梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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「あの山に、喜怒哀楽のいずれかの感情を強く持った奴が入ると俺みたいなもう一人の自分に会う。お前の婆さんが言った裏側さ。このもう一人の自分は本体が死ぬ事でフクロウとなるのさ。だから・・・」
もう一人の梅二は、木に縛られている梅二の方へ顔を向けると
「お前が死んだら俺はフクロウとなるんだ」
(どうりで・・あの山はフクロウが多いと思ってたんだ)
梅二は夜にあの山に入った時の事を思い出した。
「俺が、こいつに佐一郎の事を教えた。佐一郎はゆきと子供の亡骸を持ってあの山に入って来た。その時の佐一郎は、母親に入れられた呪詛が最大限に動いていた。だから、昔の綺麗なままの佐一郎に会ったんだ。佐一郎の心の中に残ってたんだろうな。母親へ対する愛情が」
「おい。ちょっと待て。今なんて言った?ゆきと子供の亡骸?佐一郎は嫁と子供を殺したのか!」
男達は色めきだった。
もう一人の梅二は、ちらりと気に縛られている梅二の方へ顔を向けたがすぐに男達の方を向くと
「そうだ。信じられなかったら行って見るといい。布にくるまれて置いてある。ちなみに佐一郎は崖の下にいるよ。くっくっくっく」
「崖の下・・・・・」
がらんがらがらがら!
後ろの方で山岸の家が完全に崩落した音が盛大に聞こえてきた。
その場にいた者が一斉にそちらの方へと目を向ける。
「!」
「あ・・」
「な・・・」
「‼」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
そこにいたみんなが見たもの・・・
ソレは、赤く燃える木々の中に立つ白無垢を着たおいちだった。
足元で燃えている柱や屋根の小さな炎の灯りを全身にゆらゆらと受け立っている。綺麗に化粧されたその口元は薄っすらと笑っているようにも見える。
「姉ちゃん・・・」
自分の目の前で、崖に落ちて行ったおいちが立ってこちらを見ている。信じられない。生きていたのか。それとも亡霊なのか。どちらにしても、またおいちの姿を見られたことは梅二にとってはとても嬉しかった。
「おい・・・あれ・・」
「ああ。富木村の女だ」
「何であんな所に・・」
男達はそれ以上言葉が出てこない。相変わらず医者は座り込んで必死に念仏を唱えている。
(梅二・・・)
梅二の頭の中に声が聞こえてきた。
「姉ちゃん?本当に姉ちゃんなんだな?生きてたんだな?」
梅二は声を聞いた事で、おいちが生きていると思い嬉しくなってそう叫んだ。
(梅二・・・有難う。姉ちゃんの想いが梅二に届いてくれたのが嬉しかった。そして・・・ごめんね。梅二に辛い事させちゃったよね。でもね。姉ちゃん許せなかった。佐一郎さんの事をどうしても許せなかった・・・許せなかった)
最後の許せなかったという言葉の所が、何故かさっきまでのおいちの声ではなくガラガラな枯れたような声で聞こえる。
「うん。うん」
梅二は何度も頷く。
(怖かった・・・私の中から佐一郎さんと私の子供が出て来た時・・・私は、その子供が憎くて憎くてしょうがなかった。そんな風に思う自分が怖かった・・・父ちゃん。母ちゃん。利一。あめ・・・梅二。ごめんね。やっぱりあの祭りの決まりは本当だったんだ。私が話した事で全て無くしてしまった・・・ごめんね・・・ごめんね)
おいちは薄く笑った表情を変えることなく、ただ目からは幾筋もの涙を流しながら梅二に何度も謝った。
崩れ落ちた木材から出ていた火が次第に小さくなっていく。今まで、昼のように明るかった辺りがまた暗闇に支配されていく様を見て、おいちが遠くに行ってしまうと感じた梅二は、木に縛られ自由の利かない体を闇雲に動かし暴れながら
「姉ちゃんは悪くない!悪いのは佐一郎兄ちゃんだ!全部・・全部アイツが悪いんだ!」
と、涙を流し必死においちに届くよう叫ぶ。
(ごめんね)
そう言うとおいちの姿は、まばゆい光に包まれその光は辺り一帯を昼間のように照らした。
「姉ちゃん‼」
梅二は、自分の声が枯れていくまで姉を呼び続けた。
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