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第3章 芒種
16.金曜朝一特売日
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金曜朝一特売日。
月に一回、金曜日の朝九時から一時間だけ特売セールをするという、僕がバイトをしているスーパーの目玉イベントがある。
店長に頼まれて、僕は今回初めて臨時で出勤した。
平日朝にどうしてこんなに入るのかという盛況ぶりで、顔なじみの客に挨拶する余裕もない。来店していた誠の美魔女婆ちゃんも、今日は何も言わず手を振ってレジを去った。
休む間もなくレジを打ち続け、特売セールが終わる頃には放心状態になっていた。
そうして十時を過ぎるといきなり客足が途絶え、後はまばらに訪れる客の対応をするだけだった。
「こちらにお客様のカゴを置きますね」
僕は会計済みのカゴをレジの先にあるサッカー台に運んだ。
ちょうどその時、台車を押す作業着姿の男が僕のすぐ横を通り過ぎた。
すれ違いざま、わずかに男の肩が当たった。
「あっ、すみません。お怪我ないですか」
爽やかに言われて、こちらも口調が柔らかくなる。
「大丈夫です。お気になさらないで……」
作業着の男を見返して、思わず息を呑んだ。
「フリージア!」
間違えるはずがない。毎日家の庭で四人も見続けてきた顔だ。容姿も作業着も全く同じなのだ。
消えたはずの四兄弟が、もう一度現れたのか。
他にも存在していたのか。
やはり敷地の外にも花の精は出現するのか。
一度に疑問が噴き出した。
台車には、バケツに入った切り花の束や様々な大きさの鉢植えが乗っていた。スーパー出入り口付近にある生花コーナーに搬入する途中だったのか。生花の取扱い業者なのか。
ひとりで慌てふためいている僕を、作業着の男は少し驚いたように見ている。
「え、と……フリージア?」
「え? ああ、違いますよ。ニッコウキスゲです。少し似ていますかね」
挙動不審の僕に対して、男は爽やかな笑顔を絶やさなかった。
「河西くーん、レジにお客様ー」
「あ、すみませんっ」
パート職員に呼ばれて慌ててレジに戻った僕は、それきり男と話す機会はなく、彼の姿は消えてしまった。
バイトが終わった僕は、誠の家に直行した。
フリージアがもう一人いた! 家の外に現れた! ずっと気になっていたことが別の展開を見せ始めた!
門扉のチャイムを押すと、インターホンに出たのは誠の婆ちゃんだった。
「ごめんなさいね。マコ、今出ているのよ。戻ったらそちらに行かせるから」
不在なのか。
「……そうですか。あの、これから大学に行くので、それならまた改めて伺います」
「ちょっと、一郎君? 大丈夫?」
誠に会えないことでこれほど落胆するとは思わなかった。急に不安が募る。
いつでも会える気になっていた。フリージアのことは誠に話せばなんとかなると、勝手に決めつけていた。誠にどうにかして欲しいと、ただそれだけで家に来た。
僕の不安がインターホン越しの婆ちゃんにまで伝わってしまったのだろうか。
「一郎君、朝スーパーにいたわよね。今バイト帰り?」
「はい」
「じゃあ、またお弁当を作ってマコに持たせるわ。夜会うのでも構わないかしら?」
「え? いいんですか?」
「一郎君、遠慮はダメよ。若くてピチピチでみんなからちやほやされているうちに、いい思いを沢山しておきなさい」
「……はい。ありがとうございます」
「こちらこそ、マコと親しくしてくれてありがとう」
今夜誠にフリージアの話ができるのならと気をとり直して、家に戻ってからすぐに大学へと向かった。
若くてピチピチでみんなからちやほやされているうちに……。
誠の婆ちゃんの変な言葉で、少し冷静になれた気がした。
誠の婆ちゃんは、今だって十分現役でみんなからちやほやされているに違いない。
