アルカシア

槇村焔

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2章

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ナナミは、すっかり孤児院の子とも打ち解けたようで、今夜は王宮には戻らず、孤児院に泊まることにしたらしい。
ナナミは現在、アルジスの保護下で王宮に暮らしているものの、子どもながらに「ずっとこのままではいけない」と感じているようで、エルザに相談し、落ち着いたら孤児院に移ることを希望しているのだという。
ナナミはナナミなりに、自分の未来を考え、行動を起こしている。
それに比べ、静流は未だ元の世界に戻る手がかりもなく、これからどう生きるべきか決められずにいた。

「運命と割り切る…か。俺は」
呟いた声は、自分でも驚くほどかすれていた。
神子として、この地で暮らしていけるのだろうか。
自分の役割はあるのだろうか。こんなにも平凡な自分が。
裏庭で、静流は大きなため息をともに肩を落とす。
今日も、裏庭の花々は息をのむほど美しかった。
だがそれは、聖樹ユグドの加護があるこの王都だからこそ咲く花であり、一歩外に出れば、もうこんな景色は見られない。
アバ区のように枯れ果てた大地は確実に広がり続けており、
世界の崩壊はもはや誰の目にも見え始め、人々の不安は日に日に増していた。

(俺には関係ない……、そうだよ、この世界がどうなろうと俺の居場所じゃないんだから…。俺の居場所は、この世界には)

「静流様」
名を呼ばれ、はっと顔を上げると――そこにはジュペリアが立っていた。
その隣には法衣をまとった見知らぬ男が控えている。

「改めてご挨拶にと思いましたの。この間はろくにお話ができなかったから。
私はジュペリア。アルジス様の許嫁ですわ」
微笑んでいるのに、その瞳は冷たかった。

(……これ、牽制されてる?)

差し出された手を無視するわけにもいかず、ジュペリアの手を握れば、電流のような痺れが走り、反射的に手を離した。

「…この程度…ーー」
「な、なにかしました?」
「ふふ。静流様は、ユイトと違うのだなと思いまして」
「ユイト…?」
「破壊の神子…、先代の神子ですわ。貴方と同じ黒髪の…」

ジュペリアは視線を細めると、突然、静流のターバンを外した。
黒髪が風にさらされ、光を吸い込むように揺れる。

「……貴方に似た青年でしたわ。同じ黒髪の……忌々しい黒髪。」ジュペリアの瞳に、冷たい嫌悪が宿る。
「あの方を奪った……憎い人。
もしユイトが“運命”を受け入れていたら……わたくしは――」

彼女の吐息とともに放たれる憎しみに、静流の身体は思わず震えた。殺気が空気を刺す。連れの男が慌てて声をかける。

「ごめんなさい。でも、これでわかりましたわ。神子が召喚されて何も起こらないわけが。静流様…あなたはユイトとは違う。ただのハリボテですわ」
「ハリボテ…?」
「この世界に必要にない“やくたたず”とお伝えしているのです」
丁寧な言葉で言い直しても、敵意ある言葉に変わりはしない。
「喧嘩売ってます?」
「事実ですもの。
ユイトが召喚された時、聖樹ユグドは祝福に花を咲かせた。
それは一瞬のことでしたら見事な花だったそうですわ。
幻水の泉ではシルクの花が咲き乱れ、草花が成長し、雨が振らない西の国でも雨がふったとされています。魔物は一時的に減り、流行病も減った。
神子は、この地にいるだけで聖樹ユグドの力を増長させる。神子とは聖樹ユグドと共鳴するものなのですから」

売られた喧嘩にカチンときたものの、静流が何もできないのは事実で言い返せない。
神子であることを受け入れず逃げ回っている静流は、この世界のヤクタタズである。

「貴方はどう?聖樹ユグドの声も聞けないでしょう?貴方に救いなんて求めていないからですわ。だから貴方は神子の力を使いこなせない。貴方は所詮、偽りの神子なのです。
偽りの神子は、世界の犠牲となるだけ」

