輪(りん)

玉城真紀

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会話

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気味の悪いお面を見つけた俺は、それをどうすることも出来ないので、取り敢えず他の物の片づけをやり始めた。気がつけばもう十二時を回っている。

「今日はこの辺でいいか」

俺は一階に降りリビングのソファで寝る事にした。
上京した時に自分の持ち物は全て持って行っていたので、今使えるものは残っていない。かといって、親の布団で寝るのも何となく気が引けたので余っていた掛布団を持ってきて寝ることにした。

何時ごろだっただろうか、誰かの話声で目が覚めた。最初は寝ぼけているのかとぼうっとする頭で考えたが、意識がはっきりしてくると、気のせいでも寝ぼけている訳でもないと分かる。

携帯の時間を確認すると午前三時半。こんな時間に近所の人が話している訳でもないだろう。聞こえてくる話声を聞こうと耳を澄ます。ボソボソと話す声と、時折クスクスと笑っている様子も分かる。俺はどこから聞こえるのか知りたくなり、そっとソファから降りると声がする方を探し始めた。

(こっちだ)

その話声は二階から聞こえてきている。

(二階・・・・・・泥棒か?)

俺は念のため玄関に置いてある親父のゴルフバックの中からドライバーを取り出し、それを握りしめゆっくり二階へ上がって行った。電気は点けない。上にいる奴に悟られないためだ。

二階は二部屋しかなく、一つは昔俺が使っていた部屋。もう一つは両親の寝室になっている。
話声はどうやら俺が使っていた部屋からする。さっきまで片づけをしていた部屋だ。
俺が家を出てから両親二人で住んでいたわけだが、母親は俺の部屋を物置代わりに使っていたらしい。片付けもこの部屋で終了だった。
俺は部屋の様子を頭に浮かべ、人がいた時どう動くかを想像しながら部屋に近づいていく。ドア付近まで行った時、耳に神経を集中し部屋の中の様子を伺った。


「クスクス」

「・・・・・・ね。そうだよ」

「そうだね」

何やら会話が聞こえる。どうやら二人いるようだ。声からして女の声。それも幼い。

(どういう事だ?子供が忍び込んだのか?)

俺は中にいるのが女の子らしいことに少しだけホッとした。
やはり怖かったのだ。今まで人と殴り合いの喧嘩なんてしたことがない。
なるべく争いというものは避けてきた。そんな俺が男ともみ合いになった時、いくら武器を持っているといっても勝てる自信はなかった。なので、中にいるのが女だと分かった瞬間ホッとしたのだ。

ゆっくり呼吸を整え、思い切りドアを開けた。暗い部屋の中瞬時にに人影を探す。
誰もいない。

ドア近くにある照明のスイッチを押す。明るくなった室内には誰もいなかった。

「あれ?」

部屋の隅々を見渡し、窓も確認して見るがきちんと鍵が閉まっている。

「おかしいな。確かに声がしていたのに」

もう一度よく確認した後、気味が悪いので部屋から出ようと電気を消した。

「クスクス」
「クスクス」

背後で小さく笑い声が聞こえた。咄嗟に振り向くと同時に電気のスイッチを押す。明かりが点いた部屋はついさっき見た時と変わらず誰もいない。暫く呆然とした後、今度は部屋の方を向いた状態で電気を消してみた。すると

「クスクス」
「クスクス」

聞こえる。やっぱりこの部屋に何かがいる。足が震え体の中から冷えてくるのが分かった俺は、ドアを勢いよく閉めると一気に下の階まで駆け降りた。
自分が寝ていたソファまで来ると掛布団を頭まで被り、今聞いたものが何だったのか考えようとするが恐怖が勝ちまともに考えることが出来ない。


「何だよ。何なんだ?やっぱりいるよな。誰かいるよな」

体中鳥肌が立つ。
布団をかぶっているのにちっとも温かみを感じられない。携帯で時間を確認すると午前四時。俺は部屋の電気とテレビをつけっぱなしにして、一睡もできないまま朝を迎えた。

朝になり人が活動し始めたのか、外が少しだけ賑やかになった。車の走る音やドアの閉める音、窓が開いているのか起きない家族を起こす声などがかすかに聞こえる。人の生活音やカーテン越しに日の光が入ってくるのを見て少しだけ安心した俺は、そっとソファの上で体を起こす。
今考えてみるとあの事は現実にあった事なのかと疑う。

しかし、それを確かめに二階に行く勇気はない。俺は昨日着ていた服のまま、携帯と財布を持ち早足に家を出た。


家から離れ外に出ると、日常の雰囲気に紛れるせいか気持ちの奥底にあった恐怖がなくなったように感じる。
時間は五時半。地元なので友達の家に行こうかと思ったが、仕事もあるだろうし、何よりこんな朝早くは迷惑だろう。
俺は仕方なく近くのコンビニに行くとパンとコーヒーを買い、そのまま立ち読みをして適当に時間を潰すことにした。しかし、本をめくっていても内容は頭に入ってこず、今すぐにでも連絡が取れる友達がいないかを考えていた。

