今宵、君と、月を

槇村焔

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1話

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□□■

「ふぅ…」
就業時間を告げるベルが鳴り、仕事を終える。
パソコンのデータを保存し、そのまま電源を落とす。
明日は休みの花の金曜日。
今週は、週末残業せずにすみそうだった。

周りの人間も、既に今週のノルマは達成しているのか切羽詰まった顔の人間はいない。
みんな着々と仕事を切り上げて、これから飲みにいかないか、なんて飲みの相談をしている。


「宮沢さん、お疲れ様です」
「夏目君」

帰宅準備をしている時、背後から夏目君に声をかけられた。


なんのようだろう?
こんな時間だから、僕も夏目くんも今日はもう原稿をもらいに行くこともないのに。
きょとんとした顔で夏目くんを見つめれば

「あの、今日、俺んちにきませんか」

夏目君は、そう切り出した。


「い、家?」
「はい、俺んちです」

いえ?って、家だよね?
夏目くんの家に、行く?



「ああああ、あの、家ってどういうことでしょう?」
「家で呑みませんかってことです」
「呑み…ですか?」
「はい。前、鍋特集やってたじゃないですか…。
だから、鍋、やりたいなと思いまして。
一人だと材料とか余っちゃうので、どうかな…って。
宮沢さんとの親睦もかねて」
「親睦…」
「だめ、ですか?」

僕としてもいきたい。
それに今日は金曜日。
羽目を外して飲んだとしても、明日に差し支えない。
給料日入ったばかりだし…でも。


「僕で、いいんですか…?
あの、他の友達や、上司じゃなくって…」
「はい、宮沢さんがいいんです」

ためらいがちに聞いた僕に、夏目君はそう言ってくれた。
夏目君にとっては、何気ない言葉だったかもしれない。
だが、僕の気持ちを浮上させるにはだった。


「じゃ…じゃあいこうか…」
「はい」

うわぁ、と叫びたいのを我慢して、なんとか平静を装いながら夏目君の隣を歩く。
赤らんだ顔で、僕の気持ちがわかったりしないだろうか…?
この胸の音が聞こえたりしないだろうか。
どうか、夏目君が凄い鈍感でありますように。
ひっそりと、心のなかでそんなことを祈ってみる。


「あ…やばい」
はた、と夏目くんの足が止まる。

「ん?なに?」
「今、寮で禁酒令出されているんですよ。
先週、馬鹿が大騒ぎしてご近所に迷惑かけたらしくって…、酒持ち込み禁止になってしまったんです」

せっかくの宮沢さんとの宅のみが…と夏目君は落胆する。



「仕方ない、外食にしますか」
「あの、僕の家なんてどうでしょう?」
「宮沢さんの家ですか?」
「はい。
狭いし、全然綺麗ではないんですが…。
それに夏目くんさえ、嫌じゃなければですが、外食よりも落ち着いて飲めるしお話もできるかなって…」

嫌ですか?と尋ねれば、夏目くんは首をブンブンと大きく左右に振って嫌じゃないです!と力強く言った。

「じゃあ、いこうか。あ、スーパー寄ってもいいですか?
お鍋はあるんだけど、具材はないので…」
「スーパー…、いいですね。
2人で買い物ってなんか…」
「…?」

突然、夏目くんは言葉を止めた。
怪訝に思い、夏目くんをみやると、夏目くんの顔は真っ赤に染まっていた。


「夏目くん?」
「なんでもありません、
ちょっと妄想が…」
「妄想?」
「いえ、行きましょうか」
「うん…?」

少し挙動不審な夏目くんを不思議に思いながらも、深く追求するのはやめた

それから、僕の家の近所のスーパーで大量の缶ビールと、鍋の具材を買いこんだ。
今日はビールが安売りしていたから、大量に買い込んでしまった。
こんなに1日で飲めないよ…、と夏目くんに言ったんだけど、「今日飲めなかったぶんは、また別の日に飲みに行きますから」といって、ビールと鍋の具材の代金も払ってくれた。


