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一章 一節 「行方不明」

1-1-2「不法侵入」

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 斜陽がその姿を隠していく。それを追うように紫色や深青色や黒色が頭上を覆いつそうとしている。
 うざったい橙色とまとわりつくような熱が、また別の誰かを襲いに行くのだろう。
 この場所で唯一移り変わるそれらだけが現在時刻を現していた。


 敷き詰められた歩道の装飾が粗雑になった頃、目的の場所までたどり着いた。
 それの何かは、ここを所望した。
 それの何かは、ここに恨みのようなものがある。

 それは空まで届きそうな塔に手を当てた。
 腐って柔らかくなった木材の感覚。張り合いがないそれをすぐに見飽きると躊躇なく室内の暗闇へと足を踏み入れた。


 室内はやはり真っ暗だった。

 暗闇に順応した視覚は不便を感じさせない。ここまでの道で恐怖や不安も大分慣れてきたようだ。
 無遠慮に土足で部屋を通り抜けて階段を上り続けると、だんだんそれの何かが疼き出す。
 どうやら近づいてきているらしい。

 歩くたびにきしむ音を立てる床。かなり老朽化が進んでいる。
 暗闇に順応できない者はきっと床の裂け目に落ちて下の階に戻されてしまうだろう。
 内心確率の旅を思い出しながら、しかしその確率の旅という言葉もノイズによってかき消されていった。


 道中倉庫のような場所で見つけたカンテラには少量だがまだ油が残されているようだ。
 携帯用の古びたライターと共にそれを拝借して手持無沙汰に弄んでいると、遂に最奥までたどり着いた。

 近づいて分かったことだが、この扉だけ栓をされ固く閉ざされていた。
 何かを引きずったような線状の黒い跡が部屋側に続く。
 積み上げられた木箱が崩れ物が散乱している。
 そして、

「あし?」

 一本の足だ。
 埃は被っていない。

 手に取って模造品のように見えるそれに既視感を抱く。

 ちょうど、自分の足とよく似ていて――

「うわ」

 恐ろしい考えに至り、瞬間的に手を放した。

 今更自分という信じきれない存在がいるのだ。こんなことに驚いてどうする。
 自分を落ち着けるようにもう一度模造品の足を見る。

 ここで何かあったことは間違いないが、今のままではすべて憶測として処理されてしまうだろう。
 実際、この扉の奥で何が起こったのか?


 カンテラを一度手放し、それは栓を取ろうと腕に力を入れた。
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