常世に捧ぐゲニタリア

きのこいもむし

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『蜂』

13、二日目①

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「道が……封鎖!?」

 殆んど悲鳴に近い俺の問い返しに、翠蛾テフは「そうなのよ」と困ったように薄い眉尻を下げた。

「小規模のものだったから、被害に遭ったお家や怪我人はいないのだけどね。今小宵や村の若い方たちで撤去作業に当たってもらっていて、車が通れるようになるには最低でも二週間くらいかかるんですって。だから朝陽ちゃん、道が復旧するまではおばあちゃんの家にいてね。朝陽ちゃんさえ良ければ、うちはいつまでもいてもらって大丈夫だから」

 そんな……!
 だって、時間が巻き戻る前はそんなことは起こらなかった!
 小宵だって、土砂の撤去じゃなくてビニールハウスの仕事に向かってたはずだ!
 なのに、なんで前回起こらなかったことが起こるんだよ!

「朝陽ちゃん、帰りは新幹線でしょう?うちのお電話貸してあげるから、チケットはキャンセルしておきなさいな。自然災害が理由なのだから、払い戻ししてもらえるわよ」

 ……俺か?
 俺が前回と違う行動を取ったから、未来が変わったのか?
 こういうの、SF系の作品で見たことがある。
 蝶の羽ばたきが竜巻を引き起こすみたいに、些細な変化が連鎖して結果として全体に大きな影響を起こすんだって。

「そうそう、昨日ご飯食べずに寝ちゃったから、お腹すいてるでしょう?お腹に優しいお粥さん作ったから、一緒に朝ごはんにしましょうか」

 お腹はとても空いている。
 恐る恐る顔を上げると、翠蛾テフが微笑んでいた。
 綺麗なひとだ。
 綺麗で、いい匂いのするひとだ。
 最初に出会った時よりも、ずっと強くそう感じている。
 美味しそうだな。
 彼女の血肉は一体どんな味がするんだろう。
 ──そこまで考えて、自分が食人を渇望していることに気付き愕然とした。

「さあ、朝陽ちゃん。そんなところに立ってないでこっちにいらっしゃいな」

 違うッ!そんなこと、俺は思ってない!
 口から滴りそうになる涎を拭って、俺は翠蛾テフから一歩距離を取った。

「朝陽ちゃん?」

「~~っっ!ご、ごめんッ!俺、行くとこあるからッ!!」

 翠蛾テフの返事も聞かず、俺は纏めていた荷物を引っ付かんで彼女の家から飛び出す。
 バス停の方まで走っていくと、トタン小屋の前には『この先通行止め』の看板が立てられていた。
 復旧のために麓の重機待ちで、今は翠蛾村の男手たちが総出でスコップで土の掻き出しをやっているところだそうだ。
 看板の周りには近所の住民らしき老人が何人か集まって、ああでもない、こうでもないと熱心に雑談の花を咲かせている。

「あんた、テフさんとこの孫かい?」

 知らない老人が親しげに話し掛けてきた。
 老人から翠蛾テフから漂うものと同じ匂いが立ち込めてきて、俺は咄嗟に息を止める。

「都会から来たんだって?たまたま里帰りしてる時に、運が悪かったねえ」

「ほお、お前さんが噂の。確かに小宵そっくりだなぁ」

「まあ山奥だからこういうこともたまにはあるって。開き直ってのんびりしていきなさい」

 続々と俺の周りに集まる美味しそうな老人たち。
 彼らから香る匂いが、せっかく一度は立て直した俺の理性にグラグラと揺さぶりをかけてくる。

「……っ、し、失礼します!」

 決死の思いで俺は彼らの匂いを振り切りバス停から逃げた。
 あれ以上あの場にいて食べ物・・・の匂いを嗅いでいたら、空腹感のあまり自分でも何をしてしまうか分からなかったから。
 泥跳ねも気にせず畔を駆け抜け、俺は石畳の道から村の下方を目指す。
 まだ完全に帰れなくなったと決まったわけじゃない。
 駐在所より先を下ったところにもうひとつ、古い吊り橋の道があるって小宵は言ってた。
 その道を使えば麓に降りられる!
 生い茂る橘の葉を掻き分け、前回小宵につれられてやってきた道なき道を辿る。
 ひとりで降りろと言われた場所よりも、もっと先にまでやってくると、確かに道は続いていた。
 続いていたのだが……、

「……うそ、だろ……」

 吊り橋が落ちて、道が途切れてる……!
 これじゃあ先に進めない。
 この村から出られない。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 この絶望的な状況で、追い討ちのように俺の腹が鳴った。
 思わずその場に膝から崩れ落ちる。
 俺また、あの大紫麻の血入りの料理を食べるのか?
 それでクボだってばれて、またあいつらにいいように弄ばれなきゃならないのか?
 そんなの嫌だ!もうあんな目に遭うのは絶対に嫌だ……!

