梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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佐一郎

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おいちの家を後にした佐一郎は、再び山を抜け山岸家へと戻る。家の者すべてが息絶えた家は、夜の暗闇の中大きな棺桶のように佇んでいる。
着物がはだけ、真っ赤な返り血を体中に浴びた佐一郎は、ゆきと子供の遺体が白いシーツにくるまれそのままになっている部屋へと向かうと、二人を抱え上げ外にある荷車に乗せる。又すぐに家の中に戻ると、家中のありとあらゆる金品を袋に入れて回る。家主の持ち物意外にも女中や男衆の物も全て残らず袋に入れた。
「はっはっはっは!何が山岸家のしきたりだ!俺は俺なんだ!」
家中に響き渡るよう大声で叫ぶと、行灯の灯りを倒した。中にある油皿がこぼれ小さな火が次第に大きな火となり畳の上を走る。
「はっはっはっは!」
畳から壁、壁から天井へと移る炎を見ながら佐一郎は高笑いした。
「さてと・・・」
パチパチ、メキメキと音をたてて燃える部屋を後にした佐一郎は、ゆきと子供が乗った荷車に袋を乗せゆっくりと山岸家を出た。
ガタガタと小さな砂利が多い道を荷車をひきながら歩いて行く佐一郎。途中急な坂道があったが今の佐一郎にはなんてことない難所だ。難なく山を抜けついた先は富木村だった。佐一郎は、シーツにくるんだゆきと子供を抱え奪ってきた金品の入った袋を腰ひもに結わえる。
道なき道を、ガサガサと草を避けながら歩いて行く。頭上ではフクロウが山に入って来た侵入者を警戒するようにホウホウと鳴く。
灯りも持たずに歩く佐一郎だが、目的の場所までの道のりは目をつぶってでも行ける。しかし、その迷いのない歩みがピタリと止まった。
月明かりも差し込まず闇が支配する山の中。佐一郎の前に誰かが立っている。
「誰だ」
声を掛けるが返事がない。
「誰だってんだ」
もう一度声を掛ける。しかし、その者からの返事はない。
「もう誰もいないはずなんだがな。生き残りか?」
そう言いながら、抱えていたゆきと子供を地面に下ろすと腰ひもに差していた懐刀を抜き立ち尽くす奴の所へゆっくりと近づいていく。
どうやら、こちらを向いて立っているようだ。しかしそいつは、佐一郎が近づいていっても逃げるわけでもなくじっと立っているだけで微動だにしない。
その様子に佐一郎は頭に来た。自分は、村人を皆殺しにして来た。今の気持ちは、まるで天下を取ったような感覚。その自分に対して、恐れるわけでも許しを請う訳でもなく平然と立ち尽くす奴にイラついたのだ。
「いるんだよなこう言う奴。怖いもの知らずを装ってても結局弱い奴は弱いんだよ」
そう言いながら、持っていた懐刀を振り上げ目前に立つ者に振り下ろそうとした。
その瞬間
「やめろよ」
声が聞こえた。
佐一郎は、振り下ろそうとしていた手を止め
「ん?命乞いか?」
「やめろよ」
「今更、みっともねぇな。やめてほしかったら金をよこせ」
「やめろよ」
相手は佐一郎が何を言っても同じ事しか言わない。
「頭に来る奴だ。やめねぇよ」
佐一郎は、再度手に力を入れると目の前に立つ奴の胸めがけて振り下ろした。
「ふ・・・ははは!」
勝ち誇ったように笑う佐一郎。
しかし、刺された奴は倒れるわけでもなく先程の状態で平然と立っている。
「ん?お前平気なの?」
佐一郎は、まだ胸の中に入ったままの懐刀に力を入れ奥まで突き刺していく。しかし奴は、苦しい声を上げるわけでもなく立ち尽くしたまま。そのおかしな様子にようやく佐一郎は僅かな恐ろしさを感じた。
「な・・お前なんなんだ・・」
胸に深々と刺さっている懐刀から手を放そうとした時、木々でおおわれた山の中に、届かないはずの細い月明かりが差し込んできた。その明かりは、佐一郎の赤く染まる手を照らし 徐々に目の前の奴の顔を照らしていく。
「!・・・なんで・・・」
佐一郎は、細い月明かりに照らされた奴の顔を見た。細い光だったので、顔全体を見られたわけではないが、僅かな光で十分だった。
目の前にいた奴は、佐一郎が良く知る人物だった。
そこには・・・佐一郎がいた。
とても悲しそうな顔をして、両目から涙を流し佐一郎を真っ直ぐに見ている。
「あ・・・なん・・俺・・」
なぜ自分がもう一人いるのか。なぜこんな所にいるのか。なぜ・・・泣いてる?
佐一郎の頭は混乱しズキンズキンと痛む。
「う・・・」
頭を抱えその場にうずくまる。
「う・・う・・う・・ああぁぁぁぁ!」
痛みが激痛に変わり、頭を抱え転げまわる。頭を割られているような激痛の中、佐一郎は今まで忘れていた事が断片的にだが甦る。
いや・・忘れていたのではない。思い出さないようにしていたのかもしれない・・

