34 / 38
第5章 霜降
34.顛末(一)
しおりを挟む
妹たちがバスに乗るのを見届けてから家に戻ると、誠はまだ庭の奥にいた。
花芽も葉も一夜にして枯れ、乾いた茎が地面から伸びているだけの菊の前で、誠は根元を探るようにそっと手を当て、土をなでていた。
スマホを取り出し、カメラを誠に向けてみた。誠は僕に気づくと、しゃがんだまま顔だけこちらに向けて、照れたように笑った。
「何しているんだよ?」
「黒髪のマコちゃん。貴重な記録だ」
「タンポポは……当分、なしだ」
「そうなの?」
「今は何をするにも体がきつい。きついと言うのも気持ちがきつい……」
「なんだかキクちゃんみたいな言い方だ」
僕は手元のスマホで誠の姿を確認した。
優しい笑顔だ。でも、全てを諦めてしまっているような寂しさがある。
「マコちゃん、これ嫌だったら消すけど……」
誠にスマホの画面を見せながら訊く。遠くてどうせ見えないからなのか、見もしないで「好きにすれば」と答えた。投げやりな感じだ。
「じゃあ、妹たちに送ってもいい?」
「好きにしろ」
「僕の待ち受けにしてもいい?」
「……」
今度は顔を上げて僕を見た。
「それはやめろ」
ゆっくりとそう言った誠は、本気で嫌そうな顔をしていた。どうせならこの瞬間を撮りたかったと、僕は心底思った。
こっちの方が、ちゃんと生きている感じがする。
僕は誠の隣に立って、菊の枯れ枝を見た。
「マコちゃんに見てもらってから片付けようと思っていたから、そのままにしておいたんだ。突然枯れて、結局菊の花は見られなかった」
「それで『菊を見に来い』か? 果たし状かと思った」
誠は僕が書いた手紙をポケットから取り出した。
「俺の家の菊も突然枯れた。婆ちゃんは、俺が大事にしていた菊が入院した途端に枯れて縁起でもないと騒いでいたよ」
それでも婆ちゃんは、僕と会えばいつも笑顔だった。僕自身が婆ちゃんの存在に助けられてきたのだと改めて思う。
「あ、やっぱりマコちゃんの家にも菊があったんだ。知ってたけど」
「ないとは言っていない」
「この家に菊を植えたのもマコちゃんってことでいいんだよね?」
「言わなかったか?」
「……ごめん。聞いた」
それは嘘だ。
誠はキクのことを自分の昔話としては話していない。僕も誠自身のことだとは直接言われていない。
誠にとっては未だ受け止めきれない過去なのだろう。それでも僕に話してくれた。「昔ここに住んでいた中高生の子」というオブラートに包んで僕に伝えてくれた。
だから、嘘で構わない。お互いにわかっているから、それでいい。
花芽も葉も一夜にして枯れ、乾いた茎が地面から伸びているだけの菊の前で、誠は根元を探るようにそっと手を当て、土をなでていた。
スマホを取り出し、カメラを誠に向けてみた。誠は僕に気づくと、しゃがんだまま顔だけこちらに向けて、照れたように笑った。
「何しているんだよ?」
「黒髪のマコちゃん。貴重な記録だ」
「タンポポは……当分、なしだ」
「そうなの?」
「今は何をするにも体がきつい。きついと言うのも気持ちがきつい……」
「なんだかキクちゃんみたいな言い方だ」
僕は手元のスマホで誠の姿を確認した。
優しい笑顔だ。でも、全てを諦めてしまっているような寂しさがある。
「マコちゃん、これ嫌だったら消すけど……」
誠にスマホの画面を見せながら訊く。遠くてどうせ見えないからなのか、見もしないで「好きにすれば」と答えた。投げやりな感じだ。
「じゃあ、妹たちに送ってもいい?」
「好きにしろ」
「僕の待ち受けにしてもいい?」
「……」
今度は顔を上げて僕を見た。
「それはやめろ」
ゆっくりとそう言った誠は、本気で嫌そうな顔をしていた。どうせならこの瞬間を撮りたかったと、僕は心底思った。
こっちの方が、ちゃんと生きている感じがする。
僕は誠の隣に立って、菊の枯れ枝を見た。
「マコちゃんに見てもらってから片付けようと思っていたから、そのままにしておいたんだ。突然枯れて、結局菊の花は見られなかった」
「それで『菊を見に来い』か? 果たし状かと思った」
誠は僕が書いた手紙をポケットから取り出した。
「俺の家の菊も突然枯れた。婆ちゃんは、俺が大事にしていた菊が入院した途端に枯れて縁起でもないと騒いでいたよ」
それでも婆ちゃんは、僕と会えばいつも笑顔だった。僕自身が婆ちゃんの存在に助けられてきたのだと改めて思う。
「あ、やっぱりマコちゃんの家にも菊があったんだ。知ってたけど」
「ないとは言っていない」
「この家に菊を植えたのもマコちゃんってことでいいんだよね?」
「言わなかったか?」
「……ごめん。聞いた」
それは嘘だ。
誠はキクのことを自分の昔話としては話していない。僕も誠自身のことだとは直接言われていない。
誠にとっては未だ受け止めきれない過去なのだろう。それでも僕に話してくれた。「昔ここに住んでいた中高生の子」というオブラートに包んで僕に伝えてくれた。
だから、嘘で構わない。お互いにわかっているから、それでいい。
3
あなたにおすすめの小説
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる