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第一章
11、中庭
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ルークとディスタが話をしている頃、ルドワードに自室へと案内されているアリシアがふと横に視線を向けるとそこには月光を浴びて優しく輝いている中庭があった。それに見惚れてアリシアは足を止めた。急に止まったアリシアにルドワードは首を傾げた。
「シア?」
「ルド様、少々寄り道をしてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
ルドワードはアリシアが中庭を見ている事に気づいた。そしてアリシアの願いを了承した。
ルドワードは再度アリシアの手を取り、中庭を案内した。月光に照らされた色とりどりの花々にアリシアは感動していた。
アリシアが幽閉されていた塔から見えるのは林だけで花はほとんどなかった。アリシアを憐れむ者も愛しむ者もいなかった。ゆえにアリシアの望むモノは側になかった。
手の届くところに様々な花があるのはアリシアにとって本当に久しぶりのことだった。
アリシアは中庭をルドワードと一緒に歩いた。そして一つ一つの花に触れ、愛でた。
「花は好きか?」
「好きです。でも、長いこと触れれなかったので」
「触れれなかった?」
「はい……ルド様」
「ん?」
アリシアは花からルドワードに視線を戻した。そしてどうしても知りたかったことを意を決して尋ねた。
「ルド様はユーザリア大国からくる花嫁がどのような方か知っていたのですか?」
「シア」
「教えてくださいませ」
「……分かった」
アリシアのすがるような瞳を見てルドワードは質問に答える事にした。もちろん望むのなら答えないはずがないがすがるような瞳がルドワードには気になった。
ルドワードは中庭の中央にある東屋にアリシアを連れて行った。そこは淡く優しい月光に照らされつつも明るく、周りが見通せる場所であった。中庭にある花のほとんどが見渡せる場所だ。
東屋にあるベンチにアリシアを座らせ、その隣にルドワードも座った。
もう夜半の為長時間外にいるのは肌寒い。ルドワードはアリシアに自分の羽織っているマントを肩にかけた。アリシアはルドワードのその優しい行為に戸惑った。
「ルド様!いけません、冷えます」
「俺は大丈夫だ。竜の亜人は寒さにも暑さにも丈夫だ。人は脆い、風邪をひいてしまってはいけない」
「ルド様」
「羽織っておけ……話は少し長くなるかもしれない」
「はい」
アリシアはルドワードの好意に甘えた。アリシアがユーザリアにいた時では考えられないことだ。アリシアはルドワードがこうして気にかけ、優しく触れてくれることに喜びを感じつつも戸惑いや恐怖があった。
戸惑いは今までそのように接してくれる者がいなかったためにどこまでが許されるのか判断がつかないからだ。見極めが出来ずにルドワードに不快感を感じさせないように、そして嫌われたくないからだ。
恐怖はそれが有限であり、必ずしもアリシアが手にしていたわけではないからだ。
アリシアではない『誰か』が選ばれていればそれはその『誰か』になっていたはずだと思うからいつか失くすことが怖いのだ。そう、父親がアリシアを『恥さらし者』としか見なくなったように。
だからアリシアは知りたいのだ。それが『誰か』ではなく『アリシア』であって欲しいから、失くすものではないと信じたいから。
ルドワードは初めてアリシアが好意を抱いた相手で嫌われたくないのだ。
アリシアにとってこの婚儀が国同士のもので自分の意思は関係ない『竜王』に、ひいては『ドラグーン大国』に嫁ぐと思っていたように、ルドワードも『ユーザリア大国の花嫁』を娶ると思っていて、その相手にもこのように接していたのかが知りたいのだ。
アリシア自身も気づかない程だがそこには自分であって欲しい、『誰か』ではなく『アリシア』であって欲しいという思いがある。
アリシアに小さな小さな『嫉妬』と云う感情が芽生え始めていた。
ルドワードにもそのような事は分からないがアリシアの様子がおかしいのは何となく感じ取っていた。だからしっかりと答えようと判断したのだ。
「シアが聞きたいのは花嫁がどんな相手か知っていたかだったな?」
「はい……どのように聞いていたのですか?」
「何も」
「え?」
「何も聞いていなかった。シルはただ『花嫁』が決まったとだけ連絡してきた」
