日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴

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第5章 霜降

31.待ち人(一)

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 今年、庭の菊は咲かなかった。花の蕾も葉も全て枯れたまま、茶色い棒が乱立している。庭の一角だけ時間が止まっている。
 これを誠に見せるまでは片付けないと決めたはいいけれど、毎日見ている僕の気が滅入ってきた。

「マコちゃん、何しているんだよ……」

 夜中に人目を避けて散歩できるなら、体は動かせるはずだ。でも、縁側で寝ていた僕の前に現れた誠は、幽霊話のとおり生きている感じがしなかった。
 ひょっとして、誠は最初に倒れた時から、本当はずっとあんな感じだったのか?
 だいたい、家でひとり園芸するのが趣味で、死にかけたとはいえ自分の死後のために花を育てる超ネガティブ男だぞ。その執念でキクが現れたほど内向きなやつだぞ。
 派手な銀髪と超目立つ容姿に騙されてはいけないのだ。
 誠はきっと本格的にひきこもっている。
 誠に期待するのが間違っている。誠がやって来るのを待っていてはダメだ。僕が動けばいい。とにかく気持ちだけは伝えたい。
 バイト直前に、僕は突然ひらめいた。

『菊を見に来い』

 メモ用紙にそれだけ書いた。
 二つ折りにして、封筒にも入れず、スーパーのエプロンのポケットに紙を突っ込んだ。もし婆ちゃんが来店してレジに来たら、婆ちゃんに頼んで手紙を誠に渡してもらおう。
 そうして、来店客のピークを過ぎた夕方遅くに婆ちゃんはやって来た。 
 これで誠に会える。僕は勝手に決めつけて、レジに来る婆ちゃんを緊張しながら待った。

「一郎君、怖い顔して今日はどうしたの?  私の顔、何か変?」

 僕は婆ちゃんを見過ぎて不審がられてしまったようだ。

「あの!  これを……マコちゃんに……渡して、下さい」

 婆ちゃんは少し驚いたようだが、僕の真剣な顔を見て無言でうなずいた。  
 差し出した手紙を引き抜くように取ると、さっと開いて確かめる。ふふっと笑い、二つ折りに戻して軽くひらひらと振りながら無言で去って行った。
 スーパーのレジ前にいることを忘れるほどの優雅さに、僕は見とれてしまった。それは周りの人も同じだったようで、婆ちゃんが去った瞬間に、ほうっと感嘆の声が漏れた。
 しまった。婆ちゃんはそこにいるだけで目立つのだった。

「あ、お待たせしました。ポイントカードをお預かりします」
「一郎君、やるわねえ。今どきラブレター?  年下の男の子に想われるって憧れるわあ」
「は、はい?」

 婆ちゃんの次に並んでいた常連さんにからかわれる。次の次のお客様まで笑っている。

「お待たせしました。カードを……」
「一郎君、二宮さんに振られちゃったら慰めてあげるわよ」
「違うんですって!」

 恥ずかしい。勢いでやってしまった。全部誠のせいだ。これで会いに来なかったら、許さないからな。
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