輪(りん)

玉城真紀

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不安

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「ピンポ~ン」

玄関のチャイムが鳴る。相馬が来たようだ。俺は急いで玄関に出る。
玄関を開けると、相馬はTシャツにスラックスというラフな格好で所在なさげに立っていた。両親の葬式で会った時とは違い何かに怯えているように見える。

「よお」

「入れよ。それにしてもどうしたんだ?突然来るなんて」

俺は顔を見るなり、疑問に思っていたことを聞いたが、相馬は黙って靴を脱ぎリビングの方へ歩いていく。

「お、おい」

俺は相馬の後を追う。リビングに行くと相馬は俺に背を向けたまま

「お前に聞いてほしいことがあるんだよ」

「は?」

取り敢えずリビングの椅子に相馬を座らせると飲み物を入れてやった。


目の前に置かれた飲み物に手を付けることもなく黙って俯く相馬の前に座り

「聞いてほしい事ってなんだ?」

「・・・・・・」

どうやら言いにくい事らしい。俺は相馬が話し出すまで待つことにした。

「従弟、来たのか?」

タイミング悪く橋本が二階から降りてきてリビングに入るなり明るく声を掛ける。

「あ、ああ。橋本、悪いけど二階で待っててくれないか?」

「え?何で?従弟に聞くんだろ?あの写真の女の子の事」

そう橋本が言った時だ。相馬が突然顔を上げ

「写真の女の子って⁈」

と、橋本に食いつかんばかりに聞く。驚いたのは俺達だ。突然の事にどう説明しようか考えあぐねいていると

「すまん・・・・・・実は聞いてもらいたい事って言うのがちょっと信じてもらえるか分からないような事だから・・・・・・あの・・・・・」

「なぁに。俺達でよかったら聞くぜ?何でも話してみろよ」

橋本は相馬の隣に座ると、馴れ馴れしく肩を叩きながら言った。それに対し少しだけ苦笑いを浮かべた相馬はポツリポツリと話し出した。

「あのさ・・・・・・お前の両親が東北の方に旅行に行った当日の夜。俺夢見たんだよ。全部は覚えてないんだけど、真っ暗の中にチラチラと光る何かが飛んでてさ。何だろ・・・・・・よく分からない場所に俺は立ってるんだ。で、夢の中の俺は「ここはどこなんだ?」って思うんだけど、その時、遠くの方で何か声がしているのに気がついたんだ」

相馬はそこまで話すと、目の前に置いてあった飲み物を少し飲んだ。

「子供・・・・・・うん。子供の声。女の子の声だと思う。初めは良く聞こえなくて、猫か何かが鳴いている声だと思ったんだけど、次第に良く聞こえるようになったらそれは人間の声だって分かったんだ。その声がさ・・・・・・「これこれ」「あれあれ」って言ってるんだ」

「はぁ?」

黙って聞いていた橋本がおかしな声で言った。相馬は慌てて

「いや本当なんだ。意味が分からないだろ?そう。確かにそれだけじゃ意味が分からないんだよ。俺段々気味が悪くなってきて・・・・・・だってずっと同じ事言ってるんだ。だから怖くなって声がする方と反対の方に走って逃げたんだ。でも、声は聞こえる。常に同じ音量で聞こえるんだ。その内疲れて座り込んだ。
その時気がついたんだ。自分が草の生えている所いるという事を。その草はしっとり濡れていて、自分の服も濡れて冷たいのも分かった。その間も聞こえるんだよ。「これこれ」「あれあれ」って言う声が。その内、分からない声に腹が立ってきてさ「なんなんだよ!」って怒鳴ったんだ。そうしたらその声がやんだ。なんだ、最初からそうすればよかったって思った時、俺のすぐ隣で・・・・・・いや違う。両隣だ。俺は何かに挟まれた形でこう言われたんだ
「一人目」って」

「一人目?」

「ああ。その時は、気味の悪い夢だな・・ぐらいで終わったんだが・・」

「まさか・・」

俺は何となく嫌な予感がした。

「そう。また見たんだ。同じ場所の夢。同じ声。そして・・「二人目」って言われた。そしたら二日後に俺ん家に警察から連絡があって・・・・・・お前の両親の事故を知った」

「・・・・」

俺の嫌な予感は当たった。
しかし、橋本は笑いながら

「いやいや。それはないだろ。確かに気味が悪い夢だけど、一人目、二人目って言われたからってこいつの両親の事とは限らないだろ?って事は三人目もあるってか?それはこじつけだよ」

しかし相馬は真剣な顔で

「確かにあんたの言う通りこじつけかもしれないけど。俺、なんか嫌な感じしかしないんだ。何て言うか・・これだけじゃないような・・」

相馬はかなり怯えている。

「・・・・・・」

俺はどう考えていいのか分からなかった。
相馬が見た夢。偶然で片付けることも出来るが、見方を変えれば予告にもなりうる。
しかし、そんな事があるのだろうか。
項垂れている相馬にどう声を掛けるか思案していたが、写真の事を思い出した俺は

