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物語16
しおりを挟むその日のバイトは一日暗い気持ちで、仕方なかった。私を見ていたバイトの子が早速
「チーフどうしたんですか?表情が死んでいますが?」実はポチの容態が気になって仕事に熱が入らなかった。
仁志さんが貰ってきた薬のお陰で、ポチはだいぶ元気が良くなったのだが、まだ下痢は続いていた。
仁志さんも気にして後輩のに相談していたみたいだが、なんと言っても後輩は人間の薬学者だ。その彼が言うには「人間も動物も同じ物、だから人間の薬で良いはず。ただ分量が難しいという、また下痢にはそれなりに原因がありジステンパー、フィラリア、腎臓病、肝臓病、血液病などが理由で食欲不振におちいった犬におこる下痢などがあると言う」
ポチは以前ご飯もあまり食べなかったし、蚊取り線香も付けないで、表に繋ぎっぱなしだった。
そんなことを考えると(本当にポチは元気になるのだろうか?考えたくなかったが、もしポチに死なれたら、あたしは一人ぽっちになってしまう。そんな生活は寂しくて絶対に受け入れられない)と思った。
でも、そんなこと考えるの止めよう。まだ起きても居ないことで悩んでも仕方ない。ポチが元気になるように、努力すれば良いだけだ。
その日は一日、昨日の楽しかった事をわざと思い出して、気分を楽しにして仕事に集中した。
今日も昼は客が立て込み、大変忙しかった。はっきり言ってあまり忙しいと、気が逆立ってくる。スタッフの何でもない失敗に、つい大きな声で叱ってしまう。そんな後は自分自身、倉庫の陰でそっと気を納めるように努力した。
三時に客が暇なときに電話があった。
「チーフ大田さんという方から電話です」バイトの娘があたしを呼んでいる
「はいさくらです。昨日はお世話になりました」仁志さんの声を聞くと、今までの暗い気分がいっぺんに明るくなれた。
「ポチのことなだけど、また新しい薬を調合して貰ったから、今度持って行くよ」
「あー、いつもすみません。また後輩の方から頂いたのですか?」
「そうだよ。彼もすっかり獣医になったみたいだ」仁志さんは明るい声で笑っていた。
「あの、この前から気になっているんだけど、薬代どうしたら良いの?」
「あー薬代ね、別に要らないんじゃないか?彼にとってもポチは良い研究材料だ。モルモットと同じだよ。だからそれでポチが良くなれば、彼の研究も進むというわけさ、でも悪いから一度君の食事でもごちそうすれば良いんじゃないか」
食事をごちそうするくらいなら、たいしたことではない、それで済めばこんなに良いことはないはず。
「で、後輩の人は何が食べたいのかしら?そういえばお名前は何て言っていたかしら」
「あー彼は日本薬学大学院二回生の新庄進と言うんだ。今度一度連れて行くよ。いつくらいにする?今度の日曜でも言いかな?」
「今度の日曜ならちょうど良いわ、土曜日までの彼の好みを聞いておいて」と言うことで電話を切った。この電話で私に気分は一変し、仕事にも張り切れた。それと人間の薬が犬にも効くなんて、少し驚きだった。
これでポチが直ってくれたらと思うと、思わず笑顔に成れる。早速バイトの後輩達が来て
「チーフ、今度の日曜はおデートですか?」なんて言ってくる
「バカ、違うよ、仕事しろ、仕事」と叱ったが、顔自体は笑顔のままだった。
でも人間って不思議だ。あんなに気持ちが落ち込んでいたのに、仁志さんのたった一本の電話で気分ががらりと変わり、とても気楽に成れた。(仁志さんて安心出来る人)そう思った。
次の土曜日仁志さんからの電話で、新庄さんは野菜とお魚が好きだと伝えられた。土曜日仕事からの帰りに、スーパーによると、美味しそうなトマトとレタス、高知県の香美市産ニラ(少し高かった)広告にあった絶品卵を飼った。美味しそうな鮭も有ったが、魚は新鮮な方が良いと思い、明日買うことにした。
