名探偵桃太郎の春夏秋冬

与十川 大

文字の大きさ
37 / 70
俺と太鼓と祭りと夏と

第23話だ  セールスだぞ

しおりを挟む
 例の空き地は平和だ。人々が雑談しながら祭りの準備をしている。

 陽子さんと美歩ちゃんは……あそこか。金魚すくい用のビニール・プールの準備中だな。

 あれ? 美歩ちゃんは、あんな所に屈んで何をしているんだ。

 ま、とにかく、あの厚着の男は居ない。さすがに警察署の目の前では何もできないか。しかし、さっきはガスボンベの近くに立っていた。何か仕掛けをしているかもしれんな。確認しておこう。ええと、こっちがLPガス、こっちがヘリウムガス、これが酸素ボンベか。見回しても何か仕掛けられている様子は無い。よし、安全だ。

「桃ちゃん、勝手に触っちゃ駄目よ」

「ああ、伊勢子さん、分かっている。安全を確認していただけだ。安心しな、何も問題はないようだ」

「土佐山田さん、鳥丸さんのお店の炊き込みご飯も炊き上がったそうよ。みんな揃ったかしら。外村さんの方は運んであるそうだから、そろそろ行きましょうか」

 高瀬公子さんだ。外村さんの方って、ご飯のことかな。陽子さんは、今日は早めに店を閉めて業務用の炊飯器でご飯を炊き直していたからな。「まんぷく亭」の鳥丸さんの方でも炊いていたのか。

「もう、男衆の腹を満たすのも大変よね。夕食を作るとなれば、おにぎりだけって訳にはいかないじゃない」

「ホントよねえ。ウチの人なんて、久々に女房以外の人が握ったおにぎりが食べられるって、上機嫌で。腹立つわ」

「いやねえ、違うわよ。おたくのご主人は、輪哉くんが帰ってきたから上機嫌なのよ。奥さんだって、本当は嬉しいんでしょ」

「ウチの人に叱られて、渋々帰ってきたのよ。どうせ、小遣いやるって言葉に釣られたに決まっているわ」

「子供が帰ってきて喜ばない親は居ないじゃない。あら、もうこんな時間。あの人たち何やってるのよ。そろそろボンベとか運んでおかなくていいのかしら」

 土佐山田九州男さんと高瀬邦夫さんが東地区の人たちと輪になって話しているぞ。何か揉めているのか。

「あの人たち、新居浜さんに捕まっているみたいよ。どうせまた保険の売り込みでしょ。嫌ねえ、こんな忙しい時にまでセールス」

 新居浜さんは、ここでも保険の営業かよ。皆、祭りの準備で動いているのに、何やってるんだ、まったく。

「違うのよ、公子さん。ほら、大太鼓があんな事になっちゃったでしょ。今度から西地区の太鼓も東地区の倉庫で保管してもらう事になったの。こっちの倉庫も観音寺さんの倉庫も陽がカンカンにあたるでしょ。中は灼熱地獄になっちゃう訳じゃない。でも、向こうの倉庫は建物の裏手で日陰に建っているから、そんなに高温にならないらしいのよ。東地区の太鼓の皮は無事だったでしょ。だから、向こうで保管した方がいいんじゃないかって、昨日、鳥丸さんから電話をもらったの。きっと、その話をしているんだわ」

「保険は何なの?」

「こう猛暑が続くと、いくら日陰の倉庫の中と言っても、万が一って事が考えられるじゃない。熱で膨張して、夜との気温差で、いつまた皮が割れたり、胴に亀裂が入ったりするか分からないでしょ。一緒に保管するとなれば、最悪、西地区のも、東地区のも、いっぺんに壊れてしまうかもしれない。その時の為に、保険に入ったらどうかって事らしいの。修理費の支払いはもちろん、緊急に代用品の準備までしてくれる良い保険を新居浜さんが探してきてくれたそうなの」

「あら、そうだったの。それ、掛け金は安いのかしら」

「それがね、新居浜さんが代理店限定の地域奉仕ナントカ割引制度を使えるよう、保険会社と交渉してくれて、何とか安くで契約できるそうなのよ。営業用の経費として特別に安くしてもらえるのですって。新浜さん、随分と骨折ってくれたみたいよ」

 ふーん。新居浜さんって、いい人なんだな。

「それは良かったわね。毎年、太鼓は子供たちも楽しみにしているし、祭りのメインだから。でも、東地区の倉庫もそんなに大きくはないでしょ。ウチの西地区の太鼓を入れるスペースまで空いているのかしら。ウチの地区の倉庫もスペースが無くて、観音寺さんの倉庫で預かってもらっていたのに」

「東地区の方でも前々から、古くなった使わない道具をリストアップして捨てようかって話していたそうなの。今日の祭りの後に皆で片付ける予定らしいわ。その他に、場所を塞いでいる発電機とか射的の道具を出せば、空いたスペースに太鼓を入れられるそうよ。その代わりに、発電機と射的の道具を西地区の方で預かってくれないかって話。大内住職も了承してくださったから、お寺の倉庫で預かるみたいよ」

 そういう事かあ。昨日、向こうの駐車場で鳥丸さんたちが輪になって話していたのは、その話だったんだ。あれは要らない古道具のリストのことだったんだな。

「じゃあ、こっちの倉庫の中も片付けた方がいいわね。もしかしたら、お互いに必要な物と要らない物を交換できるかもしれないし」

「そうね。明日、祭りの片付けの後で男衆にやってもらいましょ」

「重たい物は、ウチの馬鹿息子に運ばせればいいから。帰ってきている時で丁度よかったわ」

 また仕事が増えたな、輪哉くん。頑張りたまえ。

 あ、大内住職だ。今日は若いお坊さんたちも一緒か。みんなTシャツにジャージ姿だ。しかも、全員ツルピカ頭。やっぱり、その筋の人たちに見えるぞ。恐い、恐い。

「いやあ、遅くなりました。お、だいぶ進んでますな。今日はウチの小坊主たちも連れてきましたよ。日頃お世話になっている地域の祭りですからな、この者たちにも協力させましょう。若いですから重たい物を運ぶのは任せてください」

「まあ、これは、これは。本当にすみません。――あなたあ、このガスボンベと発電機は運んでいいんでしょ」

 じゃあ、俺が手伝うまでもないか。陽子さんのところに行こう。

「あ、そうそう。どなたか、ウチの墓地の中の草取りをしてくださった方はいませんか。あるいは、草を取ってくれた人をご存知の方は」

「どうなさいましたの?」

「いや、お墓の雑草が片っ端から掘り返されていましてね。まあ、ウチの小坊主たちも頑張ってはいるのですが、草が伸びるのは早くてね、追いつかんで困っていたのですよ。ところが、昼食を終えて少し散歩しようとしたら、ほとんどのお墓の雑草が掘り返されている。びっくりしましてな。これは、お礼を言わないと、と思いまして。もしかして、高瀬さんとこの輪哉くんかな。午前中に墓参りにいらしていたようだが」

「まさか。うちの子はそんな立派な子ではないですよ。土佐山田さんのご主人じゃないですか」

「そんな訳ないじゃない。裏庭の草取りがやっとの人よ。別な方でしょ」

「そうですか。はて、誰かのお……」

 俺ですが、敢えて言わない。あなたのように。陰徳あれば必ず陽報あり。そう信じよう。

 それよりも、美歩ちゃんだ。まだ、あんな所で屈んでいる。いったいどうしたんだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

処理中です...