それは・・佐一郎がとても小さい頃。おぼろげだが自分を捨てた両親を覚えていた。とても汚く寒い場所。小さな炎がお椀の中で燃えている。頭を下げ、背中を丸めて座る男。その隣には美しい顔を青くした女。顔色は悪いがとても綺麗な目をしている。女は男と同じように座り何やら話している。泣いている様だ。その綺麗な目から幾筋もの涙が流れている。
場面が変わり・・佐一郎は、ものすごい音で起きる。音に驚き泣き喚く佐一郎。しかし誰も助けに来ない。自分はどうやら床に寝ているようで体が動かない。さっきの女が来てくれることを願いながら大きな声で泣き続ける。その時、自分が寝ている隣にバタンと誰かが倒れた。あの綺麗な目をした女だ。女は上に乗る男に何かをされている様だ。しかし、その女の顔は苦痛に歪み、涙を流している。すぐ隣にいる佐一郎に気がつくとサッと顔をそむけた。佐一郎は、助けてくれると思った女が自分を見捨てたような気がした。
そして・・佐一郎は、誰かに抱かれていた。規則的に自分の体が揺れる。どこに向かっているのだろう?見上げると、自分を大事そうに抱えて歩く女の口元が見える。しかし何かがおかしい。女は何かを咥えている。真っ黒い何か・・
目的の場所についたのか、女は佐一郎を地面にそっと置くと佐一郎の顔を泣きはらした顔で見下ろす。あの綺麗な目をした女だ。
その時に女が咥えている物が見えた。何故か麻縄で束ねられた短い髪の毛を咥えていたのだ。女は、その髪の束を口から外すと
「○○(恐らく自分の本当の名だろうが聞こえない)ごめんなさい・・許して・・」
そう言うとハラハラと綺麗な目から涙が落ちる。ひとしきり泣いた後また、髪の束を口に咥えると
「この恨みをお前に込める。私の家族に酷いことをした奴を地獄へ。この言葉。お前が見て来たもの。忘れるな」
途切れ途切れに言う女の顔は、まるで鬼のようだった。白い顔は赤くなり、綺麗だった目は恐ろしいほど吊り上がる。髪の束を咥えている口からは涎がたれ、佐一郎の顔に息がかかる。
「忘れるな。この村に滅びを・・滅びを・・滅びを」
そう言いながら咥えていた髪の束を口の中に入れ飲み込んだ。その様子ををジッと見上げる佐一郎。次に女は懐から短刀を取り出すと自分の首にあて一文字に引いた。しぶきが佐一郎の顔にかかり、白かったねんねこが女の血で赤く染まっていった。

頭の痛みでうずくまっていた佐一郎は、はっと我に返る。
(今の・・今のが・・俺のお袋か?)
近所に住む友人に自分は捨て子だと聞いた。でも、それを聞いた佐一郎は何とも思わなかった。自分を産んだ母親の事等考えもしなかった。考えてもしょうがないと思っていたからだ。しょうがない・・・違う・・・恐ろしかったんだ・・・
佐一郎は痛む頭を抱えながら、自分の近くに立ったままでいる自分を見上げた。
そいつは、佐一郎を憐れむような目で、悲しそうな表情で見下ろしている。
「くっ・・そんな目で・・そんな目で俺を見るなぁ!」
佐一郎は立ち上がると、そのまま走り出した。
後ろも見ず、裸足の足が木の根や石などで血だらけになろうと構わず猛然と走る。
佐一郎が行きついた先、そこは秘密の場所だった。
しかし佐一郎は止まることなく走り続けた。この先に待っているのは崖。佐一郎は走り続け真っ黒な奈落へと落ちて行った。


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