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文化祭とクリアリーブル事件。
文化祭とクリアリーブル事件⑥⑤
しおりを挟む約40分前 沙楽総合病院
―――みんな、あとは頼んだぞ。
結人は仲間である結黄賊の背中が見えなくなるまでずっと見届け、自分の病室へ戻るため踵を返した。
これから何が起こるのかも分からない不安な気持ちの中、結人の真上に広がっている青空はその気持ちに反するよう晴れ晴れとした天気になっている。
“今日一日が今の空のように、清々しく終わったらいいな”という僅かな期待を持ちながら病院の中へ入って行くと、ふとあることを思い出した。
―――そういや、優は大丈夫かな。
結人と優の病室の距離はそれ程離れてはいないが、簡単にすぐ行ける場所ではない。 仲間がいなくなりすることもなくなってしまった結人は、優の病室へ向かうことにした。
―――みんなは大丈夫だよな。
―――本当は俺も行きたかったが・・・申し訳ない。
危険なことを仲間にやらせるのは本望ではなかったが、早めにクリアリーブル事件を終わらせるにはそうするしかなかった。
自分は無力で何もできないことを悔やみながらも、仲間である優のもとへ向かう。
そして彼の病室の目の前まで来た結人はノックをし、ドアを静かに開けた。
「ユイ!」
「おう。 足の具合はどうだ?」
静かに扉を開けた行為とは裏腹に、元気な声が優から飛びかかってくる。 結人が来たことがそんなに嬉しいのか、優はニコニコしながら迎え入れてくれた。
「足の具合はばっちしだよ! 痛くも痒くもないし! あ、でもまだ歩けないからばっちしとは言えないか」
自分の発言に誤りがあったことに気付いた彼は、訂正しながら苦笑する。 そんな優の隣に結人は椅子を置き、その上にそっと腰を下ろした。
「ユイはもう身体は動くようになったの?」
「多少はな。 動くとまだ痛むし、機敏な動きはできねぇよ」
「そっかぁ。 ・・・俺もみんなと、行きたかったな」
「え?」
「もっと早く足が治っていたら、俺もみんなと一緒にアジトへ行くことができたのに」
「・・・」
少し俯いて寂しそうに口にする優を見て、結人は何も言えなくなった。 彼の怪我に同情するわけではないが、結人も同じ気持ちだったからだ。
―――俺もみんなのことが心配だから、今すぐにみんなのもとへ行きてぇよ。
だがその願いは、自分の身体に思い知らされ簡単に崩れていく。 そして優は窓の方へ目を移しながら、静かな口調で言葉を紡いだ。
「みんな、出発したね。 この窓から見えていたよ」
「あぁ、そうだな」
「でも、どうして一度戻ってきたの?」
「ッ・・・」
「?」
“真宮が偽で危険な目に遭わされるといけないから呼び戻した”という事実は、優に言っても不安な思いにさせるだけのため自分からは言うことができない。
嘘を貫き通すわけではないが“いつか優も知る時がくる”と思い、この場では彼に負担をかけないよう誤魔化すことにした。
「ちょっと言い忘れたことがあってな。 電話だとみんなの反応を見たり意見を聞いたりとかできねぇから、一度呼び戻したんだ」
「ふーん。 そっか」
だが優は特に何も気にしていないようで、一度結人の方へ視線を移したが再び窓の方へ目を向け、その答えをあっさりと受け流した。
一方結人はなおも胸騒ぎがする自分が鬱陶しくなり、彼に一つの提案を持ちかけてみる。
「なぁ、優。 屋上行かねぇか?」
「屋上? どうして?」
「ちょっと風に当たりたいんだ。 車椅子なら、俺が押していってやるからよ」
結人は車椅子が置いてある場所まで行き、その上に軽く手を置きながらそう言葉を発した。 その案に優は一瞬困った表情を見せ黙り込むが、その答えを苦笑して述べる。
「車椅子は好きじゃないからあまり使いたくはないけど、俺も久々に外の空気を吸いたいからいいよ。 じゃあ、押すのはユイに任せるね」
了解を得た後早速彼を支えながら車椅子に乗せ、屋上へ向けて出発した。 結人にとっては動くリハビリにもなるため、車椅子を押すことに関しては何の問題もない。
無事目的地へ辿り着いた二人は屋上に繋がる扉をゆっくりと開け、その先へと車椅子を進めていく。
「うわぁー! 凄く気持ちいいー!」
扉を開けた瞬間、涼しくて心地のいい風が二人の身体を一気に通り抜けていった。 その気持ちよさをいち早く感じ取った優は、両手を広げながら風を全身で受け止めている。
結人は更に前へ前へと車椅子を進めて行き、病院の下が見下ろせるくらいのギリギリのところまで来て歩みを止めた。
そしてこの立川に広がる広い街を眺めながら、仲間の行く先クリアリーブルのアジトを探す。
未来の言われた通りのアジトのある方へ目を向けるが、流石都会と言ったところか高い建物ばかりでその先は全く見えなかった。
