの?」

「だそうです。『鬼百合』と色と形が似ていて小さいから『小鬼』……のはずなんだけど、これ『鹿の子』かな。こっちが『鬼百合』だよなあ……うーん……」

 普段から手伝ってこなかったから、区別がつかないんだよ。もっといろいろ親父さんから教えてもらって、精進しろよ。

「で、萌奈美さんは何を販売するんですか?」

 そうだ。俺も前からそれが気になっていた。まさか、ここで即席カットを実演する訳じゃないだろうからな。何を売るんだ?

「外村さんところのお手伝い。一応、ウチで扱っている化粧品でも並べようかと思ったんだけど、たぶん売れないから」

 そっか、ウチの手伝いをしてくれるのか。陽子さんも助かるな。美歩ちゃんの事もあるし、そいつはよかった。俺も奴の撃退に集中して……ああ、しまった、忘れていた。殺し屋だった。どこだ、どこにいる。空き地の方か。まさか陽子さんたちに何か……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...