「あれ?君は確か、朝陽くん?」

「ッ……!!」

 口から心臓が飛び出すんじゃないかと思った。
 俺が通ってきた道の方から、誰かがこちらに近付いてくる。
 見つかった、どうしよう、またあの匂いを嗅がされたら、今度こそ俺は狂ってしまうかも!
 申し訳程度に鼻と口を手で押さえて目を頑く瞑り、身体を縮めてビクビクとあの芳香の誘惑に身構えた。
 しかし、いつまでたってもあの匂いを感じることはなく、俺は恐る恐る目を開いて顔を上げた。
 
「やっぱり朝陽くんだ。こんなところに座り込んで、どうしたの?」

「あ、」

 俺の前に現れたのは、大紫麻でも翠蛾でもない。
 目を丸くしながら心配そうにこちらを覗き込んでくる、蜂宿スガレだった。
 蜂宿……!
 四人がかりで俺をマワして、腹に卵を植えつけた男の仲間……!
 あの時の恐怖を思い出してしまって、キャパオーバーを起こした俺の目からぼろぼろと勝手に涙が溢れた。
 蜂宿スガレはそんな俺を見て少し驚いたようだったが、何かを思い立ったように彼は俺の傍らに膝をついた。
 そして、自分の服が汚れるのも構わず彼は泥だらけになった俺の身体を軽々と抱き上げる。

「……ッ!?なっ、お、おろしてください!」

「ははっ、随分軽いな君。珠沙人よりも軽いんじゃないか?」

 ただでさえ向こうは体格がいいのだから、昨日から飲まず食わずの俺の抵抗なんかじゃびくともしない。
 蜂宿スガレは俺を抱えたまま、幼児をあやすみたきにその場でくるりと一回転した。

「詳しい事情はわからないが、泣いている子どもを放っておくことは出来ないな。うちにおいで。シャワーくらいなら貸してあげられるから」

 相手は翠蛾村の人間だ。
 誰だろうと信用なんかできるわけがなかった。
 でも、今さら翠蛾の家に帰るわけにも大紫麻家を頼るわけにもいかない。
 他にどこにも逃げ場なんてなかった。
 ……どっちみち、このままでいても仕方ない。
 シャワーだけ、シャワーだけ借りたらすぐに出ていこう。
 そう自分に言い聞かせて、俺はひとまず蜂宿スガレの家に着いていくことにした。


 翠蛾の家を古き良き日本家屋、大紫麻邸をクラシックな洋館と称するなら、蜂宿邸はレトロなログハウス風と呼ぶに相応しい御三家の中で一番現代的な造りをしていた。
 特にトイレが汲み取り式のぼっとん便所じゃなくて、おが屑と混ぜて排せつ物を自然分解させる『微生物トイレ』なる前衛的なシロモノが家の外に個別で設置されているのにはちょっと驚かされた。
 蜂宿家は大紫麻家より下方の山側に深く入り込んだ立地に位置しており、一帯を同じく蜂宿姓の家の人間と一緒に共同私有地として管理しながら養蜂業を営んでるらしい。
 隣家は家の周辺の目に見える範囲にはなく、湖畔の別荘コテージのようにある程度の間隔を開けて建てられているそうだ。
 中でも蜂宿スガレは、蜂宿姓を持つ家にとって首長的な役割を担う存在とのことだ。

「首長なんて大袈裟な。ただの共同事業上のチームリーダーだよ。多少の決定権があるだけで、別に偉くもなんともないから」

 本人はそういって謙遜するような素振りだったが、実態はどうなのか俺にはわからない。
 でも前回大紫麻の別邸に監禁されている時、そういえば姉弟の言い合いで何度か彼の名前が溢れ聞こえてきた気がする。
 確か、「クボを監禁なんかしたら、蜂宿スガレが黙ってない」って。
 前回俺が大紫麻に監禁されたことを、蜂宿スガレは知らされていなかったのか……?
 熱いシャワーを浴びると少し気持ちが落ち着いて、多少まともにものを考えられるようになってきた。
 貸し出された着替えのシャツとスボンは俺には大きかったので、袖と裾を二回ほど折り曲げる。
 一応すぐにでも逃げられるように自分の荷物をしっかりと抱えながら、俺は風呂場からあがった。

「シャワーありがとうございます。おかげでさっぱりできました」

「それは良かった。ちょうど紅茶を入れたところなんだ。うちで採れた蜂蜜を使って焼いたパウンドケーキもあるから、良かったら一緒にブランチをどうだい?」

 俺がシャワーを浴びている間に、蜂宿スガレはリビングにある木目調のテーブルの上にお茶とケーキの準備をセットしていた。
 運ばれている間に何度も腹の虫を鳴らしてしまっていたから、多分俺が空腹なのはもう完全にばれてる。
 テーブルの上からは蜂蜜の甘い香りが漂っていて、お腹が空きすぎたせいか俺の胃の底がキリキリと痛みを訴えてくる。
 パウンドケーキは生地がふんわりたまご色で、山型の表面に綺麗な焼き目がついていて、すごく美味しそうだ。
 でも……!

