竜王の花嫁

桜月雪兎

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第一章

9、竜王の身内

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 いつまでも見つめあっていそうなアリシアとルドワードに気づかせるためにディスタは咳払いをした。
 気づいたアリシアは頬を染めてルドワードから一歩離れた。
 ルドワードは迷惑そうな顔をしてディスタを見た。
 ディスタはそんなルドワードの視線もどこ吹く風との様に微塵にも感じていなかった。
「竜王、そこまでにしてください。今後の話を」
「もう少しいいだろう」
「ダメです!式等の話もあります。ルーク殿がいるうちに話をまとめたいと思います」
「そうですね、わが王も式には出席します故すぐにでも話を持ち帰りたいと思います」
「意地が悪い」
「なんとでもおっしゃってください」
 ルークも仕事モードに入ってしまったのでルドワードも仕方なく仕事の体勢に入った。
 しかし、全員が仕事の体勢に入ってしまったのでアリシアは身の振り方が分からず、とりあえずルドワードの後ろに控えた。
 それに気づいたディスタが苦笑した。
「とりあえず、場所を移動しませんか?このまま話をするのもどうかと思いますし、盟友国であるユーザリア大国の宰相殿をいつまでも膝をつかせるわけにもいきません。花嫁様にもご出席していただきたいので」
「あ、はい。分かりました」
「そうですね、ここでは落ち着いて話し合いもできません」
「では、第一会議室に案内します」
 ディスタの案内でアリシアたちは第一会議室に向かった。その際ディスタはアルシードにリリアたち侍女をアリシアの部屋まで案内させるようにし、他のドラグーン兵たちはユーザリア兵たちと隊の休憩所に向かった。

