暒晴-はればれ-

kamatoshi

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3章 里奈と理佐

小鳥遊里奈

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毎日が怖い。教室に自分の居場所がなくならないか。
いつかいきなり嫌われたりしないか。
小鳥遊里奈はそんなことを思いながら毎日学校に通う。通う高校は女子校。自分が言うのもなんだが、女子は本当に面倒臭い生き物だ。
いつも誰かを自分と比べていつも自分を優位に立たせようとしてマウントをとる。
女子の集まりはそのマウントの取り合いだ。それに負けたら買った者に従わなければならない。そんな弱肉強食な世界が教室には広がっている。
私みたいな弱者は強者に刃向かうことなく最初から従っていればいい。

はぁ。

ため息をつくと幸せが逃げる。すぅーと深呼吸をして逃げた幸せを吸い込む。

毎朝そんなマイナスなことを考えて起きる。
「里奈ー。そろそろ起きなさい。朝ごはんできてるわよ」
一階のリビングから母親の声がする。
時計を見るとそろそろ朝ごはんを食べて学校に行かなければならない時間だった。
どんなに急いでいても朝ごはんは必ず食べなければならない。軽くでも。必ず顔を合わせないといけない。それがこの家の決まりだった。
ベッドから降りて鏡を見ながら軽く髪をとかす。今日は頭が爆発していない。たまにとんでもなく髪が跳ねている時がある。今日は運がいいみたいだ。
と思ったが、階段を降りながらあることを思い出してしまった。
リビングに入るとテーブルにご飯と卵焼きと焼き魚と味噌汁が用意されている。味噌汁からは湯気がのぼっている。
「おはようございます」
母親に挨拶をし朝ごはんが用意されている前の椅子に座り手を合わせる。
「いただきます」
箸を手にし焼き魚の身をほぐす。
母親に言わないといけないことがあったんだ。
母親は朝ごはんを食べている私の迎えの椅子に座っている。
たとえ洗い物をしているときでも、誰かがご飯を食べているときは必ず一回一緒の席に着くこと。それがこの家の決まりだった。
母親は私がご飯を食べているところを見ている。
見ていることはわかるが、目を合わせたくはない。
ご飯を食べるときはテレビもつけない。リビングに大きなテレビがあるが、食事の時はそのテレビは消されている。食べ終わったら自然と付けて朝の報道番組を流す。
ご飯を食べている間は会話がない限り無音だ。食器を置く音、箸が食器に触れる無機質な音がリビングに響く。自然と会話もすることがない。私はもう慣れたことだが、クラスメイトにその話をすると気味悪がられさえする。
里奈ちゃんの家って厳しいんだね。
いつもそう言われる。
厳しいと思ったことはなかった。最初からこのしきたりだともう普通のことだと思っている。
中学校くらいから学校の環境や、クラスメイトの顔ぶれが変わることでそれが実は異常なことなのかもしれないと思い始めた。他の人はもっとラフで、テレビを見ながら笑いながらご飯を楽しみ。ケータイを片手に友達にメールを送りながらご飯を食べる者もいるようだった。
これが普通だと思っている私にはそっちの方が異常だと思ってしまう。だが、徐々にそれが少数派なのかもしれないと思うようになってきた。
しかし、今更それを変えることはできない。変えたいとも言えなかった。
ご飯を食べながら目の前に座る母親の姿を見る。母親はこちらを見ることなく、湯呑みに入ったお茶だろうか湯気の立っている飲み物を飲んでいる。私が降りてくる前にもう朝ご飯は済ませてしまっているのだろう。
母親に言わなければいけないことがある。
高校2年生にあがり数ヶ月経ってそろそろ前期が終わりを迎えようとしていた。担任から夏休みに入る前に保護者と話して進路を決めてくるように言われていた。
私はその進路についてまだ母親に言うことができないでいた。正直に言うと自分がまだ何をやりたいのかも決まっていない。いや、決まっていない訳ではないが、それを言う勇気はまだないというのが正しい。
進路について両親に話すと絶対に大学への進学を言われることは優に想像できた。
私には四つ上の兄がいる。その兄は高校卒業後、東京の大学に進学した。とても頭が良くずっと自慢の兄だった。だが、いざ自分がその立場に近づいてくるとその兄の存在がとても邪魔に感じていた。何をしても兄と比べられる。女であることで最終的には結婚して専業主婦になれば学歴なんて関係ないと言われるが、それをいざ言われるととても嫌な気持ちになる。
近くにある高い壁を越えたくなってしまう。

