日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎

山碕田鶴

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第3章 芒種

20.鉢植えと花壇(二)

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「とにかく、花を買う住人の想いはどんどん強くなるが、業者には通じていない。花を見ては業者を想う。相当の執着だな」
「……なんだか怪談じみてきたんですけど」
「怪談だ。結果、異常な執着が花を媒体にして人の形になってしまった。それがフリージアたち四兄弟だろうな」
「それって、いわゆる生霊っていうヤツでは……」
「基本は花なんだ。花の近く、この敷地内にしか現れないだろう?  住人は引っ越してしまったが、残された花には念みたいなものがこもり続けている。俺たちにはっきりと姿が見えたのは、花が咲いている間だけだったけどな」
「じゃあ、花の咲く時期が違う四兄弟が揃って消えたのはなんでだろう」
「住人が花壇の花の存在を忘れ去ったか、業者への想いが消えたかじゃないのか?  一度消えて、住人も引っ越したんだ。もう現れることはないだろう」
「お兄さんへの想いが通じて、花壇に残した花にくっついていた想いが消えた、とか?」

 誠は変な顔で僕を見た。考えもしなかったという顔だ。

「一郎は、優しいんだな」

 全然そんなこと思っていなさそうだけれど、言われてちょっと嬉しかった。

「ねえ、マコちゃん。人の形になって現れたフリージアたちに、意識みたいなものはなかったのかな?  フリージアたちはいつもひなたぼっこしていたよ?  空を見て、たまに僕と目が合ったりもしたよ」
「花からすれば、人間に取り憑かれたようなものだろう?  花に意識があるのかどうかわからないけれど、花の本体と人間の念が混ざったなら、花の動きをする人間くらい出来上がるんじゃないのか?」
「……花人間。怖っ。花の精の方が夢があって良かったな」

 誠は笑っていた。僕は全然笑えなかった。花の精が見えるのと、生霊もどきが見えるのとでは怖さのレベルが違う気がした。

「あれ?  でもあのお兄さん、なんでニッコウキスゲって名乗ったんだろう?」
「台車を押していたんだよな。何が乗っていた?」
「え、と……切り花とか鉢植えとか」
「そこに黄色い花はあったか?」
「うーん、たぶん沢山あった」
「ニッコウキスゲっていうのは、今からが時期の花なんだ。黄色で、形はまあフリージアに似ていなくもない。お前なら余裕で間違える」
「僕が台車の花をフリージアだと言ったと思われたのか」
「花の業者と四兄弟が同じ姿だとお前が確認してくれたお陰で、推測は確信に変わった」

 僕はすっかり納得していた。とにかくあのお兄さんがちゃんと人間なら安心だ。

「マコちゃん、ありがとう。これで安心してスーパーに行ける」
「良かったな」
「うん……」

   四兄弟に関しては、確かに納得したし安心もした。だからこそ、気になることがある。
 誠もわかっているのだろう。適当に流してはぐらかすようないつもの飄々とした雰囲気の中に、どこか緊張感があった。

「あのさ、前に言っていた『花壇の花は弱い』って、念が弱いっていうことなんだよね?」
「まあ、そんなところだ」
「キクちゃんは、強いの?」

 僕は思いきって訊いてみた。
 誠は少し迷うような、困った顔で僕を見た。四兄弟の話をする前の迷い方とは違う。僕は、聞いてはいけないことに踏み込んでしまったのか。

「キクは、花壇の花たちよりも前から消えることなく存在し続けている。花の時期以外もずっとあの姿だ。俺たちと話すこともできる。本体である菊自体がとても強い植物だから、念が強いのか植物の生命力で強いのかはわからない。強いのは確かだな」

 念がこもっているなら、菊を植えた誠以外にはありえない。誠の強い想いが菊にくっついているということだ。

「マコちゃんは?」
「俺?」
「タンポポなんだろう?  強いの?」

 いつもの調子で訊いてみた。冗談が言いたかったわけではない。重たい空気が怖くなった。ただ、それだけだった。

「……俺は弱いよ。いつ消えてもおかしくないくらい弱い」

 誠は、わずかも笑っていなかった。真っ直ぐに僕を見つめて、淡々とそう言った。

「あの、僕……」

 言いたくないことを言わせた?
 僕の言葉を遮って、今度は誠が僕をからかうように言った。

「じゃあ、ついでに。もうひとつ怪談をしようか?」
「え?」
「キクの話だ」
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