「夏目くん、僕にも払わせてくれませんか?
僕のほうが年上なんですよ?」

そういってみても、夏目くんは
「元々俺が誘ったんで」と、僕からのお金を受け取ろうとはしなかった。

「宮沢さんには、次の時払ってもらいますから」
「次…」

次も…あるんだ。
次回もまた、誘ってくれるつもりなんだ。

「じゃあ、次ですね」
「はい、次、です。あ、荷物もっとください」

夏目くんは、僕が下げていた袋を強引に奪った。
夏目くんのほうが沢山荷物を持っているのに。

「夏目くん、これぐらい僕ももてますよ」
「いいじゃないですか。俺の方が宮沢さんより若いし。
部下、ですから。もっと頼ってくださいよ」
「でも…」
「年下の男じゃ、頼りになりませんか?
甘えられないですか?」
「そんなわけじゃ…」

これ以上、僕を夢中にさせてどうするんですか、この人は。
別に僕にだけじゃなくて、みんなにこんな風に優しいんだろうけど、恋愛偏差値が低い僕からしたら、心臓に悪すぎる甘い言葉だ。


気恥ずかしくて、夏目くんから視線を逸らす。
辺りは暗くて、空にはいくつもの星が瞬いている。
冬だから空気が澄んでいて、凄く綺麗だった。


「…綺麗ですね」

僕とおんなじことを考えていたのだろうか。
隣に歩いていた夏目くんが、ぽつりとつぶやいた。


「うん、綺麗だね」
「え?あの、俺口に出してました?」

慌てた様子の夏目くんに、コクリと頷く。

「うん。綺麗だねって。この夜空見て言ったんですよね?」
「ああ…夜空…。そうですね…」

夏目くんは僕の言葉にがっくりと、今度は肩を落とした。


「夏目くん?」
「えーっと、その、ほんと月が綺麗ですね…はは…」
「そうだね、今日の月、凄く綺麗だね。冬だし空気が澄んでいて…
たまには夜空でも見ながら帰宅するのもいいかもしれないね」
「そう…です…ね…。でも俺は月よりも…。…なんでもありません…!!」
「…?」
「気にしないでください…。今、テンションがおかしくなっているので…」


なんだかおかしな夏目くんに苦笑していると、夏目くんも僕を見て、同じように笑って。
そんな些細なシンクロ動作に、またドキドキして。

取り留めもない会話をしながら、夏目くんと僕の家まで歩いて、それから夜遅くまで2人でひたすらお酒を飲んだ。


「こうして、呑んでいると初めての飲み会を思い出しますね。
俺の話を宮沢さん、真剣に聞いてくれて…」
「ああ…。そうだね…」
「あの飲み会が、多分俺と宮沢さんが初めてプライベートなこと話した日でしたよね」
「そうだね…」



入社してすぐ噂になった夏目くんに、僕は一目惚れしてしまって。
だけど、直接夏目くんに声をかけることができなくて。
あれは、夏目くんが入社して半年くらいたったときの飲み会で、その時夏目くんの隣の席に僕が座っていた。

あの時は凄く緊張したなぁ。
自分の理想を具現化したような人間が、隣にいるんだから。

夏目に、宮沢。
性格は全然違う僕と夏目くんだけど、実はいくつかの共通点がある。
まず、一つ目は〝名前〟
僕と彼は、日本で有名な作家と一文字違いの名前だった。

僕の名は、宮沢賢吾みやざわけんご
そして彼の名は、夏目漱次なつめそうじ
僕の父は、宮沢賢治が大好きで、夏目君のお父さんも夏目漱石のファンだったらしい。
そんな両親を持っている僕らの趣味もまた、読書という共通点があった。

喋ってみると気さくな夏目くんと共通する趣味の話題で盛り上がって。
ただの一目惚れがいつしか自分の中で凄く大きくなって、
気がつけば、自分でもはっきりと意識できるほどの恋になっていた。



「宮沢さん」
屈託なく僕に笑いかける夏目くん。
夏目くんのキラキラした少年のような顔に見惚れ、僕はいつもすぐに言葉を紡ぐことができずに、どもってしまう。
こんな僕に対してイラつくこともなく夏目君はいつも僕の言葉を待っていてくれる。

誰にでも優しくて。
でも優しいだけじゃなくて時に毅然とした厳しさもみせる。
弱点なんてなさそうだけれど、朝が弱いみたいで人が見ていないときに欠伸を噛み締めている時がある。
観察する度に、彼の知らなかったことを知り、些細な発見に、恋する乙女みたいに一喜一憂してしまう自分がいた。

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