「お母さん」
意を決して進路について言おうとしたとき、リビングの扉が開き、父親が起きて来た。
「おはようございます、あなた。今日は早いのね」
母親は立ち上がり父親の朝ごはんの準備をする。
「おはよう。今日は朝から会議があって、いつもより少し早いんだ。おはよう、里奈」
父親は私の横の椅子に座り、母親が先に出したお茶を飲む。
「おはようございます」
食べ終わった食器を持ってキッチンに行く。自分で食べた物は自分で洗う。それも決まりだ。
その決まりは全て父親が決めた物だ。
私の父親は銀行の支店長をやっているらしい。私は父がどんな仕事をしているのかよく知らない。だが、公務員だから安定しているんだろう。堅い性格で何事もキチキチとやらないと気が済まないという人だ。
私はそんな父が苦手だ。
昔はそんなことを思ったことがなかった。これが思春期というやつなのか。大人になるにつれ、その父親の堅さが本当に嫌になってきた。両親は娘である私のことを自分に重ねているのではないか。本当の自分を見ていないのではないか。そう思うようになっていた。

食器を洗い終えて、用意していた鞄を背負う。
「そういえば、さっき何か言おうとしてた?」
母親が会話の途中だったことを思い出して声をかけて来た。
「ううん、大丈夫。もう時間だからまた今度話す」
母親の顔が曇るのが見て取れた。
「お母さん、お父さん行って来ます」
両親に挨拶をしてリビングを出て玄関に向かう。
父親がいる前で進路の話なんてできない。今度母親と2人のときにしよう。
そう思っていたときリビングから母親が追いかけてきた。
何事か。まさかさっきのこと、と思ったが弁当の包みを持っていることで弁当を持つのを忘れていたことに気づいた。
「お弁当忘れて行くところだったわよ」
「ごめんなさい、ありがとう。行って来ます」
無理に笑顔を作り、弁当を受け取り玄関を出る。
私がいなくなったリビングで両親はどんな話をするのか。私の話をするのだろうか。

この世の中、親ガチャという言葉がある。
親ガチャ外れたといい自分が今やりたいことができない理由を親のせいにする。
金銭面や遺伝など親のスペックが子供に影響を与え、いい親を引き当てた子供はエスカレーター式にいい人生を歩むと言われている。

ただそれは言われているだけだ。実際にその通りな人もいるが、この親ガチャという言葉は親ガチャが外れた人が妬みから作った言葉だと思っている。
私の家は、
父親は安定した公務員の役員で母親も同じ銀行で働いていて職場恋愛で結婚をし、今は趣味の裁縫を仕事にしたまに着物の販売や展示会の手伝いをしている。
兄は県内1番偏差値の高い高校を成績優秀で卒業し、東京の国立大に1発合格した。将来は医者にでもなるんじゃないだろうか。知らないけど。
これだけ見れば私は親ガチャ成功していると言われるのだろうか。おそらく言われるのだろう。
ところが私のスペックはごく普通だ。中の上。クラスの成績も真ん中より少し上。高校も県内唯一の女子校に入学することでなんとかアイデンティティを保つことができた。顔も自分では中の上と言いたいところだが、おそらく中の下なんだろう。ほとんど恋愛なんてせず、浮ついたことも全く経験していない。そういうことを誤魔化す為に女子校を選んだ節まである。
親は私に期待をしている。でもそれは私自身への期待なのか、私の将来への期待なのか。私は後者だと思っている。親は私に興味がないんだと思っている。

