~短編集~≪R18有り≫

槇村香月

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君の影を夢で見た。<元使用人×主人 >

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寒いから、抱き合う。
ただ、寒いから、そのぬくもりを求めて、抱き合う。

そこに意味なんてない。愛なんて、ない。
蓋を開けてみれば、なにもない行為だった。
快楽も、愛も、絆も、なにもない。
終わってみれば、ないだらけの行為だった。

そんな空虚的な行為。
人によっては、一時的な荒波のような衝動的行為ともいうだろう。
衝動的で、考えもなかった行為だと。

大人にもなって、考えなしな自分に呆れる。
真面目な人間からしたら、いまの千春を見れば愚かだと笑われるかもしれない。
自分でも愚かだと思う。
誘われたまま、ほいほいとついていってしまうなんて。

それでも、こうして抱いてもらって満足している自分がいる。
雅治にとっては、千春など苦々しい思い出の象徴だというのに。

(雅治…)

ベッドで、タバコを更かしている雅治を盗み見る。
雅治は、どこか遠くを見つめながら、きだるげに煙草の紫煙を燻らせていた。

記憶よりも、随分と凛々しい横顔。
ドキドキと、鼓動が大きく動き続ける。

雅治に見つめられれば、胸がきゅっと締め付けられる。
再開してから、ずっとそうだ。
雅治に心臓を支配されたかのよう。
何人もの男と肌を重ねたというのに、どうして雅治だけこんな風に反応してしまうのだろう。

どうして…。
どうして、雅治だけに、こんなに執着してしまうんだろう。

千春は雅治の顔を見ながらしばし逡巡し、そして考えるのをやめた。
答えなんて、いらない。
答えは決まっている。

それが、〝雅治〟だから、だ。
ほかに理由なんてない。理由なんていらない気がした。
雅治を一目見た瞬間に、とらわれてしまったのだから。

この恋に分析なんて存在しない。
執着に、理由なんてない。


「煙草…」
「あ…?」
「吸うようになったんだな…」
「…ああ…」
「似合ってる」

少し悪っぽいやさぐれた感じの雰囲気を持つ、男らしい雅治。
一つの雅治の魅力を引き立てるアイテムとして、手元の煙草はとても雅治にマッチしていた。
雅治がたばこを吸うようになっていたなんて千春は知らなかった。

いまの雅治は、千春が知っている頃の雅治に似ているようでまったく似ていない。
玩具時代のように千春様、と呼ぶこともなかった。

離れた月日は思ったよりも進んでいたようだ。
あの頃とは違うのだ。地位も、性格も、なにもかも。
いまの千春には、雅治は届かない存在なのだ。

 ぎゅっと、雅治がタバコを灰皿に押し当てる。くしゃ、っと灰がこぼれ落ちた。
それを会津に千春は床に捨ててあった薄いカーキー色のジャケットを羽織り、雅治に向く。

「・・・昨日は、ありがとう。俺、もう行くよ」

ここを出て行けば、また雅治のことは淡い思い出になるだろう。

触れ合えない、また幻想の中の人間になる。
また千春は雅治の幻想をおうのだ。
ここを出れば、また雅治は千春に手の届かない、夢でしか会えない人間になる。


「雅治が…元気そうで良かった」
「千春」
「ずっと…会いたかったんだ…。あれから」

声が上擦る。泣いてしまいそうな自分を叱咤する。
あれから。
すべてを失い、雅治に抱かれたあの日から。
ずっと、会いたかった。

あんなに痛めつけられても…ただ会いたかった。

自分が雅治に恨まれにくまれていたとしても。

ただ、会いたかった。

そういえば、雅治は笑うだろうか。

「じゃぁ…」

ここを出たら、また雅治には会えない。でも、でなくてはいけない。
いつまでも、ここにはいられない。外に出て、またいつもの生活に戻らなくてはいけない。
いつもの生活が、いまの千春にはお似合いなのだ。
決意した後、ドアに、手をかける。

「…っ、」

刹那、背中に暖かな体温を感じた。
背後から抱きしめるように雅治が千春の背後から腕を回している。

ドアに手をかけた千春の手に、己の手も添えて。

どきりと、胸が大きくはねた。
触れ合った部分がじわじわと熱を帯びていく。

なに…?そう口にした声も震えた。

「雅治…」
「監禁する」
「…え…」

雅治の言葉を聞き返す。

「お前を、監禁する」

言うなり、雅治は千春を抱き上げて、再びベッドに千春の身体を転がした。

「雅治…?」

混乱する千春をよそに、雅治はベッドから離れ、ベッド近くにある仕事机を漁る。
そして、ベッドに戻ったときには、その手には黒い犬がつけるような首輪を手にしていた。

監禁する。
この部屋に監禁する。

『ねぇ、雅治。大人になったらさ…君を監禁していい?ずっと俺と一緒にいるの。朝も夜も。ずっと…』

いつだったか、千春が雅治にいった言葉。
ずっと一緒にいたかったから、いった言葉。

それと同じ意味の言葉を、雅治は千春に告げた。


「正気か?」
「正気だ」
「何のために・・・?」

なんのために。
自分と一緒にいたいだなんて、雅治は思わないだろう。
ましてや、また、千春の下僕になりたいだとも思うまい。


「復讐か?」

考えた末、それしか思い浮かばなかった。

子供の時の復讐。
雅治が千春にしてきたことに対する、復讐。

自由を奪い、監禁する。
きっとそれこそが、雅治の復讐なのだ。
ここに千春を招いたのも、もしかしてそれが原因か。

「子供の頃の、復讐か」

再び千春が尋ねても、雅治は何も返さなかった。
それが、答えな気がした。

雅治は小動物のように警戒する千春の顎を掬い、顔を覗く。

「それとも、こういう扱いは不満か」

雅治の瞳が、揺れる。
なにを思っているんだろう。その瞳からは想像がつかない。

千春は雅治に勢いよく抱きつくと、
「いいよ・・・、会いたかった」

雅治の顔も見ずに、言った。


「俺のような見下していた人間にお前は跪くのか…?プライドの高いお前が…、いいのか…?」
「いい・・・」

いまの自分は、雅治に傅くこともできる。
もうプライドなんてない。

わがままなお坊ちゃんでもないのだ。
雅治に威張り散らすことも、支配しようとも思わない。


「変わったな」

千春の髪を弄りながら、雅治は呟く。

「俺が知っているお前じゃないみたいだ…」
「うん、」

変わった。変わってしまったのだ。
雅治によって。

いまの自分は、幼い頃とは違う。
何も持っていない。自由だ。
だから…。

「好きだよ」

こうして、雅治に思いを告げることもできる。
ずっと言えなかった言葉も告げることができるのだ。

もう雅治に虚勢張る必要もないのだから。


「俺は、雅治が、好きだよ…」
「千春」
「ずっと、好きだった」
「…っ、」
「好き」
「…黙れ…」

告げる言葉を、口唇が吸い取る。
強引に押し込まれた舌が暴れる。
絡め取られた舌から、甘い快楽が走った

少し苦い煙草の味が、千春の口の中に広がった。

苦い煙草の味は…、まるで千春と雅治の過去を表すかのようでもあった。
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