「そ、それだけなのですか?」
「ああ」
アリシアは驚いた。少なくともなにかは情報が入っているはずだと思っていた。少なくとも自分の生家のことぐらいは。
「ルーからは伯爵家令嬢だとは聞いた……シルがあまり話さなかったからルーが怒ってな、通信先で口喧嘩された時は困った」
「はぁ?そうなのですか?」
「ああ」
アリシアはルークとシリウスのことに開いた口がふさがらなかった。それを見たルドワードは苦笑した。通信中に口喧嘩と言うかルークがシリウスを怒り始めた際は本当に困ったのだ。それを思い出してしまった。
そしてアリシアは何も聞いていなかったということはやはり『アリシア』ではなく『誰か』でも同じように接していたと思い、暗い顔をした。
ルドワードは急に暗い顔をしたアリシアに驚いた。
「どうした?」
「ルド様」
「なぜ、そのように暗い顔をする?何か気に触る事を言ったか?」
「違います……違うのです、ルド様は悪くありません」
アリシアはその瞳に涙をためながら『違う』という。だがルドワードにはそうは思えなかった。ここに来たばかりで、出会ったばかりだがルドワードはここに来た『花嫁』がアリシアでよかったと思っている。
厄介者のように思われている弟のこともまっすぐ見てくれ、人間と違う自分たちを当たり前のように受け入れてくれるそんなアリシアでよかったと思っている。
もちろん『花嫁』であれば節度を持って誠実に接するつもりであった。だがアリシアだからこそ、そのままの自分を見せる事にしたのだ。
竜の亜人の探知能力は高い、それこそ相手がどのように思っているかわかるほどだ。
まぁ、わかると言っても『悪意』、『好意』、『疑念』、『邪心』などと言った大まかなのが分かる程度だ。だがそれが分かるのと分からないのとではだいぶ違う。
「シア」
「すみません……違うのです、ルド様が悪いわけでは」
「シア、俺は怒っていない。ただ知りたいのだ。シアが今、何に涙を流しているのか、何を思っているのか……教えてくれ」
「……はい」
ルドワードは静かに涙を流すアリシアの目元をぬぐった。ルドワードの優しさに胸を締め付けられるような、温まるような感じがアリシアはしていた。
アリシアは素直に自分のことを話した。今、自分が何を思っているのかを。
「ルド様は『花嫁』について何も聞いていなかったと言われました」
「ああ」
「ですが『花嫁』を大事になさると話されていたと隊長さんたちから聞きました」
「ああ」
「それは『花嫁』が私ではなくても同じだということですよね?」
「……」
「私でなくても『花嫁』であれば大事になされたということで……あのように接していたということですよね?」
「シア」
ルドワードにはアリシアが何が言いたいのかなんとなく分かった。それと同時にアリシアのことを可愛く思った。
それは花嫁が『アリシア』であり、他の『誰か』であって欲しくないということだ。そう思ってくれることがルドワードには嬉しかった。
「シア、よく聞いて欲しい」
「はい」
「俺はシアだからすぐに素を見せたんだ」
「私だから…ですか?」
「もちろん、いくら『花嫁』を大事にすると言っても出会ったばかりだ。そんなことはできない」
「はい」
「だが、シアだから見せた。シアなら俺がどんなのでも受け入れてくれる気がしたからだ」
「ルド様」
「シア、俺はシルからこう言われた。『花嫁』は決まった、だが相手のことは自分自身で知って欲しいと、悪い子ではないが複雑な思いをしてきた子だから、自分から話してくれるのを待って欲しい、自分の瞳で見て判断して欲しいと」
「国王陛下が」
「ああ、そしてルーもな」
「宰相様も」
アリシアは驚いてばかりだった。シリウスやルークがそんな風に言っていたとは思わなかった。
ルドワードはアリシアの頭を撫ぜた。
「すぐでなくていい。シアが話したくなったら話して欲しい。だがこれだけは知っていてくれ」
「ルド様?」
「俺は『アリシア』だから今こうしている。どんなに誠実に接しようとも相容れない者では無理だ。シアだからこうして愛称で呼びあいたいし、望みを叶えたいと思う」
「ルド様」
「それだけは疑わないで欲しい。俺は花嫁が『誰か』ではなくシア、『アリシア』がいいのだ」
「はい、はい!ルド様…私も竜王が『ルドワード』様でよかったです」
「ああ」
ルドワードはアリシアを強く抱きしめた。アリシアはルドワードの胸で静かに泣いた。