はぁ。

校舎に入る前にため息をつく。幸せが逃げる。顔を上げ1つ深呼吸をする。
昔からため息をするのが癖だ。

この高校でもなんとか1年間過ごした。よく言われるのはキツイのは2年になってからと。どうしてクラス替えなんてするんだろう。と1年の終わりに切実に思った。
もう1回最初から人間関係の構築なんて、どうしてさせるんだろうか。

机に座って鞄から教科書を出して机の中に入れて鞄は机の横にかける。
もうほとんどの生徒が教室にいて思い思いに会話をしている。たくさんの会話があるせいで混ざり合って雑音になっている。
私は意外とこの雑音が好きだ。これを聞きながら机に突っ伏して寝よう。
と思っていたのだが
「ねー、ねー。里奈ちゃん」
1人の生徒から声をかけられた。
顔をあげると迎えの席に椅子に逆に座ってこちらの顔を覗く1人の生徒がいた。名前なんだっけ。
「今日の世界史の宿題プリントやった?」
その質問で何をしようとしてるかが分かった。
「もちろん。やったよ」
「ほんと!?良かった。お願いなんだけど、里奈ちゃんの宿題プリントと私の交換しようよ!」
また始まった。
「え、そんなことしたら字でバレちゃうよ」
「熊ちゃんそんな字まで見ないよ」
熊ちゃんとは世界史の先生、熊川先生のことだ。何人かの生徒から熊ちゃんの相性で可愛がられている。実際に熊みたいな見た目してるし。
「この前それでバレて怒られたの私なんだから」
その辺りで相手の顔つきが変わってきたのが見てとれた。これ以上引き伸ばすのは危ない。
「私のプリント渡すからそれ今書き写したらいいよ。終わったら返してね」
そう言って宿題プリントを渡すと、その子は明らかめんどくさそうな顔してプリントを受け取る。軽く舌打ちをしたような気もした。
これは私はどうしたら正解だったのか。プリントを交換すれば良かったのだろうか。いや、それでバレてまた怒られるのはごめんだ。

人間関係は難しい。中学の頃のあの一件がトラウマになってしまっている。
それは中学3年の春。私は1人の男子生徒から告白された。こんな私に、と最初は驚いたが嬉しかった。その男の子の事は正直全く気になっていなかったが、そういうことに興味があった。恋愛というものに。少女漫画の世界だけだと思っていた事が実際に私にも起きたのだと。私はOKの返事を出した。
それから学校から一緒に帰ったり、休日に一緒にお出かけをしたり。中学生の恋愛なんてそれくらいのことしかないが、それがとても楽しく感じていた。自分がそういう経験をすると思っていなかったからだ。最初全く興味が無かったその男の子のことも次第に好きになっていっていた。人って不思議なのものだ。長い事一緒にいるだけで格好良く見えてくるものだ。恋愛は盲目というのは本当なのかもしれない。今思えばそう思う。
付き合って2週間くらいたったある日、問題の出来事は突然訪れた。
その日も携帯のメールで他愛もない話をしていた。
突然その男の子から衝撃のメールが送られて来た。
『ね、里奈。裸の写真送って来てよ』
突然だったので、思わず二度見三度見くらいした。携帯のメール画面には間違いなく裸の写真と書かれている。
そういうことに興味がない訳ではなかったが、いざ考えると恥ずかしさの方が勝ってしまう。自分の身体に自信がある訳でもないし。
こういうものなんだろうか。
当時まだ何も知らない私はそう思ってしまった。でも、送ることができなかった。理性が勝ったのだ。
正直に、それは嫌だとメールで伝えた。
返ってきたメールは衝撃な内容だった。

