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3. 私の事情
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「アリア! どうしてお前はいつもサリーシェを虐めるんだ!」
婚約者であるレアンドロ様が私の部屋の扉を荒々しく開け踏み入って来ました。
「……」
「何とか言ったらどうなんだ!」
「……」
(あら、これは……)
これは確か私が殺される三日程前のやりとり。
ですが状況が違います。
(私が、二人……)
レアンドロ様に責められている「私」と、第三者としてそれを眺めている私と、二人います。
(あの死神さんが言っていたのは、こういう事なんでしょうか?)
私の死を悼む人────
(いるのかしら……)
ともかくそれを第三者の視点で探してみろと言われているような気がします。
今の私の存在は、「私」にもレアンドロ様にも認識されていないようですし。
私は過去の「私」を振り返ります。
怒りを露わにするレアンドロ様を前にその顔は暗く伏せられ、表情も変えず何も話さない様は不遜にも見えます。ですが……
言える筈がありません。
だってレアンドロ様は一度だって私の言葉を信じてくれた事なんてありませんでした。
サリーシェが私から虐められてると言えば信じ、私が違うと訴えても嘘吐き呼ばわりの上に態度が悪いと責めたてます。
「反抗的な態度を変えて今度はだんまりか! お前は本当に汚い! お前などの妹に産まれ、サリーシェが可哀想だ!」
私はその後レアンドロ様に散々に怒鳴られ、部屋の物を壊され、彼が帰って行くまで黙ってそれに耐えていました。
荒々しく彼が部屋から出て行く様を見送り、それから暫く様子を見ます。
窓の外から馬車の音が聞こえ、レアンドロ様はご帰宅されたようです。
「……」
でもまだ気は抜けません。
窓の外を眺めて待てば、今度は妹のサリーシェが部屋に入って来ました。
「お姉様ったら」
サリーシェは数人の侍女を従えて、子供でも窘めるように小さく息を漏らします。
「レアンドロ様はお帰りになってよ。全く、折角遊びに来てくれた婚約者を出迎えも見送りもしないなんて、同じ身内として恥ずかしいわ」
「……」
私は何も言いません。
言ったところで真っ当な返事などないのですから。
けれど返事をしようとしまいと、妹もまた、いつもと変わりませんでした。
「っ全く! どうしてあなたみたいな人がこの家の……血を継いでいるのかしら! 何の取り柄もない上にただの厄介者のくせに!」
サリーシェは手近にあった棚に手を伸ばし、中の物を放り憂さを晴らしていきます。
しかしどれほど部屋を散らかそうと、私を貶めようと、私たちの立場が変わる事はありません。
それが分かっているからこそ、こんな事をするのでしょうが……
私がレアンドロ様の婚約者となったのは、王命によるものです。我がリーバ子爵家とレアンドロ様のウォッズ侯爵家。ここで血縁関係を作り、リーバ家の血筋を高位貴族に取り込む事が目的です。
なぜならリーバ子爵家は他国の王族────ルェイン王家の子孫だから。
私のお母様は内乱に巻き込まれぬようルェインから逃がされたルェイン王国の王女。伝手を頼り何とかこの地に平民として紛れ込み、生き延びたのだそうです。
しかしそれを知ったリーバ子爵家の先代であるお祖父様は、他国とはいえ王族をそのように扱えない。と、遠縁と称してこっそり邸に迎え入れたのです。
そして彼の国ルェイン王国では熾烈な王位継承争いの末に、昨年お母様の弟の第六王子が王位を継ぎ、戴冠の儀を終えました。
それを受けお祖父様は処罰される事を覚悟の上で、国王陛下にルェイン王家の血を継ぐ者がリーバ子爵家にいる事を告げたのです。
それが、私。
私だけなのです。
妹のサリーシェは父と義母の娘です。
私のお母様は数年前に他界し、すでにおりませんから……
父は母が亡くなった後直ぐに再婚をし、義母と義妹が出来ました。……二人は可哀想なのだそうです。
先代の決定でお母様を守る為、お父様はお母様と結婚する事になりました。その為恋人関係にあったお父様とお義母様は離れ離れになってしまったそうなのです。
ですからお祖父様が陛下から罰を受け隠居の身となり、お父様が子爵家を継ぐと、お父様は直ぐにお義母様とサリーシェを邸に呼び寄せました。
サリーシェは私と同じ歳です。
お父様はずっとお義母様を愛していたのでしょう。だからこそ私の存在を疎ましく思い、それが家人に影響し私への態度となって現れます。
レアンドロ様が荒らした部屋も、サリーシェが散らかした後も、誰も私の部屋を片付けません。
それが私への罰、なのだそうです。
お祖父様は邸を出て行く時、私にすまないと何度も謝っておられました。
どこかでお父様の思いを知ってしまったのでしょう。けれど嫁ぐまでの辛抱だから……それまで耐えてくれ、と。
固く握られた骨張った手に、悔恨を滲ませる顔に、私は分かりましたと笑ってみせる事しか出来ませんでした。
嫁ぐ事は変えられません。
どう頑張っても血を入れ替える事は出来ませんし、レアンドロ様がサリーシェを気に入っていても、お父様がサリーシェを可愛がっていても、サリーシェがどれほどレアンドロ様に嫁ぎたいと願っていても……
そればかりは私でなければならないのです。
いっそ逃げてしまいたいと思った事が何度もあります。ですがそんな事をすれば、遠くの領地で静かに過ごすお祖父様に、もっと重い罰が課されるかもしれません。それは……優しかった祖父の顔がチラつき、私には出来ないと思ってしまうのです。
婚約者であるレアンドロ様が私の部屋の扉を荒々しく開け踏み入って来ました。
「……」
「何とか言ったらどうなんだ!」
「……」
(あら、これは……)
これは確か私が殺される三日程前のやりとり。
ですが状況が違います。
(私が、二人……)
レアンドロ様に責められている「私」と、第三者としてそれを眺めている私と、二人います。
(あの死神さんが言っていたのは、こういう事なんでしょうか?)
