アルカシア

槇村焔

文字の大きさ
109 / 128
5章

102

しおりを挟む
深夜。
静流は、浮かない顔で聖樹ユグドの前に座っていた。
 
 儀式が終わったあとも、聖樹のまわりには未だ淡く光る小さな光の玉がふわふわと漂っている。
それはまるで、夜空に浮かんだ星が舞い降り遊んでいるかのように、静かに揺れていた。
静流はその光をじっと見つめながら、ひとり思いにふけっていた。

「静流様は本当に、この場所が好きなのですね…」
ふいに、やさしい声が背後から響いた。
「大司教…」

杖をついて現れた大司教の姿に気づいた静流は、慌てて立ち上がろうとしたが、それを手で制された。
大司教は、微笑をたたえたまま静流の隣に立ち止まり、しばし聖樹ユグドを見上げる。

やがてゆっくりと腰を下ろすと、その動きに合わせて、夜風がふっと木々を揺らした。
葉擦れの音がそっと耳に届く。
月の光が木々の隙間からこぼれ落ち、ふたりの影を、地面にやわらかく落としていた。

「理由という理由はないんだけど。拒絶された気がして」
「拒絶、ですか?」
「気のせいだったらいいんだけど…ーー。
なんだか聖樹ユグドにつき放された気持ちになったんだよね。
それに、俺、大司教様みたいに聖樹ユグドの言葉聞こえなかったんだ。
この世界にきて、何度も頭の中で声が聞こえたから、俺はその声をユグドだと思ってたんだけど、勘違いだったのかもしれない。
ずっとこの世界に来てから、聖樹ユグドは俺に助けを求めていた気がしていたけど、北の国に戻ってからなんだか俺を拒絶している気がするんだ。
こいつが燃やされそうになったとき、助けてやれなかったから、怒っているのかもしれない。
神子の儀式をして正式に認められたはずなのに、今ユグドを前にしても声なんて聞こえないし、いつもみたいに穏やかな空気を感じ取ることができないんだよね。幹を触っても、冷たいんだよ」

胸の奥にひっかかる思いを静流が口にすれば、大司教はしばらく考え込むそぶりをみせた。

「ユグドはーーー、もしかしたらまだ完全にお心をあなたに許していないのかもしれませんね。
先代の神子様は、聖樹ユグドの人型のお姿を見たことがあるとおっしゃっておりましたから。
何度もお話をされたようですよ」
「聖樹ユグドの人形の姿?」
「ええ。
聖樹ユグドは認めた神子にのみ、人の形を取って姿を現すようです。
その姿は息をのむほど幻想的で…、神子様と真逆の真っ白な髪の毛とあかい瞳をしているようです。
一説によると、妖精フェザーと似ているようですね。
この世界で白髪の人間は数えるほどしかおりません。
白髪のものは、短命に終わるものが多く、神の御使いとも言われております。昔から何人か名だたる白髪の偉人がおりましたが、全員悲しい死を遂げておりますから。
神に愛されすぎるゆえに、神は早くそのものに死を与え下界から自分の元へ戻そうとするのかもしれませんね」

静流は、息を呑む。
白い髪、赤い瞳といえば最近思い当たる人物に出会ったからだ。
ここ、聖樹ユグドの森の入り口で…ーーー

「神の御使い…白髪…ーー」

あの、ローブをきていた旅人。
あの人がまさに、白髪で赤い瞳をしていた。

「静流様、心当たりが?」
「な、ないよ」

心当たりは、あった。
だが、静流は咄嗟に嘘をついた。

それを口に出せば、何か大きな出来事が起こってしまう“予感”めいたものを感じたからだ。

(まさか、あの人が聖樹ユグドとかーー。まさかね…。)

「話は変わりますが、静流様、これから宝玉探しの旅に出るそうですね」
「うん。アルジスが王様と認められて日が浅いし、もう少し国が落ち着いてからでいいと思うんだけどさ…。
ファミリアさんとか教会の人は、急いで探した方がいいって言ってるんだよね。
このゼントフェレスの変化がもしかしたら、悪い現象の前触れかもしれないからって。
魔力が異常なほど増えすぎてて、他の国でも影響があるかもとかでーー」

