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1 階段から落ちる
しおりを挟む外は大雨で所々雷が鳴っている。
いつもなら、窓の外には名家アイネリス家の美しい庭園が広がっているのだが、今日は鈍色の空から大雨が降り注ぎ、時々雷光が走るのみで何も見えない。
同じ敷地内に建つ、二階建ての物置小屋のような小さな離れの窓ガラスには容赦なく雨が叩きつけられていた。
お腹、空いたな。
いつもなら昼食が部屋に運ばれてくるはずなのに、一向にその気配がない。
また、あの執事に嫌がらせをされているらしい。
仕方がない、何か探しに行こう。
それは、二階の自室から出て一階の食料庫に行こうとした時だった。
廊下から階段に差し掛かった時、タタッという足音と共に急に背後に気配を感じる。
……っ!!
驚く暇すら無かった。
「……死ね」
氷のように冷たい男の声が耳に届いた瞬間、階段の間際に立つこの背中に大きな衝撃を受けた。
「あ……」
一瞬の出来事のはずなのに、この冷え切った体が宙を浮く時間は、嫌に長く感じた。
これは間違いなく、落ちる。
僅かに顔をひねり背後を見れば、雷光に照らされ不気味な愉悦を浮かべる執事フレディが立っていた。
その酷く歪んだ笑みを見て背筋が凍る。
なんて……醜悪な顔をしているんだろう。
眉根を寄せて、薄い唇を不気味に吊り上げ、細められた瞳は私が落ちていく様を心底愉しそうに見下ろしている。
そんなゾッとするような表情のフレディに立ち込めるのは、圧倒的な殺意に満ちたどす黒いオーラ。
空を切る私の手は藁をも掴むように不恰好にもがき、フレディから発せられる黒いオーラを握りこみながらも、体は確実に落ちていく。
……ああ、これは死ぬかもしれない。
なんとなくそんな予感がした。
程なくして階段の角に上腕から肩にかけて大きくぶつかり、ゴキっという鈍い音が響く。
ううっ!!
自分の体に対して諦めの感情を抱いたのは初めてだ。
多分これは折れている。
激しい雷音が鳴り響く中、階段から落ちていく魔力無しの私は、全身を強く打ち付けながら一番下まで転がり落ちていく。
全身滅多打ちになって、ようやく階段下のホールに鈍い音で頭を強く打ち付けて横たわった時、安堵と共にゆっくりと意識が失われていった。
「……ああ、エリーゼ様!!
なんて酷い!!」
今の声はフレディだろうか、人を突き落としておいてよくそんな演技をするものだと、呆れながらぼんやりと帳が落ちる。
目覚めなければいい。
このまま私は終わっていい。
誰にも必要とされない、誰にも愛されない私なんて。
私を傷つけるだけの世界で、生きていても意味が無い。
再び目を覚まさないことを祈りながら、安らかに眠った。
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