『なんだよ、減るもんじゃないし黙って送れよ。そうじゃないと罰ゲームの意味がなくなるんだよ』
罰ゲーム?
おそらくこれは言ってはいけない内容だったのだろう。すぐにもう一件メールが来た。
『あ、やばい言っちゃった。もう言っちゃったから言うけど。あんたに告白したの罰ゲームだから。他の男子達とゲームで負けて罰ゲームやることになって小鳥遊里奈に告白して裸の写真を貰うこと。それが罰ゲームの内容。誰がお前なんて好きになるかよ、あれは嘘。あーあ、もうバレちゃったからもうお終いね』
衝撃だった。最初相手が何を言っているのか分からなかった。こんなことあってたまるかと正直思った。罰ゲームの対象にされて告白され裸の写真を要求された。もし私が送っていたらその男子生徒達に一斉に回されて笑い者になっていたということなのか。
ショックだった。最初は興味なかったとは言え少しずつ好きになってきていた男の子からこんな事言われて。
まず私が罰ゲームの対象となっていることがもうショックだった。
私が何をしたって言うの。あまりのショックにその日は眠れなかった。
事件はそれだけではなかった。次の日目を腫らして学校に登校したら、皆私に対してよそよそしく感じた。どこか距離を置かれ、ひそひそ話をしている。
仲が良かった子が私に駆け寄ってきた。
「ちょっと、里奈。こんなの回ってきてるよ」
その子は慌てて携帯の画面を見せて来た。
そこには私の顔で首から下が下着姿の私が写っていた。顔は間違いなく私だ。だが首から下は私ではない。よく作られているが、私にだけはそれがコラだということはわかった。
この写真に心当たりはないが、誰がやったかは心当たりはあった。
私は慌てて昨日まで彼氏であった男の子を探して問い詰めた。するとそいつは
「罰ゲームは罰ゲームだから。任務遂行しないと俺がまた別の罰ゲームやらないといけないんだよ。でも、よく出来てるだろ。俺こういうの得意なんだよ」
その子は笑っている。笑い事ではない。少なくとも私にとっては。
その写真はクラス中に広まっていた。最初はその男子グループだけであったが、誰かが面白半分でクラスの女子にまで送りあっという間に全員に広まっていた。
仲がいい子はすぐ誤解だということの説明はできたが、他の子にはその男の子のことを好きな女の子もいて、下品だ、アバズレだ、と最近知ったような言葉を並べて罵ってきた。

私は何も悪いことをしていない。その男の子の罰ゲームと悪ふざけのせいで私はクラスで孤立した。
周りからは無視され、教室に私がいると誰も入って来ないで廊下でその姿を見ているなんてこともあった。
私が何か悪いことをしたのであれば謝ればいいことだ。だがこの場合はどうすることもできない。
次第にいじめと呼べるものにまで発展していった。いじめと言っても無視されるといった内容だが、中学の小さなコミュニティでは耐えられない物だった。
内容が内容なだけに大人に相談することはできなかった。恥ずかしいということもあったが、それ以上に大事になったときの2次被害の方を懸念した。
あまりに耐えられず親に学校に行きたくないと言ったこともある。しかし、私の両親はその理由を聞くこともなく「何を言ってる。今学校行かないで受験はどうするんだ」と最初から私の話を聞くことすらしてくれなかった。
その時に私は両親は私のことは大切ではなく、私の将来、ひいては自分のキャリアのことを気にしてるんだなと思った。
結局学校を休むことはできず、半ば無理やり学校に行っていた。
起きた事件は時間が経てば風化する。皆起きたことに関しては忘れていった。だが、私の気持ちが晴れる訳もなく、卒業するまでの間私はずっと1人だった。仲が良かった友達も、私と仲良くしていると自分までいじめの標的にされてしまうと言って私から離れていった。それは勿論そうだと思い、悲しかったがそれを引き止めることはしなかった。
その時から私は人の顔色を伺って生きることを決めた。波風立てず平穏に。
その1人の時間をすべて勉強に費やし、県内でそこそこ偏差値の高い女子校に合格することができた。女子校を選んだ理由は心のどこかで男子のいないところに行きたいという思いがあったのだと思う。それ以外には特にこの高校に行きたいと思ったことはない。
でも、女だけの空間というのもそれはそれで地獄だということが入学してから気づいた。
元を辿ればきっかけはあの男子だが、いじめてきたのはほとんど女子。
1年生のころはクラスメイトから嫌われたくなく当たり障りのない接し方でひっそりと暮らしていた。それなりに会話できる友達もいたが2年生になるとクラス替えと呼ばれる最悪なイベントのせいでその友達とはクラスが離れ離れになった。よりによって1年生のときのクラスメイトの中でも陽キャの生徒と同じクラスになってしまい、去年以上の友達作りを発展させることが難しくなってしまった。その子がさっき私に宿題の交換を申し込んできた女の子だ。
この子はクラスのカーストでも上位の部類。その子に話しかけられている間はまだ教室に居場所はある。と自分に言い聞かせている。

