15 / 38
第3章 芒種
15.バイト生活
しおりを挟む
スーパーのバイトは、週二日なんとか続いていた。覚えることが多いし忙しくて大変でも、接客自体は楽しかった。
顔なじみのお客様もできた。その一人が、誠の美魔女婆ちゃんだ。
「あら、一郎君なんだか元気がないわねえ。ちゃんと食べている? 今日お弁当作ってあげるから、今夜マコに持たせるわ。じゃあ、頑張ってね」
レジ打ちするわずかな時間に用件を全部話して、婆ちゃんは颯爽と去って行った。相変わらずの存在感で、すれ違う人が振り返っている。
元気がなさそうに見えたのなら気をつけよう。 確かに最近、授業のレポートが多くて疲れていた。お弁当をいただけるのは本当にありがたい。
閉店までの仕事を終えて帰るところで、店長に呼び止められた。
「河西君、次の金曜日なんだけれど、朝は出られないかなあ。『金曜朝一特売日』なんだよ。もちろん、大学の授業が入っていなかったらでいいんだけど」
「あー……大丈夫です」
全然大丈夫ではない。断れなかった。
金曜日の午前中に授業は入っていないけれど、締め切り間近のレポートが終わっていない。やろうとしているはずなのに、気づけば別のことを考えて手が止まっている。これは断る理由にならない気がした。
引き受けた以上さっさとレポートを片づければいいのに、全然進まない。
布団のないこたつ机に突っ伏していると、外から砂利を踏む音がした。
「マコちゃん? 玄関開いているから、入ってよ」
掃き出し窓を少し開けて網戸に顔を寄せ、見えない誠に声をかけた。特に返事もなく、誠は部屋まで上がって来た。
「マコちゃん、今日は中に入れたんだねえ」
「わざわざ来てやったのに、いきなりそれか。何度も雨が降っているうちに、除草剤の結界なんてとっくに流れて消えているんだよ」
「そうだったのかあ」
僕は机に突っ伏したまま、気の抜けた返事をした。
「お前、もう夏バテか?」
「違う。梅雨バテ。最近雨が多いから。日に当たらないと調子が出ない」
「梅雨はこれからだぞ。だいたい何だよ、この散らかりようは」
「バイトが終わってからすぐにレポートを始めたけれど、終わらない。いつもはもう少しきれいにしている」
話をするのも息をするのもおっくうなくらい、気力がなかった。
「とにかく、婆ちゃんに頼まれた弁当持って来たから。レポートの前にまず食っておけ」
「ありがとう。マコちゃんの婆ちゃんにもありがとうとお伝え下さい」
「おかげで生き長らえたと言っておく」
弁当を机に置くと、誠は僕に背を向けた。
「……ねえマコちゃん。花の精って何だろう」
引き留めるつもりはなかったけれど、つい誠に話しかけていた。
「菊のキクちゃんや花壇の四兄弟以外、僕は見たことがないよ。でも、この家には他の花も咲いているよね。散々引っこ抜いたけれど、雑草はどうなの? 強いとか弱いとか言っていたから、生命力みたいなものの差で精霊として出てくるの? もっとわからないのは、この家の木だよ。敷地に入ったところにアジサイとカナメがあるし、奥にはサカキ。あとツバキ、スオウ、サルスベリとか花の目立つ木がいっぱいあるのにそっちの精霊は出ない。何が違うんだろう」
「……お前、木には詳しいな」
誠は足元に散らかる本を拾い始めた。
「……環境科学? 造園樹木学? 植物生態学? お前、そこの大学だったよな」
「うん。あ、言っていなかったっけ。僕、造園系の……」
「農学部か⁉︎ あんなに草花を知らないのに?」
「それ偏見。農学部だからって誰もが花に詳しいわけじゃないよ。まあ、これから勉強するけど……」
手にした本を机の端に丁寧に積み上げた誠は、僕の頭をグシャグシャとなでまわした。
「食ったらちゃんとレポート終わらせろよ。そのまま寝るなよ」
それだけ言うと、僕の質問には何も答えずに出て行った。
はぐらかされたのかな……。
キクや四兄弟と、他の草木とでは何が違うのだろう。
僕は、寝落ち寸前の頭でぼんやりと考えていた。
顔なじみのお客様もできた。その一人が、誠の美魔女婆ちゃんだ。