もうあたしに頭の中では、明日の夕飯の献立は出来ている。きっと喜んで食べて呉れるだろう。そして明日のために様々に用意した。
ポチの気分が良いらしく、表に出たかったようだったが
「また元気になたら散歩に行こうね」と頭をなでてやると、私の気持ちが分かるようで、段ボールの中に静かに寝ていた。
翌日曜日は晴天で風もそよそよと、気持ちよく吹いている。洗濯物もよく乾くだろう。
今日は仁志さんと新庄さんが、ポチの具合を見にくる。朝起きてポチにエサと薬をあげ様子をみたら、よく食べ元気も良いみたいだ。
早速部屋の掃除と洗濯物などをして、夕方来るお客さんに備えた。お客さんが来てもおかしくないように、ドロボーが心配だったが外に洗濯物を干し、風を当てれば昼までには乾くだろう。
窓もきれいに拭き、炊事場もきれいにしたし、トイレや風呂場もきれいにした。
こんな風にするとまるで主婦になったようで、めんどくささと綺麗になって気持ちが良いのと、なんか複雑な気持ちになった。
昼には昨日買わなかった鮭とキノコ類を買いにスーパーに行き、あれこれ選んで買った。買い物の時間はすぐに経つ、あっという間に五時になってしまった。早く帰らないと客が来てしまう。
今日のの献立は昨日買った香美市産ニラと絶品卵をニラ玉にして、夕方買ってきた鮭をホイル焼きにする。
まず鮭は塩こしょうして用意しておく、ホイルの中身はキャベツ、ニンジン、ブナシメジ、エノキタケ。全部ホイルに包みバターをのせ、オーブンで焼く。そのうち良いにおいがしてきたらできあがりだ。最初に作ったニラ玉と味噌汁はわかめとジャガイモ、それにご飯の献立だった。
夕方仁志さんとマル子ちゃん・新庄さんが来たので、まず新庄さんにお礼を言うと
「イヤまだ完治してないので」と言って、注射を一本打ってくれた。なんでも強壮剤と腸内のウィルスを除去する薬だという。
「これで明日には散歩にも行かれるでしょう」と言われホット安心した。
「あたしポチが元気になってくれないと、ひとりぽっちになちゃうんです。だからどうしても、ポチには元気になって貰わないと困るんです。」というと新庄さんが
「絶対にこれで大丈夫です。明日からは散歩にも行かれますよ」と言って呉れたので、ホッと安心出来た。(後エド聞いた話だと、医者は危ないと思っても、”絶対に大丈夫だ”と言うらしい、そうじゃないと患者が不安に成るという)
早速彼らにダイニングに上がって貰い、冷えたビールを出してから料理に掛かった。
「何もないけど、まずビールを飲んでいて下さい。お料理すぐ作ります」
「おい新庄、さくらに料理は本当に旨いんだ。また食べたいなんて言われてもそうそうご馳走は出来ないからな!」など自分で料理するわけでもないのに、勝手なことを言っている。
「済みませんいつも研究所でカップラーメンしか食べてないので、ご馳走になります」と食事を喜んでいるようだった。
私が料理をしている間、彼は犬たちと遊んでいた。そんな姿を横目で見て、私は安心して料理が出来た。きっと彼らはいい人なんだ。これなら安心!そう思った。
料理をしながら病気に事について話を聞いた。新庄さんの話では
昔の人は『寝薬」と言って、体の具合が悪いときはまず寝て直すらしい。人間でも犬でも体を休める事から、病気の治療が始まるらしい。
それからドクダミなど気持ちの悪い物を体の周りに巻いて、病原気を追い払い病気を治した。それを薬にしたと言う。(だから外服薬と言うらしい)
薬の歴史は古く、人間の歴史と同じくらいらしい。主に薬草から抽出した物を薬として使う。最近の飲み薬は体にの中で効果があるので、内服薬と言われる様になったと言う。
「新庄さんはすごく勉強しているんですね」あたしは思わず感心した。でもこの人がポチにおために薬を調合してくれたのだし、「明日から散歩にも行かれる」と言って呉れたので安心出来た。
テーブルの上に次々と出来たてのご馳走が並び、みんなで頂きますと言って食べ始めると、二人とも「旨い、これすごくおいしい、僕、魚好きなんだ」と新庄さんが歓声を上げて喜んでくれた。
