20 / 38
第3章 芒種
20.鉢植えと花壇(二)
しおりを挟む
「とにかく、花を買う住人の想いはどんどん強くなるが、業者には通じていない。花を見ては業者を想う。相当の執着だな」
「……なんだか怪談じみてきたんですけど」
「怪談だ。結果、異常な執着が花を媒体にして人の形になってしまった。それがフリージアたち四兄弟だろうな」
「それって、いわゆる生霊っていうヤツでは……」
「基本は花なんだ。花の近く、この敷地内にしか現れないだろう? 住人は引っ越してしまったが、残された花には念みたいなものがこもり続けている。俺たちにはっきりと姿が見えたのは、花が咲いている間だけだったけどな」
「じゃあ、花の咲く時期が違う四兄弟が揃って消えたのはなんでだろう」
「住人が花壇の花の存在を忘れ去ったか、業者への想いが消えたかじゃないのか? 一度消えて、住人も引っ越したんだ。もう現れることはないだろう」
「お兄さんへの想いが通じて、花壇に残した花にくっついていた想いが消えた、とか?」
誠は変な顔で僕を見た。考えもしなかったという顔だ。
「一郎は、優しいんだな」
全然そんなこと思っていなさそうだけれど、言われてちょっと嬉しかった。
「ねえ、マコちゃん。人の形になって現れたフリージアたちに、意識みたいなものはなかったのかな? フリージアたちはいつもひなたぼっこしていたよ? 空を見て、たまに僕と目が合ったりもしたよ」
「花からすれば、人間に取り憑かれたようなものだろう? 花に意識があるのかどうかわからないけれど、花の本体と人間の念が混ざったなら、花の動きをする人間くらい出来上がるんじゃないのか?」
「……花人間。怖っ。花の精の方が夢があって良かったな」
誠は笑っていた。僕は全然笑えなかった。花の精が見えるのと、生霊もどきが見えるのとでは怖さのレベルが違う気がした。
「あれ? でもあのお兄さん、なんでニッコウキスゲって名乗ったんだろう?」
「台車を押していたんだよな。何が乗っていた?」
「え、と……切り花とか鉢植えとか」
「そこに黄色い花はあったか?」
「うーん、たぶん沢山あった」
「ニッコウキスゲっていうのは、今からが時期の花なんだ。黄色で、形はまあフリージアに似ていなくもない。お前なら余裕で間違える」
「僕が台車の花をフリージアだと言ったと思われたのか」
「花の業者と四兄弟が同じ姿だとお前が確認してくれたお陰で、推測は確信に変わった」
僕はすっかり納得していた。とにかくあのお兄さんがちゃんと人間なら安心だ。
「マコちゃん、ありがとう。これで安心してスーパーに行ける」
「良かったな」
「うん……」
四兄弟に関しては、確かに納得したし安心もした。だからこそ、気になることがある。
誠もわかっているのだろう。適当に流してはぐらかすようないつもの飄々とした雰囲気の中に、どこか緊張感があった。
「あのさ、前に言っていた『花壇の花は弱い』って、念が弱いっていうことなんだよね?」
「まあ、そんなところだ」
「キクちゃんは、強いの?」
僕は思いきって訊いてみた。
誠は少し迷うような、困った顔で僕を見た。四兄弟の話をする前の迷い方とは違う。僕は、聞いてはいけないことに踏み込んでしまったのか。
「キクは、花壇の花たちよりも前から消えることなく存在し続けている。花の時期以外もずっとあの姿だ。俺たちと話すこともできる。本体である菊自体がとても強い植物だから、念が強いのか植物の生命力で強いのかはわからない。強いのは確かだな」
念がこもっているなら、菊を植えた誠以外にはありえない。誠の強い想いが菊にくっついているということだ。
「マコちゃんは?」
「俺?」
「タンポポなんだろう? 強いの?」
いつもの調子で訊いてみた。冗談が言いたかったわけではない。重たい空気が怖くなった。ただ、それだけだった。
「……俺は弱いよ。いつ消えてもおかしくないくらい弱い」
誠は、わずかも笑っていなかった。真っ直ぐに僕を見つめて、淡々とそう言った。
「あの、僕……」
言いたくないことを言わせた?
僕の言葉を遮って、今度は誠が僕をからかうように言った。
「じゃあ、ついでに。もうひとつ怪談をしようか?」
「え?」
「キクの話だ」
「……なんだか怪談じみてきたんですけど」
「怪談だ。結果、異常な執着が花を媒体にして人の形になってしまった。それがフリージアたち四兄弟だろうな」
「それって、いわゆる生霊っていうヤツでは……」
「基本は花なんだ。花の近く、この敷地内にしか現れないだろう? 住人は引っ越してしまったが、残された花には念みたいなものがこもり続けている。俺たちにはっきりと姿が見えたのは、花が咲いている間だけだったけどな」
「じゃあ、花の咲く時期が違う四兄弟が揃って消えたのはなんでだろう」
「住人が花壇の花の存在を忘れ去ったか、業者への想いが消えたかじゃないのか? 一度消えて、住人も引っ越したんだ。もう現れることはないだろう」
「お兄さんへの想いが通じて、花壇に残した花にくっついていた想いが消えた、とか?」
誠は変な顔で僕を見た。考えもしなかったという顔だ。
「一郎は、優しいんだな」
全然そんなこと思っていなさそうだけれど、言われてちょっと嬉しかった。
「ねえ、マコちゃん。人の形になって現れたフリージアたちに、意識みたいなものはなかったのかな? フリージアたちはいつもひなたぼっこしていたよ? 空を見て、たまに僕と目が合ったりもしたよ」
「花からすれば、人間に取り憑かれたようなものだろう? 花に意識があるのかどうかわからないけれど、花の本体と人間の念が混ざったなら、花の動きをする人間くらい出来上がるんじゃないのか?」
「……花人間。怖っ。花の精の方が夢があって良かったな」
誠は笑っていた。僕は全然笑えなかった。花の精が見えるのと、生霊もどきが見えるのとでは怖さのレベルが違う気がした。
「あれ? でもあのお兄さん、なんでニッコウキスゲって名乗ったんだろう?」
「台車を押していたんだよな。何が乗っていた?」
「え、と……切り花とか鉢植えとか」
「そこに黄色い花はあったか?」
「うーん、たぶん沢山あった」
「ニッコウキスゲっていうのは、今からが時期の花なんだ。黄色で、形はまあフリージアに似ていなくもない。お前なら余裕で間違える」
「僕が台車の花をフリージアだと言ったと思われたのか」
「花の業者と四兄弟が同じ姿だとお前が確認してくれたお陰で、推測は確信に変わった」
僕はすっかり納得していた。とにかくあのお兄さんがちゃんと人間なら安心だ。
「マコちゃん、ありがとう。これで安心してスーパーに行ける」
「良かったな」
「うん……」
四兄弟に関しては、確かに納得したし安心もした。だからこそ、気になることがある。
誠もわかっているのだろう。適当に流してはぐらかすようないつもの飄々とした雰囲気の中に、どこか緊張感があった。
「あのさ、前に言っていた『花壇の花は弱い』って、念が弱いっていうことなんだよね?」
「まあ、そんなところだ」
「キクちゃんは、強いの?」
僕は思いきって訊いてみた。
誠は少し迷うような、困った顔で僕を見た。四兄弟の話をする前の迷い方とは違う。僕は、聞いてはいけないことに踏み込んでしまったのか。
「キクは、花壇の花たちよりも前から消えることなく存在し続けている。花の時期以外もずっとあの姿だ。俺たちと話すこともできる。本体である菊自体がとても強い植物だから、念が強いのか植物の生命力で強いのかはわからない。強いのは確かだな」
念がこもっているなら、菊を植えた誠以外にはありえない。誠の強い想いが菊にくっついているということだ。
「マコちゃんは?」
「俺?」
「タンポポなんだろう? 強いの?」
いつもの調子で訊いてみた。冗談が言いたかったわけではない。重たい空気が怖くなった。ただ、それだけだった。
「……俺は弱いよ。いつ消えてもおかしくないくらい弱い」
誠は、わずかも笑っていなかった。真っ直ぐに僕を見つめて、淡々とそう言った。
「あの、僕……」
言いたくないことを言わせた?
僕の言葉を遮って、今度は誠が僕をからかうように言った。
「じゃあ、ついでに。もうひとつ怪談をしようか?」
「え?」
「キクの話だ」
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
『月のトカゲを探す者』第一部(全三部)。
(表紙絵/山碕田鶴)
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる