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第六章「お母さんとの約束」

第28話 男の約束

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「いやぁ、しかし……娘の彼氏に会うって言うのは、本当に緊張するもんだな。昨日からろくに飯が食えなかったよ」

 一通りの挨拶を済ませた後、明日花のお父さんのご好意で焼肉を食べることとなった。
 そのお店はよく家族三人で来たことのあったお店らしい。

「正直、自分も同じです。殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしてました」
「そんな、こんなじゃじゃ馬娘と付き合ってくれた人を殴るわけがない! いや、壱嵩くんは好青年だし理解もあるし、本当に安心だよ」

 そう言ってお父さん、鈴木すずき海晴かいせいさんはビールをグビグビと美味しそうに飲み干した。

「もう、お父さん飲み過ぎ。今日はどこに泊まる予定なの?」
「駅ビルの近くにホテルを予約しているぞ? あぁ……明日花の部屋が綺麗に片付いていたら泊まらせてもらうんだけどな。あのゴミ部屋は嫌われるぞ?」

 ——っと、全部言い終えてから、自らの失言を後悔したように目開いて嘆いた。
 この天然っぷりは、どうやらお父さんの血を遺伝しているような気がする。

「ち、違うんだ、壱嵩くん! そんな酷いんじゃなくてね、そのな」
「大丈夫です。その点はお付き合いする前から存じていましたので。それに片付けられない習慣も随分改善したんですよ?」

 ゴミはすぐに捨てる。物はあるべき場所に片付ける。
 半年経った今、すっかり癖になった明日花さんは、俺が言わなくてもできるようになっていた。

「だからあの部屋は、ゴミ屋敷じゃないんだよ?」
「そうなのか……。それならホテルを取らずに部屋に泊まったのにな。それにしてもあの明日花がな……人間、変わるもんだな」

 褒められて嬉しそうに笑う明日花さんを見て、俺までつられて笑った。

 その後、お手洗いに行くと明日花さんが席を立った時、海晴さんは改めて姿勢を正して深々と頭を下げてきた。唐突な行動に思わず口にしていた肉を喉に引っ掛けそうになってしまった。

「んぐっ、な、なんで」
「——壱嵩くん、本当にありがとう。君には本当に感謝しているんだよ」

 畳に額を擦らせるように礼を述べる海晴さんに釣られて俺まで正座になって肩に手を差し伸べた。

「明日花に障害があるって分かった時……妻は酷く嘆いたんだ。この子は普通の人生を歩めないのだと。これからずっと、障害と共に生きていかなければならないと思ったら、耐えられなかったってね」
「——お父さん」
「そんなあの子が、あんなに幸せそうに笑っていられるのも、きっと君のおかげなんだろう。私達はね……でいいから幸せになってくれればって、それをずっと願っていた。人並みに恋愛して、結婚して、子供を産んで……有名になって欲しいとか、金持ちになって欲しいとか、そんなんじゃなくて、あの子が幸せだと思ってくれれば、それだけでいいと思っていたんだよ」

 親なら、誰もが思わずにいられない願い。

 だけど重たい、とても重たい願いだった。

「親はね、案外無力なんだよ。どんなに娘が傷ついても代わってもあげられないし、どうしても私達の方が先に死んでしまう。あの子が一人で残ると思うと不安で仕方なかったけど……久しぶりに笑っている姿を見て、安心したよ」
「大丈夫ですよ。そもそも……明日花さんは十分一人でも生きていけるくらい強い人でしたから。不器用なりにも、ちゃんと働いて生活していました。だから、俺の力じゃないんです。俺じゃなくて、明日花さんの力です」

「でも」と言いかけた海晴さんの言葉に被せるように、俺は言葉を続けた。

「そんな頑張り屋で優しい明日花さんだから、俺はそばにいたいと思ったんです。だから俺に礼を言うのはやめてください。もっと、明日花さんを褒めてあげてください。明日花さんを認めてあげてください」

 発達障害は、見方によっては人よりもハンディを背負った状態だと言えるだろう。
 だけどそんな自分の特性としっかりと向き合って生きていこうとしている彼女は、強い。

「——いや、でもやっぱり明日花は幸せだよ。君に出逢えて、私も……良かった」


 海晴さんの言葉に、俺は何も言わずに黙って微笑んだ。

 けれど、本当は……そんな綺麗なものじゃないんだ。

 俺のこの行為は、きっと贖罪も兼ねている。
 明日花さんの姿に、少なからず重ねている母の姿。

 そう、俺は——母を守れなかった後悔を、明日花さんを支えることで果たそうとしているのかもしれない。

 もちろん今はそんな気持ちよりも大事にしたい気持ちが優っているが、完全に消えたわけじゃない。
 だから逆なんだ。

 俺が明日花さんに救われている。
 明日花さんがいないと、俺の方が生きていけないんだ。


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