「でも新庄さんはずいぶんと薬について勉強されているんですね」と薬に話しを向けると、
一八世紀後期のには当時のヨーロッパは産業革命で都市部に人口が集中し、伝染病の危険性が増大し、繊維産業における漂白・染色技術の発達によって、もたらされた化学的な知識が薬学にも導入されるように成ったと言う。
一七七六年にウィリアム・ウィザリングが、ジギタリスから強心剤を開発することに成功し、続いて一七九八年にはエドワード・ジェンナーが牛痘による天然痘治療の方法を開発したと話していた。
いわゆる東洋医学と西洋医学では発想がまるで逆で、東洋医学では体質自体を改善して病気を治していくのに対し、西洋医学は「毒をもって毒を制する」の例え通りで、さっき話ししたジキタリス自体は毒薬そのものなんだけど、それを旨く使うことで強心剤として使えるようになったらしい。
あたしには難しすぎて、新庄さんの話は半分も分からなかった。
でも新庄さんも久々の手料理に満足して、仁志さんとむさぼるように食べたので、あっという間に炊飯器の中のご飯がなくなってしまった。それでも六合のご飯を炊いたつもりだった、私一人なら三日分のご飯を、二人で一食の食事で平らげてしまった。
「ご免なさい、これ以上炊けるお釜がないの」と謝った。新庄さんはもっと食べたそうにして居たが、無い物は仕方無い。おかずも綺麗に食べ、作り甲斐があった。また今度用意しておくと約束して、新庄さんは
「済みません、こんなに美味しいご飯食べたことがなかったので、夢中で食べちゃった。すっかりお腹も膨れたし満足です。まだ続きの研究があるら今日は帰ります」と言って、また薬の研究のために帰って行った。新庄さんが帰ってから仁志さんに「ねえお金は払わなくて大丈夫だったかしら」と気にすると
「あーやはり十万くらいは払わないとまずいな」と仁志さんが言う。私は思わずびっくりして「十万なんてお金無いわよ」と驚いたら、仁志さんは笑いながら
「冗談だよ、さくらのあんな美味しい料理を食べさせたんだから、彼も文句は言わないし、あいつにもポチが実験材料成ったんだから大丈夫」と言って呉れた。
でもポチが元気になってくれれば、十万なんて安いかも知れない。
それにしても仁志さんは意地悪だ、人を脅かしといて自分ではへらへら笑っている。思わず憎たらしくなった。
ふとお風呂が沸かしてあることを思い出したが、お風呂を勧めようかと思ったが、まだ恥ずかしくてそこまで言えなかった。
「いきなりで悪いんだけどトイレ貸してくれない?」
「ああートイレならそこ、お風呂場の右よ」トイレから出てきた仁志さんは、ダイニングの奥にある部屋に興味を持ったようで
「こっちの部屋は何」と聞く、私は慌てて
「そこは開けちゃダメ」と行った。そこは寝室で布団が引いてある。
私はまだ彼と男女の関係になるつもりなど無いが、でも状況が状況なだけに、とても意識してしまい頬が赤くなるのが解った。
別に彼と期待していた訳でもないし、そうなるつもりもなかったが、悪い感じの人でもないし、もし関係が出来ても、避妊だけはちゃんとして貰うつもりだった。
仁志さんは何か悪いことをした子供のように、顔を赤くし「ごめんね」あたしも顔が赤くなるのが解り、恥ずかしさに何も言えなかった。
きっと彼はそこが寝室であることを、意識しだろう。
その晩は彼は何も言わず、そのまま帰って行った。ただ帰るときに一言
「行ってきます。明日の帰りは七時くらいかな、また美味しい物作てね」とまるで自分お家にでも帰るようなことを言って出て行った。
なんか仁志さんが帰ると体中の力が抜けたようで、へたへたとその場に座り込みしばらく動けなかった。
「あたし、どうしちゃったんだろう?」ポチのことを忘れ、自分で自分に問いかけていた。
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