1番苦痛なのは昼食の時間だ。
皆それぞれで机をくっつけたり椅子だけ持って席を移動したりしてグループを作って弁当を食べる。
私を残してどんどんグループが作られていき私が取り残されていく。無論私と一緒に食べようと言ってくれる心優しい人はまだこの教室にはいない。
弁当の包みを持って教室を出る。隣の隣の教室に1年生の頃一緒に弁当を食べていたクラスメイトがいる。教室は違うが彼女は一緒に弁当を食べてくれていた。
教室の扉をその子の名前を呼びながら入ろうとした時、その子を含め4人で3つの机を囲んで弁当を食べている姿が見えた。
その光景を見て教室に入るのをやめる。
それはそうか、2年生になってからもう3ヶ月くらい経っているのだから一緒に弁当を食べるクラスメイトはできるだろう。
私もその仲に入れてもらえばいいのだろうが、それができたら自分の教室で一緒に食べようと声をかけたらいい。
それができないのだからここに来ているのだ。邪魔をしてはいけない。そう自分に言い聞かせてその場を離れる。
本当は声をかける勇気がないだけだ。

いっそのこと教室で1人で食べよう、と思って戻ったがすでに私の机は他の子の机とくっつけられて5人グループの中に溶け込んでいた。
最悪だ。そう思い、私は屋上への階段を登る。この高校は放課後以外は屋上に自由に上がることができる。
誰もいないことを願いながら屋上への扉を開ける。
気圧の変化で一気に風が襲ってくる。目にゴミが入る、と目を閉じて片腕で目元を隠す。
その風は次第に落ち着き心地よい風に変わっていった。
風が落ち着いたのを確認して目を開ける。
頼りないベンチ1つしかない殺風景な屋上に1人の女生徒がいることに気づいた。
うわ、先客がいる。と思ったがそれが見覚えのある生徒だということに気づく。
「高坂、さん?」
腰までの長い髪を風になびかせている。目鼻立ちがハッキリとした綺麗な顔をしている。その立ち姿はまるでモデルのようだ。だが、そこには華やかさはなく、どこか暗い闇のようなものを感じる。
彼女の名前は高坂理佐。2年生から同じクラスになり、クラスメイトの名前をほとんど覚えていない私でもフルネームで覚えてる唯一の存在。その理由はあまりにも綺麗だからだ。だが、その中に何かミステリアスなところがある。人は何か裏がありそうな人に興味を持ちがちである。
彼女は常に1人でいる。クラスメイトも最初は話しかけてる人もいたが、1年生の頃の彼女を知っている人は理佐に誰も話しかけない。その理由は話しかけてもほとんど返事はないからだ。
全く話さない訳ではない、先生に当てられれば答えるし、隣の人が教科書を忘れたら貸してあげている姿も見たことある。必要最低限の会話しかしないようなイメージ。それはRPGゲームのNPCのようだった。
しかも成績優秀。こんなに目立つ要素を持ちながら決して目立とうとしない彼女を気に食わない生徒もある程度いた。
彼女を悪意のあるいじりをしようとした生徒もいた。が、そんな子に睨みをきかせていたところを目撃した。そのいじり女はその睨みに怯み、二度と話しかけることはなかった。「小鳥遊里奈さんよね」
名前を呼ばれて見惚れていたことに気づく。高坂さんが私の名前を知っていることに驚いた。嬉しさと共に幾許かの恐ろしさもあった。
「理佐さんも屋上でお昼かしら。こっちに来て一緒に食べましょう。と言っても私はほとんど食べてしまってるけど」