淡々と語りながらも、静流の声にはどこか不安の色が滲んでいた。ファミリアは宝玉と同じくらい、いや、それ以上に、盗まれた教本の行方を気にしていた。

曰く、その本は静流が持っていなければならないものだという。
他の誰の手に渡ってもいけない、危険な品物なのだと。

「もし、静流様が旅に出るのなら、おこがましいのですがお願いがあるのです」
「願い?」
「攫われたファザトを探して頂きたいのです。」
「あの人を?でもーー」
「彼の後釜を、教会は今必死に探しておりますが、もしファザトが見つかったのならば、やはり、私の補佐は彼にお願いしたいので」
「…?大司教とファザトさんは、よく衝突してたって聞いたけど…ー。」
「ええ。性格がまるで違いましたからね。」

それでも――と、大司教はふっと目を細める。

「しかし自分を肯定してくれる者だけを周囲に置けば、間違いに気づくことすらできません。
愚かな人間のまま終わってしまうこともある。
私は、大司教という立場に甘えぬよう努めてきましたが、誰しも過ちに気づけぬ時があります。
正しいと信じた判断も、誰かにとっては苦しみであるかもしれない。
私が見落としたものを、彼は補ってくれた。あの男は、そういう存在だったのです」

そして、大司教はほんの一瞬、静流から視線を外し、小さく息をつくと…

「それに――私は、もう長くありませんから」と呟いた。

告げられた言葉に静流は驚き大司教を見つめるが、大司教は一切表情を変えなかった。

「病気…なんですか?」
「違いますよ。殺されるんです。
そういう未来が私には見えるのです、私には」
「未来って言ったって…ーー、そんな不確かなもの…ーー」
「不確かではないんですよ。私が見る未来は…ー必ず起こる未来なんです。
それは誰も変えられない。神子さまですらも。
これは、運命なんですよ」

……未来なんて、いくらでも変えられる。
そう強く信じていた静流だったが、大司教の確信に満ちた言葉に、背中を冷たい手でなぞられたような感覚が走った。

――本当に、変えられない未来があるのだとしたら。
言いようのない恐怖が、静かに胸の奥で芽吹く。
たしかに以前、エルザも話していた。
大司教が語る未来は誰にも変えることのできない、さだめなのだと。

「運命…」
「ええ、嘘だとお思いですか?
では、これからいくつか、未来を教えて上げましょう。
けして救うことのできない未来をーーー
未来を知っていても、回避できないことをーー」

そう言って、大司教は表情一つ変えず、これから起こる災いの数々を語り始めた。
どの村で疫病が流行るか。誰が死を迎えるのか。
一つ一つ、静かに淡々と語られるその内容に、静流の呼吸が次第に浅くなる。

「……」
「近い未来、私は死ぬ。
そして、また静流様も、また危険な目にあうでしょうーーー。」
その心、白き神に奪われ永遠に永久を彷徨う。
その御心は、別の人間となり、やがて、アルカシアに赤き雨が降る…ーー。
赤き月、赤き雨が降る時、国に瘴気が広がり、そしてすべてが終わり生まれ変わる、とーー」
「白き…神…ーーー。俺が…死ぬ?」
「これは、変えられない予言なのですよ。
宝玉を探し出すことで、聖樹ユグドは呪いに抗おうとしているのか、それともーーー」

予言めいた大司教の言葉が夜の空気の中へと消える。
それは確かに、“何か”の始まりだった。
静かに、けれど確実に、運命は動き出していた。

のちに静流は思い知ることになる。
大司教の言葉が、決して空言などではなかったことを。
未来を知っていても、変えられない運命が、確かにこの世界には存在するのだということを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

素直に同棲したいって言えよ、負けず嫌いめ!ー平凡で勉強が苦手な子が王子様みたいなイケメンと恋する話ー

美絢
BL
 勉強が苦手な桜水は、王子様系ハイスペックイケメン幼馴染である理人に振られてしまう。にも関わらず、ハワイ旅行に誘われて彼の家でハウスキーパーのアルバイトをすることになった。  そこで結婚情報雑誌を見つけてしまい、ライバルの姫野と結婚することを知る。しかし理人は性的な知識に疎く、初夜の方法が分からないと告白される。  ライフイベントやすれ違いが生じる中、二人は同棲する事ができるのだろうか。【番外はじめました→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/622597198/277961906】

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。

キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。 しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。 迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。 手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。 これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。 ──運命なんて、信じていなかった。 けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。 全8話。

処理中です...