 第一会議室に向かっている際、壁に寄りかかっている人物がいた。
 ルドワードと同じ竜の亜人ウェアドラゴンだがその髪は濡れ羽色のルドワードと違い、その人物は赤茶色の髪をしており、瞳は金色で鋭く目つきが悪い。
 その人物に近づくにつれ、アリシアは怖くなった。その瞳が良くない感じがしたからだ。
 ディスタはその人物の前で止まった。それは壁に背をつけていたその人物が道をふさぐようにディスタの前に来たからだ。
「スカルディア様、そこをお退きください。お客人の御前ですよ」
「いつから客の方が偉くなったんだ?ディスタ」
「少なくとも花嫁様は貴方様より立場は上です。竜王の正妃になるお方です」
「ほぉ~、これがユーザリア大国から贈られてきた兄貴の『花嫁』か」
「不躾です!スカルディア様!!」
 アリシアはルークやディスタたちの後ろに隠れた。見下したように見るスカルディアが怖った。
 ルークはアリシアをスカルディアの視界に入れないように隠した。ジャックスはこの成り行きを見守ることにした。
 彼が最優先に守るべき相手はアリシアであると判断したからだ。
「はっ、兎の亜人ウェアラビットであるお前の後ろに隠れるとは花嫁は仔兎のようだな」
「お言葉をお慎み下さい。私が気に入らないのならそれでいいですが花嫁様を侮辱するようなことは貴方様でも許されませんよ」
「偉そうな!兄貴の腰巾着のくせに!!」
「何とでも言ってください。王族としての振る舞いを整え、責務を全うしてから物言いしてください。現状の貴方様を認めることはできません」
「ぐぬぬぬぬぬ!」
 ディスタとスカルディアの言い合いは一向に収まる気配がなかった。ルークはこの状況の打開策を検討していたが何も浮かんでこなかった。
 相手は竜王の弟、むやみに他国が手を出していい相手でも問題でもなかった。
 それにアリシアのこともある。アリシアは心配そうにしながらもスカルディアが怖いため声をかけれないでいた。そんな時アリシアとルークの視線がぶつかった。
「あのお方はどなた様ですか?」
「あれは竜王の弟であるスカルディア・グザル・ドラグーン殿です。成人はしているようですがいまだに役職についていないようですね」
「怖い方ですか?」
「アリシア嬢が怖く感じたのなら正しいと思いますよ。学才はなく武力主義で竜王の座を狙っています」
「そうなんですか?」
「ええ、ですが統治能力がなければ王として成り立ちません。わが王や竜王がどんな素を持っていても切り替えができ、しっかりとした統治能力や貿易能力、人望等があるからできるのです」
「はい。ですが国王陛下もルド様もとてもいい方ですよ?」
「……アリシア嬢はそのままでいてください」
「え?あ、はい」
 ルークはアリシアの言葉に目を見開いた。もちろん、悪い意味ではない。その証拠にルークは微笑んでいた。人をしっかりと見極めれるアリシアは好ましかった。
 シリウスもルドワードも悪くはない。どちらかと言えば人がいいのだ。市井にいれば騙されかねないほど本当に人がいいのだ。
 だからこそルークやディスタ、ジャックスたちが彼らが騙されないように相手を疑ってかかる傾向になる。
 アリシアのように人を見極められ、それを肯定的に受け入れられる人材は本当に貴重なのだ。国を治める者としては安らぎになる。心の平安を与えられる可能性があるアリシアを友人であるルドワードに嫁がせれる事をルークは本当に良かったと思っている。
 それはルドワードにしてもアリシア自身にしてもだ。
 だが今は目の前の現状を打破することだ。そうしているとルークたちの正面、第一会議室のある方からある人物がやってきた。その人物を確認してルークとアリシアは安堵した。
「何をしている」
「兄貴!」
 ディスタたちが身動きできないでいると先に王族用の通路から第一会議室に向かい、ディスタたちの到着を待っていたルドワードが待ちくたびれてやってきた。
 スカルディアはルドワードの登場に嬉しそうな顔をした。
 ルドワードはスカルディアの横を通り過ぎ、ルークの後ろに隠れているアリシアの方に向かった。アリシアはルドワードが来たことに嬉しくなり、そばに駆け寄った。
 そしてアリシアは見てしまった何も声をかけられずに横を通り過ぎられたスカルディアの悔しそうな、寂しそうな、辛そうな顔を。
「なかなか来ないから心配したぞ」
「すみません」
「いい、わが愚弟の仕業だろう」
 ルドワードは近寄ってきたアリシアの頭を撫でた。それにアリシアは頬を染めた。
 アリシアが無事であることを確認したルドワードはスカルディアと向き合った。アリシアを後ろにかばって。ディスタもルドワードの後ろに控え、いつでもアリシアを守れるように体勢を整えた。
「スカル、どういうつもりだ。今日は西地区の害獣討伐の任に就かせていたはずだが?なぜいまだにここにいる?」
「あんなのは俺の仕事じゃないぜ、兄貴。兵たちだけでどうにかできる」
「お前に指揮をとらせていたはずだが?」
「ああ、だから言ってやったぜ。好きに暴れて来いと。もちろん土地や民に害は与えるなって言い聞かせてな」
「話にならんな。自らの責務も果たせないとは」
「ぐっ!」
 ルドワードはスカルディアを見下したように見た。もちろんそれは演技だ。いくら出来の悪い弟でもルドワードには家族なのだ。それは国民や国と同様守るべき対象だ。
 だが今はスカルディアより守るべき存在が近くにいるからルドワードはこれ以上の争いにならないように様子を見ながら対峙した。もちろん守るべき相手とはアリシアのことだ。
 そんな中アリシアはルドワードのことを心配そうに見ていた。アリシアにはルドワードが本当にそんなことを言いたいわけでもそんな態度をとりたいわけでもないのが分かったからだ。
「先に生まれたからって偉そうにするな!」
「偉そうにしているわけではない。お前が聞き分けがないからだ」
「それは兄貴が…兄貴が!」
「今日はわが花嫁を迎える日、礼節も整わないお前を合わせるのは時期早々だと判断した。自らの言動を…」
「ルド様」
「ん?なんだ?」
 アリシアはルドワードのそばでスカルディアを見ていてある事に気づいた。もしそれが正しいのならこんな問答は必要ない、アリシアはそう思った。
 アリシアが言葉を止めるとは思っていなかった面々は驚いた。
「ルド様、そのようにお怒りにならないでください」
「だが」
「スカルディア様はルド様にかまって欲しかったんですよね?」
「なぁ?!」
「責務で忙しいルド様にかまって欲しかったからそういうことをなさったんですよね?」
「ち、ちが!!」
「ですが、きちんと責務を全うした方がルド様は嬉しいと思いますし、かまってもらえると思いますよ?」
「ち、違う!違うったら違うからな!!」
 スカルディアはアリシアに言い当てられて恥ずかしくなって去っていった。
 アリシアにも幼いころ誰かにかまって欲しくてわがままを言った経験がある。だが、もちろん『恥さらし者』であったアリシアのそんな思いは実現することはなかった。
 そして同じことをしているリーナをアリシアは見たことがあった。結果はもちろんリーナの言うことは聞いてもらえていた。
 だからアリシアはスカルディアがルドワードにかまって欲しくてしていると思った。そうしたら自分の見たものが納得できたからだ。
 だがそんな風に思っていなかったルドワードやディスタたちは面食らっていた。ルークでさえそんな考えに至らなかったのだ。 
「アリシア嬢、つかぬ事を伺いますが、なぜスカルディア殿の言動をそのように判断したのですか?」
「俺にも聞かせてくれ」
「お願いいたします」
「はい」
 アリシアの考えはこうだった。

