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第二章 貴族は皆、息吐くように嘘をつく
第41話 会いたい
しおりを挟む「上手く行ったようで良かったですね」
翌日にレストルが結果報告と称して皇城を訪ねてきた。
だがどうやら従妹に勝手に接触したのが気に入らないのか、妙に絡んでくる。
「リヴィア嬢とは偶然会っただけですよ」
フェリクスがいつもの無表情で淡々と告げる。
「殿下に不都合が無いのなら俺は別に構いませんが」
片眉を上げて戯けたようにレストルは返してきた。
アーサーは人差し指でトントンと机を叩きながら会話に耳を傾ける。だが、半分も聞いてはいられない。名前を聞くだけで昨日の事が思い出されて口元がにやけるのだ。
引き結ぶのに苦労しているのにこれ以上はダメだ。自分でどんな顔をしているのか想像ができるくらい締まりが悪い。
「とりあえずリヴィアはひと月謹慎が決まりましたので。万が一にも殿下と一緒だったとは噂に上りませんよ」
「はあ?!」
間の抜けた声に二人が振り返る。
「……謹慎とは穏やかじゃないな」
眉間に皺を寄せ必死に取り繕う。ひと月謹慎という事はひと月会えないという事だ。気になるじゃないか。
「殿下に不敬を働いたでしょう。罵詈雑言の数々を口にしたと聞いておりますが」
「そんな事普通本人が言うか?!」
「言わなくてもあれは顔に出ますし……まあ、伯父上の愛情表現は凝り固まっていますから。」
そう言いながらレストルがまじまじとこちらを見てくるので、思わず視線を逸らす。
「こちらの都合に巻き込んでしまいましたからね。謹慎されるとは思いませんでしたし、申し訳なく思いますよ」
フェリクスが如才なく告げる。
「ああ……しばらく放っておけば勝手に元気になりますよ。フェルジェス卿がお気になさる必要はありません。では俺はこれで、またお伺いします」
忙しいのか、レストルは綺麗な礼を残してさっさと立ち去ってしまった。物言わずともフェリクスの視線が刺さるのが感じられる。何事も無かったかのように書類に目をやる振りをするので精一杯だった。
◇ ◇ ◇
ひと月ひと月と頭の中で繰り返す。
会ったら何を話そうか、今頃自分の事を思い出しているだろうかと思えば、知らず顔がにやけては、慌ててそれを噛み殺した。でも彼女の近況は何も知れない。
そう考えては本当にまた会えるだろうかと不安になる。必死に追いかける夢を見ては、捕まえそうで手が届かない瞬間に目に覚める。
……何かしていないとダメだ。
いよいよ勢力的に公務に取り組んでいたら、兄に仕事ばかりしていないでそろそろ結婚しろと言われた。放っておいて欲しい。
ゼフラーダの書類が目に止まったので目を通す。
イリス・ゼフラーダ────彼女の婚約者だった男。
辺境の地とは言え、ゼフラーダは国境の要として国の主要領土である。アーサーも何度か軍務で視察に行ったし、その当主と嫡男にも儀礼的な挨拶もしている。
……彼女には相応しくないだろう。
彼女の噂は聞いていたが自分の印象は違っていた。
凛と立つ姿は美しかったし、表情は乏しいが、だからこそ笑った顔は胸に迫るものがあった。
……夢で見ただけだが。
頭を振って書類を処理済みの箱に放った。
◇ ◇ ◇
ひと月経ったところで気がついた。会う約束などしていない事に。
密かに付け文でも届いていないかと、来る手紙は全て通すようにしていたものの、特に何も無かった。……謝罪の手紙すらない。謝って欲しい訳ではないのだが……。
別に自分から出しても良かったのではと思い至ったのはつい先程だ。思いついた名案に心が弾み、足取りが軽くなる。
正直父との面会は面倒だ。兄と同じく結婚しろと言ってくるのだろう。あとは……
アーサーは静かにため息をつく。ライラが頻繁に皇城に足を運ぶ事を咎められるのだろう。別に自分が呼んでいる訳では無いのだが、何かの用のついでに会いに来る。それを聞きつけた者たちがいらぬ噂を立てて父の耳に入れているようなのだ。
つまりまた噂だ。アーサーはげんなりした。
自分の側には必ず従者がいる。二人で会う事などありはしないのに。
そもそも執務室には応接室がある。ライラが入るのはそこまでで、挨拶の為に扉は開けるが、部屋には入らないようにさせている。
今までと変わらないと言えばそうなのだが……
ライラと自分は婚約をしていなかったが、何かの折に会いにきていた。あの頃は貞節を疑われなかったが、夫人となった今では姦通を疑われるらしい。
最近までフェリクスを軍務の仕事に掛からせており不在だった事から、レストルでは角が立つだろうとしばらく放置していた為、思わぬ早さで父に話が行ってしまった。
この件は今度会った時に直接本人に話そうと思っていたのだが……
一つ首を振って切り替える。
恐らく父王の懸念はそれより先の話だろう。ライラが結婚して半年程になる。領地にてしばらく大人しく過ごすという話はどうやら効力が切れたらしい。
何故か最近ライラだけ皇都に留まっているのだとか。もう気持ちは落ち着いたから出てきたのだろうか。いや、魔術院に通う姿を見られているそうだから父である魔術師長に呼ばているのだろう。それともまさか……。
また一つ首を振る。それよりこんな面会はさっさと終わらし手紙を書かねば。
多少時間は早いが融通してもらおう。
そんな事を考えて改めて前を向くと謁見の間の前に人が待機しているのが見える。
思わず眉間に皺がよる。
自分の前に面会があったのか。男の影には女性がもう一人いるようだ。
婚約の申し入れだろうか……。
稀にあるのだ。貴族の婚約は婚姻の管理部署に届けられるが、皇帝に近しい者の場合は、直接報告を求められる。
いずれにしてもこの距離で踵を返すわけには行くまい。簡単に挨拶をして彼らの謁見が終わった後すぐに入ってしまおう。そう判断して足を踏み出し、ひと月振りに彼女に会えたのだ。
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