名探偵桃太郎の春夏秋冬

与十川 大

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俺と太鼓と祭りと夏と

第25話だ  お祭りだぞ

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 提灯電灯の明かりが並ぶ大通りは、老若男女で賑っている。南北を通行止めにされた車道には、ヨーヨー釣りや金魚すくいのビニール・プール、輪投げや射的の台が並ぶ。リンゴ飴を舐めながら歩く浴衣姿の少女や、ヒーローのお面を帽子にしている男児が、親や祖父母と手を繋いで歩く。東西の歩道の上に並んだ簡易テントの下では、地域の商人たちがせっせと自分のところの商品を売っている。

 「ホッカリ弁当」も大盛況だ。陽子さんも助っ人の萌奈美さんも弁当売りで忙しい。隣の「土佐山田薬局」でも栄養ドリンクや健康食品がよく売れているようだ。その隣の「フラワーショップ高瀬」の花も意外と大人気。花束や植木鉢を抱えているご婦人方が多く目に付く。新居浜さんの「特設保険相談コーナー」は暇そうだ。彼は、隣のテントで「北風ラーメン」の讃岐さんが威勢よく売っている「食べ切り紙コップラーメン」を静かにすすっている。高瀬輪哉くんは射的コーナーの横で子供たちに景品を渡している。あ、若い女性に余計にお菓子を渡して鳥丸さんのご主人に怒られたぞ。

 俺と浴衣姿の美歩ちゃんは、このお祭り会場の真ん中、土佐山田薬局の前に設置された大太鼓を叩く列に並んでいる。東地区の皆さんのご厚意で東西両地区の子供たちが一緒に打てるよう、ここに設置することになった。計画していた配置が変わって、歩行者天国も少しコンパクトになったが、こういうのも悪くはない。

 列には地区の区別無く子供たちが並んでいる。今ステージでやっている地元中学の吹奏楽部の演奏が終わったら、順番に一人ずつ「ドン、ドン」だ。少し緊張ぎみの顔で並んでいる美歩ちゃんの視線の先では、おじさんピエロがバルーンアートを披露中。お陰で列に並んでいる子供たちが騒いで列を乱す事はない。東地区の会員であるハンバーガー屋さんが契約している会社の「本部」に掛け合って、本職の大道芸人さんを呼んでくれたそうだ。そう、あの厚着の男だ。彼は殺し屋なんかではなく、大道芸人さんだった。大手のハンバーガー企業と専属契約を結んでいて、全国の店舗を回っているらしい。ガスボンベも周囲の観察も、安全に効果的に芸を披露するための下調べだったのだろう。でも、なぜ厚着だったのか。もしかしたら、バスから降りてきた時点で彼のパフォーマンスは始まっていたのかもしれない。さすがプロだ。

 結局、西地区の太鼓を破った犯人は「太陽」だった。猛暑の熱と昼夜の気温差で急激に膨張と収縮を繰り返し、自然と破れたのだ。広域で同種の破損事故が多発しているのも頷ける。幽霊も殺し屋もいない。

 やっぱり、この街は平和だった。日頃の俺様の努力の賜物だ。黒尽くめの連中とも和解が成立。さっき美歩ちゃんが弱った奴らの仲間をイチョウの木に戻してやると、奴らは騒音をピタリと止めた。その後は少し遠慮気味の音量で鳴いているようだし、今日は観音寺の夕方の鐘の音と同時に終了。たぶん明日もそうだろう。昼寝の時間帯も止めるかもしれない。今後はオシッコを撃ってくる事もないはずだ。

 騒音集団は蝉、幽霊は大内ご住職、連続器物損壊犯は太陽、殺し屋はピエロ、そして、俺は猫だ。猫なんだ。

 ガキの頃、向こうの川で桃の絵柄の缶に入って流されているところを陽子さんと美歩ちゃんに救われて、「桃太郎」と名付けられた。で、その恩に報いる為に、探偵としてこの街の平和を守っている。自慢の、この「切れ物」の爪を使って。まあ、そういう訳だ。

 それにしても、人間は不思議だ。蝉とも仲良くなれる。人間同士も、互いに知恵を出し合って助け合っている。こういうのが「地域社会」という奴だろう。きっと脈々と受け継がれて来たに違いない。蝉は寿命が短いし、子育てしないから、そういう仕組みができていない。だから分かり合おうとしないし、俺の話にも耳を貸さなかった。でも、美歩ちゃんが優しくしたら、すぐに妥協してくれた。鑑識のお兄さんが優しく接したら、讃岐さんは話を聞いたし、東地区の人たちも困っている西地区の人たちに手を差し伸べてくれたから、西地区の人たちも古道具を受け入れたり、祭りでも率先して仕事に取り組んでいる。すると、東地区の人たちもそれに応えようと思って、頑張る。で、両地区の子供たちに太鼓を叩かせてあげようと、大人たちは協力している。子供たちも喜んで、大人も満足。だからお祭りは大成功。

 なるほどね。輪哉くんのおじいさんが言っていた「宝」は、これだな。大内ご住職も言っていた墓地の下に眠っている大切な「お宝」。

 もしかしたら、蝉たちもそれを拡声器で叫んでいるのかもな。何と言っているのか、俺に蝉語は分からないけど。

 ああ、ちなみに、俺は人間の言葉が分かるけど、人間は俺の言葉が分からないらしい。ま、意思疎通する便利な方法は見つかったが、暫らく隠しておこう。

 お、太鼓打ちが始まったな。順番は下級生からだから、美歩ちゃんは、この男の子の次だ。伊勢子さんの手を借りて駆けつけた陽子さんが、スマホで撮影する準備をしている。美歩ちゃんにばちが回ってきた。重さと太さにびっくりしているな。でも、すごく満足気な顔だ。フラッシュの光が笑顔を照らす。陽子さんもきっと、子供の頃にこんな顔で桴を握ったのだろう。

 あ、美歩ちゃんの番だ。陽子さんが踏み台に乗せてあげる。二人とも嬉しそうだなあ。大きく息を吸った美歩ちゃんは、真剣な顔で太鼓に向かい、高々と桴を振り上げた。

 さあ美歩ちゃん、力いっぱい打て。その音を君の次の世代にまで響かせるんだ。



 夏の星空に力強い打音が広がった。

                                       
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