 ディスタに反抗した際兄であるルドワードのことを悪く言わなかった。本当に竜王の座を奪う気ならルドワード自身から悪く言うはずだからだ。
 言い返せなかった時ディスタのことを『腰巾着』と言っていた。それはそばに居られる事が羨ましかったからではないかとアリシアは判断した。
 またアリシアを見た時その瞳は品定めするような感じがした。兄の『正妃』になるのに相応しいか判断しようとした感じだ。
 ルドワードが来た際スカルディアは一瞬嬉しいそうな顔をしたが横をそのまま通り過ぎられたことに悔しそうにしていた。ルドワードに『責務を果たせない』と渋い顔をされた時少し辛そうな顔をしていた。
 だからアリシアはスカルディアがただ兄であるルドワードにかまって欲しかっただけだと判断したのだ。

 アリシアの考えを聞いて面々は少々腑に落ちないところがあったがその後のスカルディアの去り方からその判断が正しいことは見て取れた。
「スカルがそう思っていたとは」
「お忙しいのは分かっていましても寂しいのには変わりありませんよ」
「しかし、アリシア嬢は人を見極められますね」
「実は私にも経験がありました。何かをして相手に自分を見てもらおうとしたことが……まぁ、失敗に終わったのですが」
「そうか……俺も気をつけよう。シアやスカルを悲しませたいわけじゃない」
「はい……宰相様」
「はい?」
 アリシアはルークの方を見た。最初に自分が感じたことやルークに聞いたことの意味が分かったのでそれを伝えようと思ったのだ。
「私、最初スカルディア様を怖いと感じました。でもそれは違っていました。怖かったのはあの見方が嫌なことを思い出すからでした」
「そうですか」
「はい。私、スカルディア様とも仲良くなりたいと思います!ルド様同様いい方と思いますから」
「アリシア嬢の思うとおりにされたらいいのではないですか?ルドが許すのなら」
「俺は賛成だ。正妃と弟の仲が悪いのはよくない」
「はい!」
 アリシアは嬉しそうに返事をした。それを見たルドワードも優しく微笑み、アリシアの頭を撫ぜた。
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