名探偵桃太郎の春夏秋冬

淀川 大

文字の大きさ
上 下
40 / 70
俺とポエムと彼女と秋と

第1話だ  秋は静かに

しおりを挟む

 暖かな陽射しが玉砂利を赤く照らす。
 風は少しだけ冷たく、悲しい。
 黄金色の影が鼻先に載った。
 手に取って見ると、それは色付いたイチョウの落ち葉。
 乾いた風の音が枝先を揺らした。
 見回してみると、ここは慣れ付いた萎凋の町場。
 見上げると、黄色がざわざわと揺れている。
 その古木は天へと延びる。
 赤い夕焼け空は何処までも逃げる。
 その孤独は冬へと誘う。
 橙色の薄雲はゆっくりと流れる。

 秋は夏を殺した。

 夕影は薄く弱い。
 万感が人の胸に集う。
 銀杏が俺の鼻に詰まる。

「ふん」

 出す。

 女は言う。
「秋なのね」
 俺は答える。
「秋なのさ」
 女は言う。
「時は残酷ね」
 俺は答える。
「だが、寛容でもある」
 女は言う。
「知らなかったわ」
 俺は答える。
「それでいいのさ」
 女は憂い、黙っている。
 俺はイチョウの木を見上げる。一つ、また一つと葉が落ちてくる。
 女は言う。
「カリグラフは素敵ね」
 俺も言う。
「カリフラワーは苦手だ」
 女は言う。
「言葉の位置には意味があるのね」
 俺は答える。
「意味は作り上げるものさ。見つけるものじゃない。俺とあんたと同じだ」
 女は言う。
「恋心は美しいわね。すばらしい芸術だわ」
 俺は答える。
「鯉こくも美味いよな。そろそろ時期だな」
 女は言う。
「あなたは素晴らしい探偵さんね」
 俺も言う。
「あんたも素晴らしい芸術家さんだ」

 女は俺に本を渡す。
 ひどく傷んだ古い詩集。
 優しく繋いだ深い切れ目。

 俺はその本にイチョウの葉を挿んで返す。

 女は苦しそうに微笑と姿勢を作る。
 俺は黙って襟を立てる。
 黒いベストの細い襟。商風は防げない。
 首筋の毛は逆立ち、胸は緊縮する。
 肩に乗るイチョウの葉は重い。

 俺は舞い落ちる黄色い葉の中を歩く。女に背中を向けたまま。


しおりを挟む

処理中です...