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第3章 芒種
14.大家さんの家
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僕の住む借家は、今時珍しく家賃直接払いだ。毎月一回大家さん宅を訪問することになっている。
借家からは道路をはさんですぐ目の前だが、門扉から見ただけではそれとわからない大豪邸だ。誠はひょっとしなくても超ボンボンかもしれない。
「ちょっと大家さんのところに行って来るね」
キクは庭にいるので、家を出る時はたいてい見かける。だから自然に挨拶を交わすようになった。
「行ってらっしゃいませ」
「あ、はい」
こういうの、なんかいいよな。家にメイドがいる気分だ。
いや、違うか。「お嬢様、少々出て参ります」って僕が言う立場なんじゃないのか? 僕が執事か。まあ、それでもいいな。家にお嬢様って……
「何ニヤニヤしているんだよ。気味悪いな」
「わっ、マコちゃん。ごめん、ちょっと楽しいこと考えてた」
門扉のチャイムを押す前に、誠が中から扉を開けてくれた。
「家賃の支払いで来たんだけど」
「爺ちゃんなら在宅だ」
それだけ言うと庭の奥へ行ってしまった。
いつになく素っ気ないなと思いながら玄関に向かうと、少し年配の女性が迎えてくれた。
「あらー、一郎君! いつもお世話になっています」
僕はこの人を見たことがある。スーパーのレジで、会うたびに「頑張って」と声をかけて下さるお客様だ。とんでもなく美人で、来店のたびにとても目立っている。
誠の家系の人だったのか。
妙に納得する。
「こんにちは。お世話になっています。スーパーでも、いつもありがとうございます。あの……誠君のお母さんだったんですね」
「あらやだ。私はマコの」
「婆ちゃんだよ!」
どこから家に戻って来たのか、女性の後ろに誠がいた。
「マコちゃん! 婆ちゃん⁉︎」
女性は笑いながらうなずいている。
誠はあきれたように僕を見ている。
「マコちゃんって呼ばれているの? 仲良しなのねえ。一郎君、これからもマコをよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
誠の婆ちゃんは、嬉しそうに誠を見ていた。誠は少しふてくされたような感じで、奥に行ってしまった。
きっと、マコちゃんと呼ばれているのを知られたくなかったのだろう。
ごめんなさい。僕が悪かったです。
支払いを済ませて帰るところで、庭を眺めてみた。高木、低木様々な木々に囲まれ、実際の敷地面積以上に広く感じる。森の中かと思うほど静かな雰囲気だ。
こういうの、素敵だよなあ。
ため息とともに深呼吸したところで、人影を見た。
「キクちゃん?」
一瞬で庭の奥に消えてしまったが、キクではなかったか。おかっぱで黒いワンピースなんて、そうそう見かけないと思うけれど。
すぐに家に戻ると、キクはちゃんと庭にいた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。……キクちゃんって、花壇の四兄弟みたいに同じ姿の人がいたりするの?」
「私の存在はひとつです」
見間違いかな。
キクと話すことには慣れた。花の精がいるというのも、とりあえず受け入れた。割り切りは良い方だ。
割り切りは良くても達観はできない。だからこそ謎が生まれる。
なぜ僕や誠に見える花の精がキクと四兄弟だけなのか。それこそ雑草の精はいないのか。
なぜ家の外では見ないのか。実は気づいていないのか。……いや、いたら気づくだろう。きっと頭に変なモノを乗せている。
あれ? でも、キクにはないな。
借家からは道路をはさんですぐ目の前だが、門扉から見ただけではそれとわからない大豪邸だ。誠はひょっとしなくても超ボンボンかもしれない。
「ちょっと大家さんのところに行って来るね」
キクは庭にいるので、家を出る時はたいてい見かける。だから自然に挨拶を交わすようになった。
「行ってらっしゃいませ」
「あ、はい」
こういうの、なんかいいよな。家にメイドがいる気分だ。
いや、違うか。「お嬢様、少々出て参ります」って僕が言う立場なんじゃないのか? 僕が執事か。まあ、それでもいいな。家にお嬢様って……
「何ニヤニヤしているんだよ。気味悪いな」
「わっ、マコちゃん。ごめん、ちょっと楽しいこと考えてた」
門扉のチャイムを押す前に、誠が中から扉を開けてくれた。
「家賃の支払いで来たんだけど」
「爺ちゃんなら在宅だ」
それだけ言うと庭の奥へ行ってしまった。
いつになく素っ気ないなと思いながら玄関に向かうと、少し年配の女性が迎えてくれた。
「あらー、一郎君! いつもお世話になっています」
僕はこの人を見たことがある。スーパーのレジで、会うたびに「頑張って」と声をかけて下さるお客様だ。とんでもなく美人で、来店のたびにとても目立っている。
誠の家系の人だったのか。
妙に納得する。
「こんにちは。お世話になっています。スーパーでも、いつもありがとうございます。あの……誠君のお母さんだったんですね」
「あらやだ。私はマコの」
「婆ちゃんだよ!」
どこから家に戻って来たのか、女性の後ろに誠がいた。
「マコちゃん! 婆ちゃん⁉︎」
女性は笑いながらうなずいている。
誠はあきれたように僕を見ている。
「マコちゃんって呼ばれているの? 仲良しなのねえ。一郎君、これからもマコをよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
誠の婆ちゃんは、嬉しそうに誠を見ていた。誠は少しふてくされたような感じで、奥に行ってしまった。
きっと、マコちゃんと呼ばれているのを知られたくなかったのだろう。
ごめんなさい。僕が悪かったです。
支払いを済ませて帰るところで、庭を眺めてみた。高木、低木様々な木々に囲まれ、実際の敷地面積以上に広く感じる。森の中かと思うほど静かな雰囲気だ。
こういうの、素敵だよなあ。
ため息とともに深呼吸したところで、人影を見た。
「キクちゃん?」
一瞬で庭の奥に消えてしまったが、キクではなかったか。おかっぱで黒いワンピースなんて、そうそう見かけないと思うけれど。
すぐに家に戻ると、キクはちゃんと庭にいた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。……キクちゃんって、花壇の四兄弟みたいに同じ姿の人がいたりするの?」
「私の存在はひとつです」
見間違いかな。
キクと話すことには慣れた。花の精がいるというのも、とりあえず受け入れた。割り切りは良い方だ。
割り切りは良くても達観はできない。だからこそ謎が生まれる。
なぜ僕や誠に見える花の精がキクと四兄弟だけなのか。それこそ雑草の精はいないのか。
なぜ家の外では見ないのか。実は気づいていないのか。……いや、いたら気づくだろう。きっと頭に変なモノを乗せている。
あれ? でも、キクにはないな。
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