「あはは、やっぱり私みたいなおじさんが焼いたケーキなんか気持ち悪いかな?」

「ち、ちがいます。でも、あの、俺、その、……み、水が……」

「水?」

 水を飲むのが怖い。
 大紫麻立羽の血が入ってるかもしれないものを、これ以上身体の中に取り入れたくない。
 でも、何て伝えたらいいのかわからなくて下唇を噛んでいると、スガレ……さんは「ふむ」と顎を詰まんで何やら納得したように頷いた。
 そして彼は一旦リビングを離れ、キッチンからペットボトル一本を持ってくる。

「市販品だ。未開封なので、どうぞ」

「え?」

「井戸水に抵抗があるんだろう?うちの水はちゃんと濾過処理してから煮沸したものを使っているから問題ないと思うが、馴れない土地のものだと怖いものな。ピロリ菌とか」

 てっきり村の水を無理やり勧められると思ってたから、俺は拍子抜けしてしまった。
 手渡された500mlペットボトルは、コンビニとかでもよく見るメーカーのものだ。

「となると、手作り菓子なんかもあまり食べたくはないか。確か頂き物に個包装のカステラがあったから、そっちを出そうか」

「あ……、えっと、おかまいなく……」
 
 スガレさんはなんてことないといった様子で用意していたお茶と菓子を片付け、代わりにお土産でよく見るパッケージの銘菓のカステラで俺をもてなしてくれる。
 昨日の昼からなにも食べてなかった俺は、目の前の食糧をついに我慢できずに口に運んでしまった。
 ……普通においしい。
 翠蛾テフの手料理や大紫麻邸の麦茶みたいな目を見張るような美味しさじゃなくて、想像通りの普通のおいしさだ。
 水も、キャップを開けて匂いを確かめ、舌先でそーっと味を確かめる。
 ……これも普通の水だった。
 自分で思っていたよりも喉が渇いていたみたいで、気づけば一息で半分も飲み干してしまっていた。
 そんな俺を、向かい側の席に腰掛けたスガレさんが頬杖をつきながらまじまじと眺めている。

「よほどお腹が空いていたんだねぇ。家で食事は摂ってこなかったのかい?」

「は、はい……」

「そうか。察するに、クボの君としてはやはり過分に食欲を刺激される、大紫麻立羽の血液が混入してる水には抵抗があった、というところかな?」

「ッ!?」

 不意打ちの発言に、ごふッ!と俺は口に含んだ水を吹き出してしまった。

「おや、今のはそんなに驚くところだったかい?」

「な、へ?ぁ、は、なんっ、」

「ああ、蜂宿の人間にはね。一目見れば本能的に相手がクボかどうかが分かるんだ。昨日の夕方にスガリの部屋の前で会ったろ?君がクボであることはあのときから一目で気付いていたよ」

「……ッ!!」

 ばれた!蜂宿の人間にクボだってばれた!
 は、早く逃げないと、また無理やり卵を産み付けられる……!
 俺がよろけながらも席を立とうとした、その時。
 ガチャリとドアが開いて、着古したジャージ姿の珠沙人さんが部屋に踏み込んできた。
 
「おいスガレ、防火用の斧知らないか?燻煙器の予備と一緒に倉庫にしまってたと思ってたんだ、が、」

 目が合う。
 半口を開いたままの俺が反射的にお辞儀をすると、カァーーッと珠沙人さんの顔面が真っ赤に染まった。

「おかえり珠沙人。防火斧は知らないなぁ。誰か備品の使用履歴を書き漏らしたのかもな」

「な、なんでうちにこいつがいるんだよ……!」

「ああ、今朝ばったりそこで会ってね。折角だから一緒にブランチはどうかと誘ったのさ」

 スガレさんはおもむろに立ち上がり、珠沙人さんのすぐ傍までやって来る。
 そのまま彼の男にしては細い腰を抱き寄せ、俺に向かってニッコリと微笑んだ。

「どうやら朝陽くんは蜂宿である私を警戒しているみたいだが……この通り、私には既に永遠の愛を誓い合ったパートナーの珠沙人がいるんだ。蜂宿の人間として、私が君に無理やり卵を植えつけようだなんてことは億が一にでもあり得ないので、そこは安心してくれるといい」

 次の瞬間、俺は椅子から落っこちて逆さにひっくり返っていた。
 スガレさんは上機嫌で珠沙人さんに寄り添い、珠沙人さんは嫌そうに顔をしかめながらもそれを引き離そうとはしていない。
 こ、このふたりってそういう関係だったの?
 パートナーって、フィアンセ的な意味合いだったんだ!
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