今宵、君と、月を

槇村焔

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3話

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『試してみる…?俺と。本当に男しか愛せないのか…』
始まりは、そんな言葉だった。
同性にしか惹かれない自分が、とても異常なものに思えて自分の性癖と向き合うのが嫌で仕方なかったとき。
それまでの不安をぶちまけると、彼は、僕の不安を包みこむように、抱きしめてくれた。

抱かれたときも、戸惑う僕に
『別におかしいことじゃない。男でも、誰かを認め、愛せることっていいと思うけど。
法を犯しているわけでもない、誰かを咎めているわけでもない。ただ人を愛していることに、なんで罪悪なんて感じなきゃいけないんだ?なんで同性だからって愛する気持ちを隠さなくちゃいけないんだ?誰かが勝手に決めたルールにこっちが合わせる方がおかしいだろ』

彼はそう甘くあやして、僕の額にキスをした。

彼に抱かれて、初めて人を好きになった自分がいた。
ただの憧れや羨望ではなく。本気で彼に恋をしていた。
男に抱かれ、好きでいてもいいことに安堵して泣いて。
そして…

『もう、やめたいんだ。お前との関係を…』
『俺は、そんなつもりでお前と付き合ってきたわけじゃないんだ』
『お前の恋は俺には重すぎるんだ…。俺はもっと自由に恋愛を楽しみたい』

そんな言葉で終わった。
僕の恋。



 トラウマを克服する。
言葉でいうのは簡単かもしれないけれど、実際に行動するし乗り越えていくのは難しい。
どれだけ意気込んでも、記憶の底にこびりついた嫌な記憶は消えることはなくてふとした瞬間に、それは現れて苦しめ悩ませる。
自分の中の壁を破壊しないと、そのトラウマというものは永遠に心の奥深く居座り続けるものだ。


 相良先生ほどではないけれど、僕にも過去に恋愛に関する苦い過去がある。
満にも指摘された過去の恋愛を、僕はまだ引きずっていてあの日からずっと自分の殻に閉じこもった生活をしている。


 昔、僕は年上の人と付き合っていたことがある。
20歳になりたての頃。
その人は話し上手で、センスもあって色んなことを知っているとても博学な人だった。
男にしか惹かれず自分の性癖を悩んでいる僕に、年上のその人は、友達同士では教えて貰えないことをたくさん教えてもらった。

煙草味のキス、セックス、夜景の綺麗なホテル。
それから…人を愛することは楽しいことだけじゃないってこと。


彼は僕の他にも、恋人がいた。
いや、実際恋人だと思っていたのは、僕だけかもしれない。
彼から愛されていた…と思えるほどの思い出はなかったし、彼はあえばすぐに僕の身体を欲しがった。
抱き合うことしか頭になかったんだと思う。
都合のいいセックスフレンドだったんだろう。

付き合った時、二股どころじゃなく、七股くらいかけられていた。
僕はその中でも一番下の順位に位置付けられていて、別れを告げられたのも僕が浮気を攻めたからだった。
今にして思うとなんでそんな最低男としか言いようがないんだけれど、その時の僕にとって、その人以外に考えられないほど彼に夢中だった。

彼は男同士抱き合うことに偏見はない人であったけれど、同時に博愛主義で常に誰かに愛を囁いていないといけないひとだった。
他人のぬくもりがないと生きていけない人だった。


別れた時、彼は去り際にこんな言葉を告げた。

〝所詮、恋愛なんて一時楽しめればいいんだよ。
後腐れない付き合いが一番楽しいんだよ。
その時の一番魅力的な相手を選ぶのは当然だろう〟と。
“お前の愛は重すぎて怖いよ”と。

記念日には二人で乗ろうと約束していた、観覧車の前でお別れの言葉を告げられた。

永遠の愛なんて、そんなものないんだよ。
誰かをすきになるたびに、僕の中で彼の言葉が蘇る。

別れを告げられた日以来、恋愛に臆病になったし、観覧車にも乗れなくなった。
たった1度の出来事が、ずっと僕の頭の中を占めている。



 先生に相談されてから、ネットで対人恐怖症について調べてみたり本屋で対人関係の何冊か読み先生と一緒に書かれていたことを実践した。
先生自身も自主的に調べて、僕がいないときも一人で外に出ようとしたりしているのだが、どうしても家から外に踏み出した瞬間に震えが走ってしまい、動けなくなってしまうようだった。
ただ動けなくなるのはまだいいほうで、その場で意識を失うことも多かった。

玄関のドアを開けたら先生が倒れていたことも、ある。
車を使い病院にも行って精神科の先生に診てもらったけれど、いまだに現状はなに1つ変わっていなかった。

先生は、何をそんなにトラウマになるほど悩んでいるんだろう。
訊ねたところで、先生は曖昧に苦笑するだけで、話してくれない。
なんとかしたいのに、なんにもできない…そんな八方塞がりな状態に陥っていた。

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