「相馬。実は俺も聞きたい事があるんだ。ちょっと来てくれるか」

俺は二人を促し二階へ行く。片付け途中の部屋に通すと例の写真を見てもらった。

「ここに写っている女の子。見覚えあるか?」

相馬は写真を近くで見たり離してみたりして見ていたが

「いや。知らないな。誰なんだ?」

「俺も知らないんだ」

「え?だってこれ祖母ちゃん家で撮った写真だろ?家の中にいるって言う事は知ってる子じゃないとおかしくないか?あ・・・・・・近所の子かな」

俺と同じことを言っている。

「同じ女の子がこっちの写真全てに写ってるんだよ」

橋本がアルバムから取り出した数枚の写真を床に並べる。その一つ一つ女の子が写っている個所を指さして教えていく。相馬はじっくりと写真を確認していく。

「何だこれ。全部同じ女の子か?これって・・・・・・」

「心霊写真だよな」

橋本は自信たっぷりに言った。


相馬は俺に向かい

「これ・・・・・・もしかして、俺の夢に出てきた子だったりして」

「え?」

「やっぱり何かあるんだよ。俺さ余り夢って見ない方なんだ。なのにあんなにリアルに見たんだ。・・・・・・やっぱり何かあるんだよ」

最後は独り言のように呟いている。

「おいおい。夢って言うのはさ」

橋本が呆れたように、夢を見るというのは脳が記憶している事やその日の出来事で印象の強かったものを思い出したりしているだけ、実際夢を見ていても殆ど覚えていないことが多い。朝方の眠りが浅い時の夢は覚えている事は多い。等一人うんちくを披露している。
しかし相馬に、橋本の言葉は耳に届いていないらしく、写真を見ながら考え込んでいる。

「後さ、俺・・最近不思議な事があって」

「なんだ?」

「葬式が終わって、一旦は東京に戻ったけど荷物を片付けるためにこっちに来ただろ?その夜にさ、俺聞いたんだ。女の子の声」

「え⁈やっぱり「これこれ」とか「あれあれ」とか言ってたのか?」

「いやそうじゃない。笑ってた。クスクスって。後・・・・・・「そうだよ」とか言ってたな」

「そうだよ?どういう意味だ?」

「分からない。俺気味が悪くなって家を飛び出してさ。コンビニに逃げ込んだんだ」

「あ~。だからあの時様子が変だったんだ」

橋本は合点がいったという様子で言った。
俺は頷き

「まだ他にもある。これを見てくれ。関係あるか分からないけど」

俺はあの段ボールの底にあった般若の面が入った箱を持ってくると、蓋を開け相馬に見せた。

「何だよこれ」

相馬は驚きながら、箱の中の面を見る。

「分からない。俺も初めて見るんだ。多分お袋の持ち物だろうと思うんだけど」

「叔母さんの?」

「叱られた時とかによく、「お面に食べられちゃうよ」って言ってたからそうかなって思っただけなんだけど」

「まじまじと見た事なかったけど、気持ち悪いな」

顔を歪ませ、箱から目をそらした。

「あ~。という事はだ。あんたはその夢で「二人目」って言われたから、また人が死ぬんじゃないかと思ってんだろ?」

橋本が少し面倒臭そうに話し出した。

「ああ」

「もしそれが本当にそう言う事だとしてもだ。ソレを止める事って出来るのか?何か方法があるのか?ん~例えば呪いだったとしよう。その呪いを解く方法を誰か知ってる人がいるのか。後は、海外でよく言うのは悪魔だな。そうすると悪魔祓いになる。エクソシスト的な?後肝心なのは、次の二人目が他人かも知れないよな。あんたの身内じゃなく。だからお前に最初に言ったんだよ。どっか心霊スポットとか行ったのかって。よく連れてくるなんて聞くだろ?まぁ心霊的なもので言えばこんな感じじゃね?」

橋本は少し子馬鹿にしたように俺達に言った。

「・・・・・・」

「呪い・・・・・・」

本来、橋本は基本心霊の類は全く信用していない。心霊写真などを見ても、人間三つの点を見れば顔と認識するもんなんだ。あほらしい。脳の錯覚。と笑い飛ばす。なのにオカルト好きなのだ。おそらく、皆が怖がったり不思議だと思っている事を、理屈で説明することが好きなんだろうと思う。

「でも・・・・・・あの夢は・・・・・・」

相馬は自分が見た夢。聞いた声。それは確かに偶然という言葉で片付いてしまう事だが、自分の中の消えない漠然とした不安。この狭間で、全く信用していない橋本にどう説明していいのか分からない様子だ。


「相馬・・・・・・」

俺も相馬にかける言葉が見つからない。そんな俺達を見て橋本はパンパンと両手を叩くと

「取り敢えず色々考えていても分かんないじゃん?第一夢の話だろ?夢で見たものが気味悪いものだったからって、あんたが心配している事が現実に起こるとも限らないんだから、気にするなって」

その日は何も分からないまま相馬も家に泊り、三人で一階のリビングに寝た。俺は相馬が夢で言われた三人目というのが気になってあまり眠れなかった。
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