初めて感じた恐怖を拭い去ってくれたルドワードに縋りついた。アリシアは本当に竜王が『ルドワード』でよかったと思った。
ルドワードはアリシアが泣き止むまで抱きしめ、その背中を優しく撫でた。アリシアが落ち着くように。
アリシアが落ち着くとその手を引いてアリシアに割り振った自室に案内した。
それを二階の窓からルークは見ていた。目に入ったのは偶然だった。明るい月を見ようとして中庭にいる二人を見つけた。
ルークには二人の会話は聞こえないが明るい月光のおかげで様子はうかがえた。もしもの時は間に入ろうと思っていたがそんな心配は無用だった。二人は互いにしっかりと手を取り合っていた。
「仲が良くなるのはいいのですが……思ったより進展が早そうですね」
「これは……ユーザリア大国の宰相殿」
「……ああ、確か昼間にお会いしました侯爵殿」
「アルジャス・グレンハードです」
「夜分遅くにどうかされましたか?」
「それは私の方です。このような夜分に一人で歩かれてはあぶのうございますぞ」
「いえ、話し合いが今しがた終わりまして、さすれば月が見事に美しかったので」
「確かにそうですな」
「では、月も愛でました故お暇させてもらいます」
「ええ、お休みなさいませ」
ルークは急に現れたアルジャスをかわしつつ、部屋に戻った。アルジャスにアリシアとルドワードの姿は見えていなかったがなるべく視界に入れないように注意しながら戻った。
アルジャスはルークが離れてから中庭を見たが何もないため鼻を鳴らしてその場を離れた。
***
アリシアを自室に案内するとリリアたちがいた。さすが王宮に仕えていた侍女で礼節がちゃんとしていた。
「ルド様、送ってくださり、ありがとうございました」
「いや、いい。ゆっくり休め」
「はい」
「お休み」
「お休みなさいませ」
ルドワードが出ようと向きを変えるとミナが扉を開け、全員がお辞儀をした。ルドワードはそのまま外に出た。
しばらくすると着替えを手伝いつつ、仲良く話をしているのが聞こえた。ルドワードはそれが微笑ましかった。気心が知れる者が側にいる事は安心しているからだ。
アリシアの就寝の準備が終わるとリリアたちも退出し、隣に用意されたリリアたちの部屋に戻った。それは来たばかりのアリシアが寂しく思わないようにとルドワードたちが考えてそうしたのだ。
アリシアはベッドに横になると疲れているためかすぐに眠りについた。その寝顔はとても嬉しそうに微笑んでいた。
「シア?」
「ルド様、少々寄り道をしてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
ルドワードはアリシアが中庭を見ている事に気づいた。そしてアリシアの願いを了承した。
ルドワードは再度アリシアの手を取り、中庭を案内した。月光に照らされた色とりどりの花々にアリシアは感動していた。
アリシアが幽閉されていた塔から見えるのは林だけで花はほとんどなかった。アリシアを憐れむ者も愛しむ者もいなかった。ゆえにアリシアの望むモノは側になかった。
手の届くところに様々な花があるのはアリシアにとって本当に久しぶりのことだった。
アリシアは中庭をルドワードと一緒に歩いた。そして一つ一つの花に触れ、愛でた。
「花は好きか?」
「好きです。でも、長いこと触れれなかったので」
「触れれなかった?」
「はい……ルド様」
「ん?」
アリシアは花からルドワードに視線を戻した。そしてどうしても知りたかったことを意を決して尋ねた。
「ルド様はユーザリア大国からくる花嫁がどのような方か知っていたのですか?」
「シア」
「教えてくださいませ」
「……分かった」
アリシアのすがるような瞳を見てルドワードは質問に答える事にした。もちろん望むのなら答えないはずがないがすがるような瞳がルドワードには気になった。
ルドワードは中庭の中央にある東屋にアリシアを連れて行った。そこは淡く優しい月光に照らされつつも明るく、周りが見通せる場所であった。中庭にある花のほとんどが見渡せる場所だ。
東屋にあるベンチにアリシアを座らせ、その隣にルドワードも座った。
もう夜半の為長時間外にいるのは肌寒い。ルドワードはアリシアに自分の羽織っているマントを肩にかけた。アリシアはルドワードのその優しい行為に戸惑った。
「ルド様!いけません、冷えます」
「俺は大丈夫だ。竜の亜人は寒さにも暑さにも丈夫だ。人は脆い、風邪をひいてしまってはいけない」
「ルド様」
「羽織っておけ……話は少し長くなるかもしれない」
「はい」
アリシアはルドワードの好意に甘えた。アリシアがユーザリアにいた時では考えられないことだ。アリシアはルドワードがこうして気にかけ、優しく触れてくれることに喜びを感じつつも戸惑いや恐怖があった。
戸惑いは今までそのように接してくれる者がいなかったためにどこまでが許されるのか判断がつかないからだ。見極めが出来ずにルドワードに不快感を感じさせないように、そして嫌われたくないからだ。
恐怖はそれが有限であり、必ずしもアリシアが手にしていたわけではないからだ。
アリシアではない『誰か』が選ばれていればそれはその『誰か』になっていたはずだと思うからいつか失くすことが怖いのだ。そう、父親がアリシアを『恥さらし者』としか見なくなったように。
だからアリシアは知りたいのだ。それが『誰か』ではなく『アリシア』であって欲しいから、失くすものではないと信じたいから。
ルドワードは初めてアリシアが好意を抱いた相手で嫌われたくないのだ。
アリシアにとってこの婚儀が国同士のもので自分の意思は関係ない『竜王』に、ひいては『ドラグーン大国』に嫁ぐと思っていたように、ルドワードも『ユーザリア大国の花嫁』を娶ると思っていて、その相手にもこのように接していたのかが知りたいのだ。
アリシア自身も気づかない程だがそこには自分であって欲しい、『誰か』ではなく『アリシア』であって欲しいという思いがある。
アリシアに小さな小さな『嫉妬』と云う感情が芽生え始めていた。
ルドワードにもそのような事は分からないがアリシアの様子がおかしいのは何となく感じ取っていた。だからしっかりと答えようと判断したのだ。
「シアが聞きたいのは花嫁がどんな相手か知っていたかだったな?」
「はい……どのように聞いていたのですか?」
「何も」
「え?」
「何も聞いていなかった。シルはただ『花嫁』が決まったとだけ連絡してきた」
「そ、それだけなのですか?」
「ああ」
アリシアは驚いた。少なくともなにかは情報が入っているはずだと思っていた。少なくとも自分の生家のことぐらいは。
「ルーからは伯爵家令嬢だとは聞いた……シルがあまり話さなかったからルーが怒ってな、通信先で口喧嘩された時は困った」
「はぁ?そうなのですか?」
「ああ」
アリシアはルークとシリウスのことに開いた口がふさがらなかった。それを見たルドワードは苦笑した。通信中に口喧嘩と言うかルークがシリウスを怒り始めた際は本当に困ったのだ。それを思い出してしまった。
そしてアリシアは何も聞いていなかったということはやはり『アリシア』ではなく『誰か』でも同じように接していたと思い、暗い顔をした。
ルドワードは急に暗い顔をしたアリシアに驚いた。
「どうした?」
「ルド様」
「なぜ、そのように暗い顔をする?何か気に触る事を言ったか?」
「違います……違うのです、ルド様は悪くありません」
アリシアはその瞳に涙をためながら『違う』という。だがルドワードにはそうは思えなかった。ここに来たばかりで、出会ったばかりだがルドワードはここに来た『花嫁』がアリシアでよかったと思っている。
厄介者のように思われている弟のこともまっすぐ見てくれ、人間と違う自分たちを当たり前のように受け入れてくれるそんなアリシアでよかったと思っている。
もちろん『花嫁』であれば節度を持って誠実に接するつもりであった。だがアリシアだからこそ、そのままの自分を見せる事にしたのだ。
竜の亜人の探知能力は高い、それこそ相手がどのように思っているかわかるほどだ。
まぁ、わかると言っても『悪意』、『好意』、『疑念』、『邪心』などと言った大まかなのが分かる程度だ。だがそれが分かるのと分からないのとではだいぶ違う。
「シア」
「すみません……違うのです、ルド様が悪いわけでは」
「シア、俺は怒っていない。ただ知りたいのだ。シアが今、何に涙を流しているのか、何を思っているのか……教えてくれ」
「……はい」
ルドワードは静かに涙を流すアリシアの目元をぬぐった。ルドワードの優しさに胸を締め付けられるような、温まるような感じがアリシアはしていた。
アリシアは素直に自分のことを話した。今、自分が何を思っているのかを。
「ルド様は『花嫁』について何も聞いていなかったと言われました」
「ああ」
「ですが『花嫁』を大事になさると話されていたと隊長さんたちから聞きました」
「ああ」
「それは『花嫁』が私ではなくても同じだということですよね?」
「……」
「私でなくても『花嫁』であれば大事になされたということで……あのように接していたということですよね?」
「シア」
ルドワードにはアリシアが何が言いたいのかなんとなく分かった。それと同時にアリシアのことを可愛く思った。
それは花嫁が『アリシア』であり、他の『誰か』であって欲しくないということだ。そう思ってくれることがルドワードには嬉しかった。
「シア、よく聞いて欲しい」
「はい」
「俺はシアだからすぐに素を見せたんだ」
「私だから…ですか?」
「もちろん、いくら『花嫁』を大事にすると言っても出会ったばかりだ。そんなことはできない」
「はい」
「だが、シアだから見せた。シアなら俺がどんなのでも受け入れてくれる気がしたからだ」
「ルド様」
「シア、俺はシルからこう言われた。『花嫁』は決まった、だが相手のことは自分自身で知って欲しいと、悪い子ではないが複雑な思いをしてきた子だから、自分から話してくれるのを待って欲しい、自分の瞳で見て判断して欲しいと」
「国王陛下が」
「ああ、そしてルーもな」
「宰相様も」
アリシアは驚いてばかりだった。シリウスやルークがそんな風に言っていたとは思わなかった。
ルドワードはアリシアの頭を撫ぜた。
「すぐでなくていい。シアが話したくなったら話して欲しい。だがこれだけは知っていてくれ」
「ルド様?」
「俺は『アリシア』だから今こうしている。どんなに誠実に接しようとも相容れない者では無理だ。シアだからこうして愛称で呼びあいたいし、望みを叶えたいと思う」
「ルド様」
「それだけは疑わないで欲しい。俺は花嫁が『誰か』ではなくシア、『アリシア』がいいのだ」
「はい、はい!ルド様…私も竜王が『ルドワード』様でよかったです」
「ああ」
ルドワードはアリシアを強く抱きしめた。アリシアはルドワードの胸で静かに泣いた。
初めて感じた恐怖を拭い去ってくれたルドワードに縋りついた。アリシアは本当に竜王が『ルドワード』でよかったと思った。
ルドワードはアリシアが泣き止むまで抱きしめ、その背中を優しく撫でた。アリシアが落ち着くように。
アリシアが落ち着くとその手を引いてアリシアに割り振った自室に案内した。
それを二階の窓からルークは見ていた。目に入ったのは偶然だった。明るい月を見ようとして中庭にいる二人を見つけた。
ルークには二人の会話は聞こえないが明るい月光のおかげで様子はうかがえた。もしもの時は間に入ろうと思っていたがそんな心配は無用だった。二人は互いにしっかりと手を取り合っていた。
「仲が良くなるのはいいのですが……思ったより進展が早そうですね」
「これは……ユーザリア大国の宰相殿」
「……ああ、確か昼間にお会いしました侯爵殿」
「アルジャス・グレンハードです」
「夜分遅くにどうかされましたか?」
「それは私の方です。このような夜分に一人で歩かれてはあぶのうございますぞ」
「いえ、話し合いが今しがた終わりまして、さすれば月が見事に美しかったので」
「確かにそうですな」
「では、月も愛でました故お暇させてもらいます」
「ええ、お休みなさいませ」
ルークは急に現れたアルジャスをかわしつつ、部屋に戻った。アルジャスにアリシアとルドワードの姿は見えていなかったがなるべく視界に入れないように注意しながら戻った。
アルジャスはルークが離れてから中庭を見たが何もないため鼻を鳴らしてその場を離れた。
***
アリシアを自室に案内するとリリアたちがいた。さすが王宮に仕えていた侍女で礼節がちゃんとしていた。
「ルド様、送ってくださり、ありがとうございました」
「いや、いい。ゆっくり休め」
「はい」
「お休み」
「お休みなさいませ」
ルドワードが出ようと向きを変えるとミナが扉を開け、全員がお辞儀をした。ルドワードはそのまま外に出た。
しばらくすると着替えを手伝いつつ、仲良く話をしているのが聞こえた。ルドワードはそれが微笑ましかった。気心が知れる者が側にいる事は安心しているからだ。
アリシアの就寝の準備が終わるとリリアたちも退出し、隣に用意されたリリアたちの部屋に戻った。それは来たばかりのアリシアが寂しく思わないようにとルドワードたちが考えてそうしたのだ。
アリシアはベッドに横になると疲れているためかすぐに眠りについた。その寝顔はとても嬉しそうに微笑んでいた。
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