快晴歓声

古河のぎく

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第一章

9.暖かい陽射し

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 ラヨチは約束通り、どこにも行かなかった。時折、食事をとりたいと洞窟の中にいる魔物を殺しに行くが、その時もカンを連れていった。ラヨチの戦い方は独学だろう。無駄の多い動きで急所を狙って攻撃する。目や鼻、喉。そして心臓を貫く。血抜きをするまでもなく、頭から丸かじりする姿に変わらず吐き気を催す。顔が青白くなることに気がついたのか、ラヨチはカンに質問した。

「食事は苦手なのか?」
「違う、その、血の匂いは苦手だ。」

 兵士として沢山の敵国兵を殺してきた。だが、どうしても慣れない匂い。鼻に残り、過去を思い出させる。嗅覚は記憶力がいい。食べ物、花、空気、海、土。沢山の匂いがこの世界にあり、同じ存在でありながら種類や場所によって香りを変える。ただ、血は変わらない。魔物であろうと、動物であろう、人であろうと。鉄のように鋭く、生臭いそれは同じ生きているものとして教えてくる。

「せめて煮るなり焼くなりしてくれないか。」
「煮る?焼く?」
「ああ、料理だ。」

 料理?と言われた言葉をそのままオウムのように繰り返すラヨチに頭を抱えた。もしかして料理を知らないのか?なんてカンは考えた。そのまま食べているのは料理が面倒と言うより、他に食べ方があると理解してなかったのか。

「青。」

 甘い声はおねだりするときによく使う声音。 調味料がないのにどう料理すればいいのだ。しかし、期待に満ちたラヨチの顔は孤児院の弟たちに似ていて、幻滅させたくない。大きくため息を吐くと、「ものがないからちゃんとは出来ない。期待はしないでくれ。」と伝えた。未知なものに心を踊らせるラヨチはニコニコと早く戻ろう、なんて手を引っ張る。その手は血だらけで、感触が気持ち悪いはずなのに、カンは何か、少しだけ暖かった。

 もちろん、料理で使えそうなものなんてない。あるのは魔物の肉。カンは頭を掻きながら、何か方法がないかと考える。強いてできるとしたら火を使って肉を焼くことくらいだろうか。では燃やす木を外に取りにいくかと言われるとそうではない。そもそもカンはこの洞窟から出ることを禁じられているし、ラヨチに必要なものを取りにいかせて何か事件が起きてしまったら意味がない。方法を考えても問題が多くてなかなかうまくいかない。ちら、と目線の先には立て付けの悪い扉。それは木でできていた。

「ラヨチ。あれを使っていいか?」
「あれ?いいよ。」

 そういうとラヨチは簡単に壊した。崩れた扉を持ってきて、カンの前に置く。カンは素手で扉を分解して、ラヨチはそれをただ見ている。燃やせるものができたから今度は燃やす方法だ。転がっている石を二つ拾い、叩き合う。カンカンとなる音はラヨチにとって嫌な音だったのか、最初の音から不快感を顔に出し、二回三回と続くとカンの手ごと石を払い落とした。

「なんだそれは!とても不快だ!」

 毛が逆立ち、怒りを露わにするラヨチにカンはため息をつく。

「料理をするには火が必要だ。着くまで我慢してくれないか。」
「火?それぐらい俺が準備する。」

 崩した木の欠片に手を置き、ゆっくりと撫でるように手の平をスライドさせる。触っていたところから火が生まれ、木に伝わってどんどん燃えていく。あっという間に大きくなる炎にカンは驚いた。すごいという賞賛と、この力を国に向けられたら、という恐怖。二律背反の感情に襲われながら、魔物の肉を焼くことを伝えると人獣姿のラヨチの右手の爪が長くなる。その鋭い爪で魔物を刺し通し、持ち上げる。そのまま火の中に投げようとするのをカンは必死に止めた。

「まっ、待て火に炙るんだ!そのまま火の中にいれれば炭になる!」
「えー、面倒だね。料理ってさ。」

 そう文句言いながらも、ラヨチは肉を焼く。魔物の肉を焼いたがないからどれくらい焼けばいいのか分からなかったが、少しずつ生まれきた香ばしい香りにラヨチは汚らしく涎を垂らす。

「まだダメか?」
「もう少しだ。」


 時折、火に当てている場所を変えるよう指示し、数分経ってやっときっちりと焼けただろうと判断して食べていいと言った。ラヨチは笑顔で魔物の肉を喰らうとその味に感動したのかその表情を一気に輝かせた。

「青、青!うまい!うまいよ!」

 バクバクと肉に歯を立てて、あっという間にラヨチは魔物の肉を食べ切ってしまった。骨だけになったそれを残念そうにしゃぶるラヨチにカンは頭を撫でた。無意識だった。孤児院の兄弟のように純粋に、美味しいものを食べて喜ぶ姿が愛おしく見えた。自分を犯し、苦しめる化け物なのに。この地獄で生きるために、心を守るために、防御反応のように感じてしまっているのか。それでも、いい。傷ついたままでは耐えられない。異常だとしても、これからを生きるために、ラヨチを利用しよう。
 撫でられたラヨチは目を丸くさせ、頭の上にある手に己の手を乗せた。

「あったかいな、青。」
「青、じゃない。カンだ。」
「カン、だ?」
「カン、私の名前だ。青じゃない。」
「カン、かん、カン、カーン。」
「カーンじゃない。」

 カン、ともう一度口にして、ラヨチは人型になった。赤い髪に緑の目。遠い昔、どこかの国の英雄の色。人であり、人でなかった存在。天使であり、魔であった。
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