私はあ、あって声をもらすことしかできなくて何も言わず高坂さんの横のベンチに座る。
ベンチの空いてるところに空の弁当が置かれていた。小さい弁当箱。私のと比べると一回り、いや二回りくらい小さい。私がいっぱい食べる訳ではなく、私が待っているのは一般的な弁当箱だ。彼女の弁当箱が明らかに小さいのだ。
「高坂さんって毎日ここでお昼食べてるの?」
おにぎりを小さい口でかじりながら、聞いてみる。何故か彼女の横にいると意識が高くなる。大きな口を開けてかぶりつくなんてはしたない姿を見せてはいけないんじゃないかって思ってしまう。
「理佐でいいわ。同じクラスメイトなのだから、私も里奈ちゃんって呼ぶわ」
まさか私が高坂、理佐とこういう風に話せるなんて思ってもみなかった。正直嬉しかった。
「たまに、ここで食べてるの。教室ってうるさいでしょ?」
「わかる。今日なんて私の机に他の生徒座っていて」
普段何を考えているかわからない理佐と同じことを思っていたことに嬉しさを覚える。
「私、里奈ちゃんと友達になりたいって思っていたの」
えっ、と思わず口から出た。実際に食べてる米が口から出たかもしれない。慌てて口を手で覆って理佐を見る。わかった上でもう一度聞き返す。聞き間違いかどうかを確認するために。
「え、今何て言った?」
「私同じクラスになった時から里奈ちゃんと友達になりたいって思っていたの。ダメかしら?」
「え、でも、どうして?」
友達になりたいということに理由を聞いてはいけないってわかっていても、反射的に口から出てしまった。
「友達になる事に理由は必要かしら?」
思っていたことをそのまま言われた。慌てて首を横に振る。
「ううん、ない!嬉しい。私も理佐、ちゃんと友達になりたいって思ってたから」
理佐はその言葉に笑顔で返す。
こんなはっきり誰かと友達になったことになった事なんてなかった。教室で何気なく会話して教室内で1人にならないようにする為の1人。今までの友達はそれで私もその1人でしかないと思っていた。
素直な嬉しさの中に、どこか疑心暗鬼になっている自分がいる。理佐の行動に何か裏があるのではないか、と。
そう思ってしまうことが癖づいてしまっている。いけないことだとは思っている。でも、
「大丈夫。私も1人よ。里奈ちゃんは1人じゃない」
理佐は優しく私の頭にポンと手を置く。私の心を読まれていたのか、こんなの相手が男の子なら惚れている。いや、女の子でも惚れてしまう。今まで無かった属性が私の中で芽生えてしまいそうになった。

理佐からはその裏というものは感じなかった。いや、あってもいいとさえ思った。それでも理佐と友達になれた事の喜びの方が強かった。


こんなに自分の中で大切な日と呼べる日が生まれるとは思ってもいなかった。家に帰ってからも今日の出来事がまるで夢のように感じていた。
お昼を食べ終わってから理佐と連絡先を交換した。無料メッセージアプリの友達登録をして、数少ない高校のクラスメイトの友達が1人増えたことにホクホクしてた。
何か送った方がいいのかと思ったが、何て送ったらいいのか、スタンプだけ送ってもな、など考えていたら結局送ることなく寝てしまった。理佐からも何も連絡はなかった。

私はこの時はまだあんな結末になることなんて思ってもいなかった。


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