三冊目を手に取った時

「おう。何だお前。こっち帰ってきてたのかよ」

突然隣で声がしたので驚いて本を落としてしまった。

「ハハハ。わりい。驚いた?」

ニヤニヤしながら俺を見ていたのは、高校の時一緒につるんでいた橋本だった。会社の作業服のつなぎをを着ているが、暑いのか上半身はTシャツでつなぎの上の部分を脱いで腰に結び付けている。短く刈り上げた頭以外は、端正な顔立ちや雰囲気は全然変わっていない。
その橋本の顔を見た瞬間俺は涙が出そうになった。

「ん?どうした?」

俺の様子がおかしい事に気がついた橋本は変な顔をして俺を見た。俺は少し恥ずかしくなり橋本から目をそらすと

「い、いや。何でもない。ちょっと驚いただけだよ。それより、久しぶりだなこれから出勤か?」

何とか平静を装うと、落としてしまった本を取り棚に戻す。

「ん?ああ。全く安い給料でこき使われてるよ」

確か橋本は、高校卒業後親戚が経営している塗装会社に就職させてもらったと言っていた。見ると着ている作業服には色とりどりのペンキが付いている。

「ハハハ。やっぱりみんなと一緒に厳しい就職活動したほうが良かったか?」

「まあね。それよりお前はどうしたんだよ」

身内だけで行った葬儀だったので、橋本が知らないのも無理はない。俺はかいつまんで今までの事を話した。


「ふ~ん。大変だったな。それにしてもショックだなぁ。ほら俺、お前んちのお袋さんに結構世話になったじゃん?いい人だったのにな・・・・・・そうだ。線香あげに行ってもいいか?」

「ああ。いいよ。いつにする?」

「あ?今からでもいいよ」

「今から?」

「今日は休んじゃおうかな~」

「いやいや。駄目だろ。うちはいつでも・・・・・・」

その後が続かなかった。あの話声の事を思い出したからだ。

「?どうした?」

「・・・・・・お前が平気なら来いよ。今から」

「ああ。じゃあ行くか」


俺達はコンビニを出て家に向かった。
歩きながら、橋本は東京での俺の生活の事に興味があるらしく色々と聞いてくるが、俺は半分上の空で答えていた。あの夜の事が蘇って来て足が進まない。
家に戻るのが怖かったからだ。徐々に歩みが遅くなる俺に、前の方を歩いていた橋本が

「どうした?具合でも悪いのか?」

怪訝な顔をして聞いてくる。俺は黙った。黙って立ち尽くしていると橋本が近くに来て

「おい大丈夫か?」

と本気で心配してくる。俺は橋本を真っ直ぐ見ると

「橋本。俺がこれから言う事信じてくれるか?」

俺の様子に少したじろぎながら

「な、なんだよいきなり・・・・・・何かあったのか?分かった。話してみろよ。ここじゃ何だからお前んち行って聞くよ」

「だから!俺の家じゃ駄目なんだよ!」

「何だよ。そんなに怒鳴らなくてもいいだろ?分かった・・・・・・あ、あそこがいい」

橋本は道沿いに自販機が並んでいる場所を指さし、そちらへ歩いていく。俺はこれから話す事を橋本は信じてくれるだろうかと不安を抱えながらついて行く。


「ほら」

橋本は自販機でジュースを二つ買い一つを俺に渡すと、自分も喉を鳴らしながら美味そうに飲んだ。俺は飲む気になれず手の中で持て余している。

「あ~、美味い!・・・・・・どうしたんだよ?」

「・・・・・・」

「話してみろよ」

「・・・・・・あのさ」

俺はあの夜の事を橋本に話して聞かせた。
長い話ではないのに、俺の恐怖心が言葉を出すことを拒んでいるのか、スムーズに話す事が出来ず結構時間がかかってしまった。
しかし、相槌を打つ以外橋本は黙って聞いてくれていた。ようやく話し終わり橋本の表情を伺う。



橋本は俺が話し終わった事を察すると、手に持っていた缶ジュースを一気に飲み干し

「ふぅ~。なるほどな。まず、聞いていいか?気のせいって事はないのか?それと近所の人の話し声がそう聞こえただけという事はないのか?」

「いや。それはない。断言はできないけど、あの時・・・・・・電気を消した時に聞こえた声は、絶対に部屋の中から聞こえた。俺の気のせいでも何でもない」

「ふん。俺さ、お前と高校入学してから三年間ずっと一緒にいただろ?たった三年だったけどお前って嘘つく時瞬きの回数が多いんだよ。自分でも知らなかっただろ?ハハハ。俺は気がついてたぜ。で、今のお前は瞬きは多くなかった。だから信じるよ」

橋本はそう言い俺を見てニッと笑った。
信じる理由にしては軽い感じはするが、俺はそのいたずらっ子の様な笑顔を見て少し気持ちが軽くなった。

「よし!行くか」

「え?」

「何だよその顔。お前ん家だよ。行くぞ」

橋本は俺を置いてサッサと行ってしまった。
橋本の切り替えの早さに咄嗟についていけなかったが、慌てて立ち上がり橋本の後を追った。

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