なおも涼しい風を感じ取り心地よくなっている優をよそに、結人はみんなのことを再び考え始める。
―――本当に・・・大丈夫かな。
―――相手は一体、何人いたんだろう。
―――1人10人を相手にすんのは無理な話だし、コウは20人だなんてもっと無理だ。
―――コウは・・・大丈夫だろうか。
結人はどんどん不安の中へと陥っていき、それと共に次第に表情も険しいものとなっていく。 そんな結人の様子には気付いていないのか、優はある少年の名をそっと口にした。
「・・・コウは、自分のことを責めていた?」
「え」
結人と優は同時に“コウ”のことについて考えており、自分の考えていた少年の名を淡々と発せられた結人は一瞬“心が見透かされた”と思い固まってしまう。
「責めていたって、何のことだ?」
自分の動揺を隠すように、その内容が分かっていながらも慌てて彼に聞き返す。 そして優は結人の方へ目をやりながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺が骨折したことだよ。 “俺が優の傍に付いていてあげられなかったから、優はこんな目に遭ってしまった”・・・とか、自分を責めていなかった?」
心配そうな面持ちでそう聞いてくる彼に対し、結人はちゃんとした答えを返さずにこう口を開く。
「それは、優が一番知っているんじゃないのか」
「・・・はは、それもそうだね」
苦笑しながらそう返事をし、視線を街へと戻していく。 それにつられ、結人も視線を街に移した。
再びみんなのいる方へ目を向けるが、やはり建物が邪魔をしていてその先は見ることができない。
―――俺たちが今ここでこうしている間にも、アイツらは・・・。
結黄賊の唯一癒しである優が隣にいるにもかかわらず、結人は不安な気持ちに陥っていく。 それは彼が、今日一度も本当の笑顔を見せていないからというわけではない。
病室へ入った時、確かに彼は本当の笑顔で結人を迎え入れてくれていた。 にもかかわらず、彼には癒されずにただ不安が募っていくばかり。
―――俺も・・・行けたらよかったのに。
仲間に危険なことを任せ、自分はその帰りを待っているだけという無力さが、罪悪感へと変わりより結人を苦しめていた。
「そんなにみんなのこと、心配?」
「え?」
突然な発言にまたもや“心を見透かされた”と思い動揺するが、優の方へ目をやると彼はなおも街を眺めていたため“動揺された姿を見られてなくてよかった”と安心する。
目を合わさないでそう口にした優に対し、結人は苦笑しながらその疑問を返した。
「どうしてそう思うんだよ」
「だって、さっきからずっと難しい顔をしているから」
「ッ・・・」
彼の前では平然を装っているつもりだったが既にバレていたようで、恥ずかしさと悔しさのあまり思わず目をそらしてしまう。
そんな様子を空気で感じ取った優は、ゆっくりと結人の方へ顔を向けいつもの癒しの笑顔で言葉を発した。
「実はさ。 俺も心配なんだ、みんなのこと。 だから、ユイもクリーブルのアジトへ行ってきてよ」
思ってもみなかった発言に、結人は感情的になって自分の思いを綴っていく。
「俺だって今すぐに行きてぇよ! ・・・でも、こんな身体じゃ無理に決まってんだろ」
「戦わなければいいんだよ。 でも本当に、みんなはきっとユイがいなくて不安がっていると思う。 ユイはアジトへ行って、みんなの様子を見ているだけでいい。
それと、みんなに指示を出したりとかしてあげて」
「でも、アジトへ行けば俺がやられるのは確実なんだぞ!」
そしてなおも癒しの笑顔のまま、優は言葉を返していく。
「それは大丈夫。 きっとみんなが、ユイのことを守ってくれるよ」
「そんなことさせたら、みんなに迷惑をかけちまうじゃねぇか」
「それでも、アジトへ行きたいんでしょ?」
「ッ・・・」
“アジトへ行きたい”という気持ちは確かに結人には残っているが“行っても戦力にならない自分は足手纏い”という事実が重くのしかかり、行動を移せずにいた。
そんな結人の気持ちを察しつつ、彼は続けて言葉を紡いでいく。
「みんなもきっと、ユイのことを待っているよ。 喧嘩はできなくても、ユイが近くにいてくれるだけでみんなは安心する。 リーダーっていうのはそういうもんさ。
外出許可も、今は普通に貰えるんでしょ? まぁ出かける理由は適当に書いて、今すぐに行ってきてよ」
「・・・でも」
そして優は隣にいる結人の背中を手で軽く前へ押しながら、優しい笑顔で言葉を放った。
「俺だって、みんなのことが心配なんだ。 歩けない俺が行くより、ユイが行った方が足手纏いにはならない。
みんなも今不安な気持ちでいっぱいだろうから、アジトへ行ってみんなを励ましてきてよ。 俺は一人で大丈夫。 ユイのことを信じて、ここで待っているから」
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