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アカネ
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翼竜たちの向こうに、3頭に覆われ身を隠された少女の両足が見える。
「あのー! ここにいる数くらいでは、僕を殺せないと思いますよ?」
問いかけに答えず、少女は翼竜の隙間からすらりとした手を伸ばし、ユルの左側を指差す。炎が全面に広がった4両めの車両の上、15メートルほどの長さがある車両の8割を両翼で覆う、大翼竜が姿を現していた。
煉瓦色の首から上は鏃のような形、首の付け根付近まで裂ける口の縁から見える、隙間なく生えた鋭利な牙。
胴体、腕、足は発達した筋肉を纏い、尾と足は長い胴体とアンバランスなほどに短い。
両腕の後ろには桧皮色の皮膜が張られた5メートルほどの両翼。
皮膜以外の体表は一見して硬質かつ分厚いとわかる鱗に覆われている。
緋色に輝く、縦型の瞳孔。
(確かアレ……危険級だけど、めんどくさそうなのがいたな……)
舌打ちをし、ユルは棍を握り直した。
大翼竜は知能の高い獣だったはず。ともすると、あの意味不明な少女や翼竜たちを率いているのかも。
「オロロ、ロロロローゥ……」
車両から廃棄地に跳び降りた大翼竜の口が開かれ、その間から通った鳴き声が響いた。
それを合図にか、翼竜たちが鳴き声の主の元へと集まり、両翼を広げた大翼竜の背後に回り込む。
「アカネ。あの少年は貴女たちの手に余ってしまいます。無理はしないでください」
優しい口調だった。
大翼竜は少女を呼び寄せるように両翼を前へ振ってみせる。
「アカネ、こちらにおいで」
アカネと呼ばれた少女を呼び寄せる声に愛情と似た類の感情を感じ、ユルは眉をひそめている。
「いけません。不満かもしれないけれど、お前たちはアカネを守ってください。あの子は女の子です。人間の男の子に汚れた服を見せるのは恥ずかしいでしょう」
3頭の翼竜がアカネから飛び立つような仕草を見せていたが、大翼竜の一言ではたりと動きを止めた。
「――よしよし、いい子だね」
言いつけを守り、アカネの身に留まった3頭に対し、大翼竜が優しく言葉をかける。
「お前たち、よく聞いてください。私があの少年を追い払えなかった場合は、すぐにここでの食事を諦めて逃げなさい。教えた狩りの方法を守り、残っている皆で力を合わせて生き延びてください」
温和な口調とはそぐわない、感情の見えづらい緋色の瞳がユルを見据えた。
値踏みされているような感覚、ユルはその不快感で顔を歪める。
自分のほうに歩み寄るアカネを見届け、大翼竜が両翼を静かに開いた。
「少年、私の家族を殺したことを責めるつもりはありません。貴方が人間を守るのは当然です。同じ人間なのですから。その上でお聞きします。このまま、立ち去る気は……ありませんか?」
「いやいや、別に守ろうとしているワケじゃ……単なる成り行きです。成り行き。で、お互いに立ち去るのはどうですか? 正直、あなた達が去るなら、僕がここに留まる意味はそんなにないんです」
ユルの提案に対し、大翼竜は首を大きく横へ振って応える。
「私たち家族は、他の獣たちを避け、移動しながら生きています。親である私が支配域を持たないため、常に食事に困ろうと、そうするしかないのです。今回はアカネの力を借りられたおかげで、ようやく皆で十分な食事にありつけます……貴方が邪魔をしなければ」
まだ説得はしていないが、応じる気配は微塵も感じられないな。それに――家族、か。
ユルはゆっくりと目を閉じた。
獣に繁殖能力はなく、血縁という意味での家族は存在しない。獣が発生する瞬間を見たという話や文献はあれど、ごく一部の人間が偶然に目撃した、というだけで、信に足る情報としては捉えられていない。
そもそも、大翼竜と翼竜は違う獣であり、その点からも無理のある話ではあるが……
戦えばおそらく勝てるだろう。でも、単に力で解決して良い問題なんだろうか。
もし、アカネという少女が大電機車を乗っ取ったのだとしても。
手段はどうあれ、大翼竜たちにとっては家族を食べさせるための狩りでしかなく、自然の摂理と言えなくもない。
ユルは決定的な応えを出せずに苛立ち、舌打ちをする。この間にアカネは大翼竜の皮膜の下へ移動し、皮膜に触れて小さく呟いた。
「──トリスちゃん、ごめん」