ジュペリアは去り際に「せいぜい、残りの期間楽しんでくださいましね」という意味深な言葉を残し、去っていった。

「世界の犠牲…?偽物の神子…」
先代の神子――ユイトは、静流と違って召喚された瞬間から奇跡を起こし、“祝福された神子”として称えられたという。
静流の存在は民衆に伝えていないものの、一部国の重役には知られている。
静流は最初こそ重役たちに期待の目を向けられていたが、
何も起こらないまま時間だけが過ぎ、彼らの目はやがて失望と諦めに変わっていった。
勝手に神子だと決められ、勝手に失望され、冷たい目を向けられる――その視線は、静流の心を深く蝕んでいた。

「俺は本当に間違いでこの世界にきた…。期待はずれの神子…」
もし本当に間違いなら――帰る方法はあるのだろうか。
使い物にならない神子を、この国はちゃんと生かしてくれるのか。

「アルジスは俺に神子にならなくていいって言っていたな。自分一人でどうにかできるって。
あの言葉、最初はカチンときていたけど、本当は俺に負担をかけさせないように、俺への批判を一人で請け負おうとしていたんじゃないか…。
俺がいつ逃げ出してもいいように……。みんなの期待や責任を自分一人で背負うために…。アルジスだけが俺に神子でなくてもいいと言ってくれた」

冷たく突き放すような言葉の裏に、本当は静流の身を一番案じてくれて負担にならないよう逃げ道を与えてくれていた。
自分ひとりが責任も批判もすべて請け負って。
口では冷たいアルジスの本心はどこにあるのか。今は知りたくてたまらない。
相容れない存在だった彼のことが、この世界で一番気になっている。

「静流様、アルジス様を見ませんでしたか?」
アルジスのことばかり考えていたその時、不意にグレイスの声が背後から降ってきた。
静流が「見ていない」と答えると、グレイスは小さく舌打ちをしそうな気配を含ませながら「困りましたね」と呟き、眼鏡のずれを直した。その仕草には焦りが滲んでいる。

「なにかあったの?」
「ええ。少し。
近くの村で、疫病が発生してしまったのです。
被害を防ぐために最小限の被害ですませたいのですが、それを村のものは良しとはしないのです…」
「良しとはしないって…?」

その「最小限の被害に抑える方法」とは疫病にかかった者たちを、すべて殺すこと。
これ以上、病が広がらないために。犠牲を最小限にするために。
言葉にすれば簡単だが、実行するにはあまりにも残酷で、血の匂いが漂う決断だった。

「アルジスは、どうしようとしているの?」
「アルジス様は何もおっしゃいませんが、おそらく最終的には、疫病に犯されたものをすべて殺すでしょう。
そのものが、アルジス様にとって父親のように厳しく指導してくれたものだとしても、責任はすべて自分にあるといって。
あの方は、長年仕えている私の言うことですら聞かないのです。
そして、無茶ばかりする…。
誰かの恨みや憎しみを言い訳もせずに請け負う。
アルジス様は、罪を償うためにご自身の命を削ってまでゼントフェレス、ひいてはアルカシアのために動いている。
贖罪の中で生き続けているのです」

 グレイスは、とつとつとアルジスのことを語る。

この国ゼントフェレスの王族は、男しか生まれない。
そして必ずといっていいほど、二人の子を授かる。
兄弟は生まれた瞬間から「王になること」を競わされ、勝者が王となり、敗者は平民となるか、謀反を避けるために命を奪われる。
生まれながらに兄弟といがみ合うことを強要され、強い王になるべきと自由を奪われ、国の為に生きることを余儀なくされる。
先代王弟ギルクも、その覇権争いの渦に巻き込まれ、今は行方不明だという。
アルジスもまた、長い間、兄と敵対関係にあった。
兄はアルジスに冷たく接していたが、それでもジュペリアをはじめアルジスの兄を慕う者は多かった。気が弱いながらも優しい性格だったらしい。