私の死を悼む人────
(いるのかしら……)
ともかくそれを第三者の視点で探してみろと言われているような気がします。
今の私の存在は、「私」にもレアンドロ様にも認識されていないようですし。
私は過去の「私」を振り返ります。
怒りを露わにするレアンドロ様を前にその顔は暗く伏せられ、表情も変えず何も話さない様は不遜にも見えます。ですが……
言える筈がありません。
だってレアンドロ様は一度だって私の言葉を信じてくれた事なんてありませんでした。
サリーシェが私から虐められてると言えば信じ、私が違うと訴えても嘘吐き呼ばわりの上に態度が悪いと責めたてます。
「反抗的な態度を変えて今度はだんまりか! お前は本当に汚い! お前などの妹に産まれ、サリーシェが可哀想だ!」
私はその後レアンドロ様に散々に怒鳴られ、部屋の物を壊され、彼が帰って行くまで黙ってそれに耐えていました。
荒々しく彼が部屋から出て行く様を見送り、それから暫く様子を見ます。
窓の外から馬車の音が聞こえ、レアンドロ様はご帰宅されたようです。
「……」
でもまだ気は抜けません。
窓の外を眺めて待てば、今度は妹のサリーシェが部屋に入って来ました。
「お姉様ったら」
サリーシェは数人の侍女を従えて、子供でも窘めるように小さく息を漏らします。
「レアンドロ様はお帰りになってよ。全く、折角遊びに来てくれた婚約者を出迎えも見送りもしないなんて、同じ身内として恥ずかしいわ」
「……」
私は何も言いません。
言ったところで真っ当な返事などないのですから。
けれど返事をしようとしまいと、妹もまた、いつもと変わりませんでした。
「っ全く! どうしてあなたみたいな人がこの家の……血を継いでいるのかしら! 何の取り柄もない上にただの厄介者のくせに!」
サリーシェは手近にあった棚に手を伸ばし、中の物を放り憂さを晴らしていきます。
しかしどれほど部屋を散らかそうと、私を貶めようと、私たちの立場が変わる事はありません。
それが分かっているからこそ、こんな事をするのでしょうが……
私がレアンドロ様の婚約者となったのは、王命によるものです。我がリーバ子爵家とレアンドロ様のウォッズ侯爵家。ここで血縁関係を作り、リーバ家の血筋を高位貴族に取り込む事が目的です。
なぜならリーバ子爵家は他国の王族────ルェイン王家の子孫だから。
私のお母様は内乱に巻き込まれぬようルェインから逃がされたルェイン王国の王女。伝手を頼り何とかこの地に平民として紛れ込み、生き延びたのだそうです。
しかしそれを知ったリーバ子爵家の先代であるお祖父様は、他国とはいえ王族をそのように扱えない。と、遠縁と称してこっそり邸に迎え入れたのです。
そして彼の国ルェイン王国では熾烈な王位継承争いの末に、昨年お母様の弟の第六王子が王位を継ぎ、戴冠の儀を終えました。
それを受けお祖父様は処罰される事を覚悟の上で、国王陛下にルェイン王家の血を継ぐ者がリーバ子爵家にいる事を告げたのです。
それが、私。
私だけなのです。
妹のサリーシェは父と義母の娘です。
私のお母様は数年前に他界し、すでにおりませんから……
父は母が亡くなった後直ぐに再婚をし、義母と義妹が出来ました。……二人は可哀想なのだそうです。
先代の決定でお母様を守る為、お父様はお母様と結婚する事になりました。その為恋人関係にあったお父様とお義母様は離れ離れになってしまったそうなのです。
ですからお祖父様が陛下から罰を受け隠居の身となり、お父様が子爵家を継ぐと、お父様は直ぐにお義母様とサリーシェを邸に呼び寄せました。
サリーシェは私と同じ歳です。
お父様はずっとお義母様を愛していたのでしょう。だからこそ私の存在を疎ましく思い、それが家人に影響し私への態度となって現れます。
レアンドロ様が荒らした部屋も、サリーシェが散らかした後も、誰も私の部屋を片付けません。
それが私への罰、なのだそうです。
お祖父様は邸を出て行く時、私にすまないと何度も謝っておられました。
どこかでお父様の思いを知ってしまったのでしょう。けれど嫁ぐまでの辛抱だから……それまで耐えてくれ、と。
固く握られた骨張った手に、悔恨を滲ませる顔に、私は分かりましたと笑ってみせる事しか出来ませんでした。
嫁ぐ事は変えられません。
どう頑張っても血を入れ替える事は出来ませんし、レアンドロ様がサリーシェを気に入っていても、お父様がサリーシェを可愛がっていても、サリーシェがどれほどレアンドロ様に嫁ぎたいと願っていても……
そればかりは私でなければならないのです。
いっそ逃げてしまいたいと思った事が何度もあります。ですがそんな事をすれば、遠くの領地で静かに過ごすお祖父様に、もっと重い罰が課されるかもしれません。それは……優しかった祖父の顔がチラつき、私には出来ないと思ってしまうのです。
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