そういえば誠は、若くてピチピチでさらにキラキラなのに、ちやほやされる姿を見たことがないし、そんな雰囲気すらないな。
月に一回、金曜日の朝九時から一時間だけ特売セールをするという、僕がバイトをしているスーパーの目玉イベントがある。
店長に頼まれて、僕は今回初めて臨時で出勤した。
平日朝にどうしてこんなに入るのかという盛況ぶりで、顔なじみの客に挨拶する余裕もない。来店していた誠の美魔女婆ちゃんも、今日は何も言わず手を振ってレジを去った。
休む間もなくレジを打ち続け、特売セールが終わる頃には放心状態になっていた。
そうして十時を過ぎるといきなり客足が途絶え、後はまばらに訪れる客の対応をするだけだった。
「こちらにお客様のカゴを置きますね」
僕は会計済みのカゴをレジの先にあるサッカー台に運んだ。
ちょうどその時、台車を押す作業着姿の男が僕のすぐ横を通り過ぎた。
すれ違いざま、わずかに男の肩が当たった。
「あっ、すみません。お怪我ないですか」
爽やかに言われて、こちらも口調が柔らかくなる。
「大丈夫です。お気になさらないで……」
作業着の男を見返して、思わず息を呑んだ。
「フリージア!」
間違えるはずがない。毎日家の庭で四人も見続けてきた顔だ。容姿も作業着も全く同じなのだ。
消えたはずの四兄弟が、もう一度現れたのか。
他にも存在していたのか。
やはり敷地の外にも花の精は出現するのか。
一度に疑問が噴き出した。
台車には、バケツに入った切り花の束や様々な大きさの鉢植えが乗っていた。スーパー出入り口付近にある生花コーナーに搬入する途中だったのか。生花の取扱い業者なのか。
ひとりで慌てふためいている僕を、作業着の男は少し驚いたように見ている。
「え、と……フリージア?」
「え? ああ、違いますよ。ニッコウキスゲです。少し似ていますかね」
挙動不審の僕に対して、男は爽やかな笑顔を絶やさなかった。
「河西くーん、レジにお客様ー」
「あ、すみませんっ」
パート職員に呼ばれて慌ててレジに戻った僕は、それきり男と話す機会はなく、彼の姿は消えてしまった。
バイトが終わった僕は、誠の家に直行した。
フリージアがもう一人いた! 家の外に現れた! ずっと気になっていたことが別の展開を見せ始めた!
門扉のチャイムを押すと、インターホンに出たのは誠の婆ちゃんだった。
「ごめんなさいね。マコ、今出ているのよ。戻ったらそちらに行かせるから」
不在なのか。
「……そうですか。あの、これから大学に行くので、それならまた改めて伺います」
「ちょっと、一郎君? 大丈夫?」
誠に会えないことでこれほど落胆するとは思わなかった。急に不安が募る。
いつでも会える気になっていた。フリージアのことは誠に話せばなんとかなると、勝手に決めつけていた。誠にどうにかして欲しいと、ただそれだけで家に来た。
僕の不安がインターホン越しの婆ちゃんにまで伝わってしまったのだろうか。
「一郎君、朝スーパーにいたわよね。今バイト帰り?」
「はい」
「じゃあ、またお弁当を作ってマコに持たせるわ。夜会うのでも構わないかしら?」
「え? いいんですか?」
「一郎君、遠慮はダメよ。若くてピチピチでみんなからちやほやされているうちに、いい思いを沢山しておきなさい」
「……はい。ありがとうございます」
「こちらこそ、マコと親しくしてくれてありがとう」
今夜誠にフリージアの話ができるのならと気をとり直して、家に戻ってからすぐに大学へと向かった。
若くてピチピチでみんなからちやほやされているうちに……。
誠の婆ちゃんの変な言葉で、少し冷静になれた気がした。
誠の婆ちゃんは、今だって十分現役でみんなからちやほやされているに違いない。
そういえば誠は、若くてピチピチでさらにキラキラなのに、ちやほやされる姿を見たことがないし、そんな雰囲気すらないな。
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