「アルジス様のお兄様は、北の国で広がる麻薬に手にしたのです。
その麻薬は、力なきものも聖樹ユグドの加護が与えられるという不思議な薬でした。
飢えで困っているものも、水不足の地域もすべてその力のお陰で解消できました。
ただし、夢のようなクスリは一時のまやかしに過ぎず、反動は大きかった。
次第に、彼は盲信にとらわれることとなるのです。
聖樹ユグドよりも偉大な神は別にいると言い、アルジス様に手をかけ、アルジス様に殺されたのです。
アルジス様はずっとお兄様と仲良くしたかったようですが…同じ兄弟であるのに、皮肉ですね…」

今回、疫病にかかったのは――アルジスが父のように慕っていた男だった。
親しくなりたかった兄に、本当は仲が良かった先代の神子。
そして今度は、最も慕っていた師を、自分の手で殺さなければならないかもしれない。
アルジスの手は、もう何人も近しい人を殺めてしまっている。

「なんでアルジスばかりがそんな目に合わなくちゃいけないんだよ」
「それは、アルジス様が王だからです。
これが、彼の運命だから。彼が呪われたのも全ては運命だから。
先代の神子はある出来事によって、このゼントフェレスを見限った。
そして、我が国に復讐するために西の国へいき、西の国の王と結託しこの国を、聖樹ユグドを奪おうとしていたのです。
西の国の王だけならば、アルジス様一人でもねじ伏せることができましたが、神子様も相手となると力が及ばなかった。
神子様は、自らの命とともにアルジス様に呪いをかけました。
『力弱きものは誰も救えない。ただ呪いを生むだけだ』と言って。」

その呪いによって、アルジスは理性を失い獣と化し、三日三晩、敵も味方も、子どもすらも区別なく牙をむき、罪のない人々をも傷つけてしまった。

「……その決戦の地が、アバ区だったそうです。
戦いが終わったあと、アルジス様は……まるで今にも自死してしまいそうなほど焦燥していたといいます。
今でこそ“仮初の王”という役割を受け入れておられますが……昔のあの方は、死に場所を探すように戦い続けていました」

その当時、ゼントフェレスの王族はアルジスしか残っていなかった。
だから、彼がどれだけ拒んでも、次代の王として生きることを強制された。
ある日、アルジスはグレイスにも何も告げずに突然姿を消した。
信頼しているグレイスにすら一切なにも話すことなく、王宮からいなくなったのだ。
一月もの間、誰もアルジスを見ず、誰もが「死んだのだ」と思っていた。

しかし――戻ってきたアルジスは、別人のように落ち着いた表情をしていた。

驚く家臣たちに「俺は、ゼントフェレスの王族としての役目を果たす」といって、そして、今の「仮初の王」の座についたのだという。

「アルジス様が消えていた1月。アルジス様がお話にならないので詳しくは知らないのですが…、あれ以来アルジス様は誰かを探しているようでした。
アバ区にアルジス様が訪れる訳は、半分は傷つけてしまったものへの償いとして、もう半分はその初恋の人を探すためではないかと噂されていますよ」
「初恋の人を探し続けてる…」
静流の胸に、言葉にならない感情が渦を巻く。

「アルジス様いわく、手には入らない月のような人間を愛してしまった、と。
他に愛しているものがいる相手を、自分は愛してしまった。
その人以外に自分はけして、人を愛せない、と。
だから、世継ぎを残すことも不可能だと我々家臣に話しておりました。
家臣たちはなんだかんだと言いくるめ、ジュペリア様との子を望んでおりますが」
「……」
「私は、アルジス様こそが王にふさわしいと思ってます。
アルジス様はご自分が力のない、非道な王であるとおっしゃっておりますが、彼こそがこのゼントフェレスを導きアルカシアの災厄と戦えると思っております。
彼を王にするためだったら、私は…ーー」

グレイスはそこまで言うと、ふっと言葉を切り、静流に一歩近づいた。
白い指がそっと静流の頬に触れ、視線を絡め取る。

「グレイス…?」
「貴方が、“本物の神子”であるなら、あるいは…。いえ」
失礼と、アルジスはメガネを押し上げると「アルジス様を早く探さなくては。大怪我をなさっていたのです」そういって、立ち去ってしまった。
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