「あら、一郎君なんだか元気がないわねえ。ちゃんと食べている? 今日お弁当作ってあげるから、今夜マコに持たせるわ。じゃあ、頑張ってね」
レジ打ちするわずかな時間に用件を全部話して、婆ちゃんは颯爽と去って行った。相変わらずの存在感で、すれ違う人が振り返っている。
元気がなさそうに見えたのなら気をつけよう。 確かに最近、授業のレポートが多くて疲れていた。お弁当をいただけるのは本当にありがたい。
閉店までの仕事を終えて帰るところで、店長に呼び止められた。
「河西君、次の金曜日なんだけれど、朝は出られないかなあ。『金曜朝一特売日』なんだよ。もちろん、大学の授業が入っていなかったらでいいんだけど」
「あー……大丈夫です」
全然大丈夫ではない。断れなかった。
金曜日の午前中に授業は入っていないけれど、締め切り間近のレポートが終わっていない。やろうとしているはずなのに、気づけば別のことを考えて手が止まっている。これは断る理由にならない気がした。
引き受けた以上さっさとレポートを片づければいいのに、全然進まない。
布団のないこたつ机に突っ伏していると、外から砂利を踏む音がした。
「マコちゃん? 玄関開いているから、入ってよ」
掃き出し窓を少し開けて網戸に顔を寄せ、見えない誠に声をかけた。特に返事もなく、誠は部屋まで上がって来た。
「マコちゃん、今日は中に入れたんだねえ」
「わざわざ来てやったのに、いきなりそれか。何度も雨が降っているうちに、除草剤の結界なんてとっくに流れて消えているんだよ」
「そうだったのかあ」
僕は机に突っ伏したまま、気の抜けた返事をした。
「お前、もう夏バテか?」
「違う。梅雨バテ。最近雨が多いから。日に当たらないと調子が出ない」
「梅雨はこれからだぞ。だいたい何だよ、この散らかりようは」
「バイトが終わってからすぐにレポートを始めたけれど、終わらない。いつもはもう少しきれいにしている」
話をするのも息をするのもおっくうなくらい、気力がなかった。
「とにかく、婆ちゃんに頼まれた弁当持って来たから。レポートの前にまず食っておけ」
「ありがとう。マコちゃんの婆ちゃんにもありがとうとお伝え下さい」
「おかげで生き長らえたと言っておく」
弁当を机に置くと、誠は僕に背を向けた。
「……ねえマコちゃん。花の精って何だろう」
引き留めるつもりはなかったけれど、つい誠に話しかけていた。
「菊のキクちゃんや花壇の四兄弟以外、僕は見たことがないよ。でも、この家には他の花も咲いているよね。散々引っこ抜いたけれど、雑草はどうなの? 強いとか弱いとか言っていたから、生命力みたいなものの差で精霊として出てくるの? もっとわからないのは、この家の木だよ。敷地に入ったところにアジサイとカナメがあるし、奥にはサカキ。あとツバキ、スオウ、サルスベリとか花の目立つ木がいっぱいあるのにそっちの精霊は出ない。何が違うんだろう」
「……お前、木には詳しいな」
誠は足元に散らかる本を拾い始めた。
「……環境科学? 造園樹木学? 植物生態学? お前、そこの大学だったよな」
「うん。あ、言っていなかったっけ。僕、造園系の……」
「農学部か⁉︎ あんなに草花を知らないのに?」
「それ偏見。農学部だからって誰もが花に詳しいわけじゃないよ。まあ、これから勉強するけど……」
手にした本を机の端に丁寧に積み上げた誠は、僕の頭をグシャグシャとなでまわした。
「食ったらちゃんとレポート終わらせろよ。そのまま寝るなよ」
それだけ言うと、僕の質問には何も答えずに出て行った。
はぐらかされたのかな……。
キクや四兄弟と、他の草木とでは何が違うのだろう。
僕は、寝落ち寸前の頭でぼんやりと考えていた。
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
『月のトカゲを探す者』第一部(全三部)。
(表紙絵/山碕田鶴)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる