梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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からくり

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少し時間を遡り梅二は、まだ山岸家の家の隅に隠れていた。
コッソリ山岸家に忍び込み、手製のからくりを操りゆきを脅かした後すぐに家の物置の隅に隠れたのだ。案の定騒ぎになり家の者達がゆきの部屋へと集まった。梅二はその様子を息を殺しじっと見守っていた。
しかし、こうも上手くいくとは自分でも思っていなかった。
おいちが着た白無垢を市松人形に着せ細工をした後その後ろで梅二が操る。ゆきが部屋から出てきたのを見計らい、ゆきの子供とおいちの子供を交換する。興奮状態にあったゆきは自分のすぐ側でそんな事が行われていても気がつかなかったようだ。
梅二は、おいちの辛かった気持ちを相手にしらしめる事。物を言わなくなったというおいちの子供が心配だったので、連れて帰る為もう一度交換する事。
それを実行するために、今回のからくりは梅二が考えに考えた事だった。案の定ゆきは、白無垢を着た人形をおいちと思ってくれたが反省の言葉がなかったのは残念だった。

・・だから咄嗟に殺してしまった。子供を手にかけようとは思ってはいなかったが、あのゆきの言葉にかっとなってしまったのだ。本来は、懐刀をちらつかせ脅かすだけだった。だが、怒りに任せ人形の後ろから出した自分の手で投げた懐刀が、見事ゆきの子供の喉元に突き刺さった時の高揚感は、今思うと恐ろしい。
今、おいちの子供は梅二の腕の中ですやすやと眠っている。
「ごめんな」
梅二は、寝ている子供にそっと言うと子供を抱き直し外に出るため周りの様子を伺う。
それにしてもあの時は本当に驚いた。父親に秘密の場所で渡された物がまさかゆきの子供だとは夢にも思わなかった。生ものと言っていたのでてっきり食料かと思っていたのだが。
梅二が布を取った時にはもう、ゆきの子供は息絶えていた。あれだけ元気だった子供が突然死ぬはずはない。すぐに父親が手にかけたのだと悟ると同時に父親の無念と怒りをまざまざと感じた。
梅二は、おいちの子供を背負うといつの間にか静かになった山岸家を出た。
山岸家を出た梅二は、直ぐに自分の家へと向かう。
家族においちの子供を渡さなくてはいけないからだ。暗闇の中、武井村を出るために小走りで富木村へと向かう。何やら、後ろの方で騒ぐ声が聞こえてきたが梅二は自分が殺したゆきの子供の事で騒いでいるのだと思い、さらに足を速めた。
山を抜けた梅二は真っ直ぐ自分の家へと向かうが、問題はここからだ。家を出た梅二がひょっこりと家に入り子供を渡すなんてことが出来るはずもない。それに、今家の状態がどういう事になっているかが分からない。つまり、父親は母親に黙ってゆきの子供を連れ出したはず。それがみんなに知られているのか、それとも父親が何らかの方法で隠しているのか。
「さて・・どうしようか」
さっきまで急いでいた足をゆるめ、ゆっくりと歩きながら考えた。
すると、左手の山の方から唸り声のような物が聞こえてくる。
「何だ?獣か?」
ここは、田舎の山々に囲まれた村だが今まで獣らしい獣は出たことがない。せいぜい野ウサギぐらいだ。しかし、今聞こえてくる声はイノシシのような荒い息を吐き興奮しているような唸り声に聞こえる。結構な速さでこちらに走ってきているらしく、静かな山の中からガサガサ、バキバキと木や草が踏みしめられる音がする。
「こりゃあ大物か?」
もう、自分の家は見えているのだが山から走ってくる奴に見つからずにそこまで行けるかわからない。仕方なく梅二は、急いで近くの家の庭に入ると積まれている薪の陰に身を隠した。
もし獣だとしたら、匂いで分かってしまうのではないか。もし、対峙するようなことがあったら子供はここに置きやっつけるしかない。武器になるようなものはないか。等考えながら周りにある物を確認していると、ソレは来た。
山から飛び出してきた物。街灯などない畦道を、月明かり位しか夜の光源がない村のあぜ道を真っ黒なシルエットが走り抜ける。
梅二の隠れている場所からは、ソレがどういう動きをしているかが良く見えない。分かるのは音のみ。その音を聞くため梅二は耳に集中した。
「早く!早く!」
(ん?)
聞き覚えのある声が、微かに遠くの方から聞こえてくる。
「早く!」
(あめだ!あめの声だ!こんな夜更けに外にいるのか?駄目だ!外になんか出たら襲われてしまう!)
梅二は隠れている場所から顔を出し、山から出てきた奴がどこにいるのか確認しようとした。
「はぁはぁはぁはぁ」
ざっざっざっざ!
と、荒い息遣いと共に走っている音が近づいてくる。
(こっちに来る!)
梅二は出していた頭を引っ込めると、これから来る奴の姿を見るため薪の影からじっと息を殺し覗く。
そしてついにそいつは現れた。凄い速さで梅二の隠れている場所を通り過ぎ家の戸を開ける。中からガタガタと音が聞こえたと思ったらすぐにソイツは家から飛び出しどこかへ行ってしまった。あっという間の出来事だった。
ほんの一瞬の出来事だったが、姿を見てやろうと集中していた梅二はしっかりとその姿を確認していた。
「佐一郎・・兄ちゃん・・」
どうして佐一郎がこんな時間に富木村にいるのか。それにあの格好。髪を振り乱し、顔や着物は何かが撥ねた様に汚れている。着物の裾を端折って裸足で駆ける姿は常軌を逸していた。
「あっ!」
佐一郎が次に向かって行った方向に自分の家があるのに気がついた梅二は、急いでその場から飛び出し佐一郎を追いかけた。
梅二が家の近くに着いた時には、家の戸は開け放たれており辺りはシーンと静まり返っていた。何が起きているのか分からない梅二は、家の中に入ろうとそろりそろりと足音を忍ばせ歩いていく。
「・・・・・・」
「ん?」
コソコソと話す声が聞こえる。声を頼りにそっと近づいていく。その声の主が佐一郎なのか、家族なのか・・・もし、佐一郎だったとしたら何を言えばいいのか。自分はゆきの子供を殺してきた。とでも言えば良いのか。しかし、その子供は佐一郎の子供でもあるのだ。背中に背負われているおいちの子供が濡れて風邪をひいてしまうのではと心配になるぐらい、全身から汗が噴き出してくる。
「あ!梅ちゃん!」
梅二が向かっている方向からあめの元気な声が聞こえてきた。
「あめ?」
バサバサと音がしたと思ったら、小さな影が梅二の元へと駆け寄って来る。あめだ。あめは、嬉しそうに梅二のお腹の辺りに顔をうずめ抱きつく。
「梅二かい?」
母親の声だ。
あめが来た方向から三つの懐かしいシルエットが梅二の方へと歩み寄る。
「梅二、今日の朝出て行ったのにもう寂しくなって帰って来たのか?」
利一のお気楽な嫌味が飛んでくる。父親は黙ったままだ。
「あ・・あの・・・あっそう言えば、ここに佐一郎兄ちゃんが来なかった?」
「来たよ。真っ黒な人が血の匂いをぷんぷんさせてこの家に来た。あめは怖かったからみんなを隠したんだ」
「血の匂い・・」
梅二が見た、汚れた七郎の顔。あれは血で汚れていたのか。なぜ佐一郎が血で汚れていたのか。想像はつかないが、良からぬ事が起こっている事は分かる。ブルリと身震いをした梅二は、あめの頭を撫でながら
「そうか。あめがみんなを助けたんだな。そう言えばあめは鼻が利いたもんな」
「うん!ね、梅ちゃん。その背中に背負ってるのなあに?」
褒められたあめは嬉しそうに頷くとすぐ梅二の背中の方を指さし聞いた。
梅二は慌てた。そっと父親に渡そうとしていたおいちの子供を、母親と利一に見られてしまう。
梅二は苦し紛れに
「お母ちゃん。家の戸が開けっ放しになってるよ。もしかしたら泥棒だったかも。利一兄ちゃんと一緒に様子見てきた方がいいんじゃない?」
「その心配はないよ。家に入った奴は奇声あげながらどっかに行ったから」
どこまでも、空気を読めない利一が言った。
「で、でも、家の中の様子は確認したほうがいいよ」
「そうねぇ。何か取ったような様子じゃなかったけど、家の中に入られたわけだし見てみましょうか。お父ちゃんか利一、一緒に来てくれる?」
「分かったよ」
利一は渋々母親と一緒に家の中へと入って行った。
「はぁ~」
安堵のため息を漏らした梅二は、背中に背負っていた子供を下ろし、腕に抱いた。
「あ・・・この子。おねえの匂いがする」
すかさずあめが、子供の着物の端を掴んで鼻をクンクンさせてそう言った。
「梅二・・・」
父親が梅二の側に寄る。見ると、父親の腕の中には、くしゃくしゃに丸められた布があった。恐らくゆきの子供の代わりとして父親なりの偽造なのだろうが、余りの下手さ加減に梅二は少し笑ってしまった。
「お父ちゃん」
梅二は腕に抱いていたおゆきの子供を父親の方へ渡す。父親は持っていた布を地面に落とし、梅二から渡されるおいちの子供を宝物でも扱うかのようにゆっくりとした手つきで受け取った。
「ふぅ~」
二度目の安堵のため息を漏らす。これで全て終わりだ。
「ねえ。梅ちゃん。帰ってきたら全てあめに話してくれるって言ったよね?」
「ん?ああ。そうだったね」
梅二は迷った。佐一郎とゆきへの復讐を果たした梅二は大手を振って家に上がれるが、ちょっと事情が変わってしまった。
自分は子供を殺したのだ。人殺しが、この純粋なあめに全てを話していいものだろうか。
自分の着物を掴み、早く話をしろとせがむあめを見ながら梅二は迷う。
「た、た、大変だ~!」
家の中から転がるように出てきた利一は、俺達の方へと叫びながら走ってきた。
「どうした!」
おいちの子供を抱いた父親が利一に聞くが、利一は暗闇でもわかるぐらいに全身を震えさせ怖がっている。
「行って見よう」
父親にそう言い、おいちの子供をあめに任せ利一と一緒にいるよう言い聞かせると二人で家の中へと入って行った。
家の中は、母親が灯した二つの行燈に火が入っていた。その明かりに照らされた部屋の床は無数の足跡で埋め尽くされている。しかしそれは、ただの汚れた足跡ではなかった。赤い足跡なのだ。襖には赤い手形が擦れるように着いており惨憺たる状態である。
その部屋の隅に、母親はへたり込んでいた。
「おい!」
父親は母親の元へと駆け寄り、抱き上げるとそのまま家の外で待つ利一達の所へ連れて行き、また家の中へと戻ってきた。
「お父ちゃん。これは・・本当に佐一郎兄ちゃんは、血まみれだったということか?怪我をしている様子はなかったし、誰の血なんだろう」
「分からん」
父親は部屋に土足で入り、障子や床についた汚れを見ながら言った。
暫く家の中のを見回っていた父親は
「梅二」
「何?」
「父ちゃん達は、今からこの村を出る。お前も来るか?」
「・・・いや。行かない。俺は別の所へ行くよ」
「そうか」
父親は少し悲しげな表情をしたが、直ぐに厳しい顔に戻り家から出て行った。

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