「アカネが謝ることはありません。狙った大電機車にどんな人間が乗っているか、わかるものではありませんから――貴方を拾った私が、支配域を持てるほどに強ければ、誰も死なずに済みました……」
「あのー! ここにいる数くらいでは、僕を殺せないと思いますよ?」
問いかけに答えず、少女は翼竜の隙間からすらりとした手を伸ばし、ユルの左側を指差す。炎が全面に広がった4両めの車両の上、15メートルほどの長さがある車両の8割を両翼で覆う、大翼竜が姿を現していた。
煉瓦色の首から上は鏃のような形、首の付け根付近まで裂ける口の縁から見える、隙間なく生えた鋭利な牙。
胴体、腕、足は発達した筋肉を纏い、尾と足は長い胴体とアンバランスなほどに短い。
両腕の後ろには桧皮色の皮膜が張られた5メートルほどの両翼。
皮膜以外の体表は一見して硬質かつ分厚いとわかる鱗に覆われている。
緋色に輝く、縦型の瞳孔。
(確かアレ……危険級だけど、めんどくさそうなのがいたな……)
舌打ちをし、ユルは棍を握り直した。
大翼竜は知能の高い獣だったはず。ともすると、あの意味不明な少女や翼竜たちを率いているのかも。
「オロロ、ロロロローゥ……」
車両から廃棄地に跳び降りた大翼竜の口が開かれ、その間から通った鳴き声が響いた。
それを合図にか、翼竜たちが鳴き声の主の元へと集まり、両翼を広げた大翼竜の背後に回り込む。
「アカネ。あの少年は貴女たちの手に余ってしまいます。無理はしないでください」
優しい口調だった。
大翼竜は少女を呼び寄せるように両翼を前へ振ってみせる。
「アカネ、こちらにおいで」
アカネと呼ばれた少女を呼び寄せる声に愛情と似た類の感情を感じ、ユルは眉をひそめている。
「いけません。不満かもしれないけれど、お前たちはアカネを守ってください。あの子は女の子です。人間の男の子に汚れた服を見せるのは恥ずかしいでしょう」
3頭の翼竜がアカネから飛び立つような仕草を見せていたが、大翼竜の一言ではたりと動きを止めた。
「――よしよし、いい子だね」
言いつけを守り、アカネの身に留まった3頭に対し、大翼竜が優しく言葉をかける。
「お前たち、よく聞いてください。私があの少年を追い払えなかった場合は、すぐにここでの食事を諦めて逃げなさい。教えた狩りの方法を守り、残っている皆で力を合わせて生き延びてください」
温和な口調とはそぐわない、感情の見えづらい緋色の瞳がユルを見据えた。
値踏みされているような感覚、ユルはその不快感で顔を歪める。
自分のほうに歩み寄るアカネを見届け、大翼竜が両翼を静かに開いた。
「少年、私の家族を殺したことを責めるつもりはありません。貴方が人間を守るのは当然です。同じ人間なのですから。その上でお聞きします。このまま、立ち去る気は……ありませんか?」
「いやいや、別に守ろうとしているワケじゃ……単なる成り行きです。成り行き。で、お互いに立ち去るのはどうですか? 正直、あなた達が去るなら、僕がここに留まる意味はそんなにないんです」
ユルの提案に対し、大翼竜は首を大きく横へ振って応える。
「私たち家族は、他の獣たちを避け、移動しながら生きています。親である私が支配域を持たないため、常に食事に困ろうと、そうするしかないのです。今回はアカネの力を借りられたおかげで、ようやく皆で十分な食事にありつけます……貴方が邪魔をしなければ」
まだ説得はしていないが、応じる気配は微塵も感じられないな。それに――家族、か。
ユルはゆっくりと目を閉じた。
獣に繁殖能力はなく、血縁という意味での家族は存在しない。獣が発生する瞬間を見たという話や文献はあれど、ごく一部の人間が偶然に目撃した、というだけで、信に足る情報としては捉えられていない。
そもそも、大翼竜と翼竜は違う獣であり、その点からも無理のある話ではあるが……
戦えばおそらく勝てるだろう。でも、単に力で解決して良い問題なんだろうか。
もし、アカネという少女が大電機車を乗っ取ったのだとしても。
手段はどうあれ、大翼竜たちにとっては家族を食べさせるための狩りでしかなく、自然の摂理と言えなくもない。
ユルは決定的な応えを出せずに苛立ち、舌打ちをする。この間にアカネは大翼竜の皮膜の下へ移動し、皮膜に触れて小さく呟いた。
「──トリスちゃん、ごめん」
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