182年の人生

山碕田鶴

文字の大きさ
78 / 200
1974ー2039 大村修一

38-(2/2)

しおりを挟む
 死神といえども、人間として生まれれば肉体に囚われるのか。それを承知でこの死神は私のもとへやって来るのだ。
 なんとも職務に忠実なことだ。

「魂と肉体が強固に繋がっていると言うが、私はお前を弾き飛ばした。他の人間の魂も……追い出した」
「そう。お前はいわばシステムの不具合だ。相手に隙がなければさすがに魂を引き剥がすなど無理だろうが、既に三度肉体を奪った」
「修一は……まだ子供だった」
「そうだ。お前は遠藤よりもよほど罪人だな、シキ。だがお前は誰にも罰せられることはない。罰を受けて罪を償うことはできないのだ。もちろんあの世で罪は問われない。すなわち、みそぎがない。無罪放免とは違うぞ。自分の行いは取り消せないということだ。履歴は消せない。誰が忘れようとも記憶は魂に刻まれ、己を構成する情報の一部となって永遠に残り続けるのだ」
「この世で反省や更生をした人間でもか?」
「更生した人間は過去を忘れるのか?  反省のない人間が、それを記憶に残していないのか?  この世を離れれば薄れた記憶も感覚も鮮明になって己に戻ってくる。逃れることはできない。ただし、善悪の判断はこの世のものだ。俺は関与しない」
「そういう……意味か」

 この世の罪はあの世で問われない。
 他者に問われるまでもなく、自身に刻まれた消せない記憶が重くのしかかるということか。

「俺はこの世の罪人だろうが善人だろうが、死者を回収するだけだ。その先のことはあの世で訊け」
「……だが、罪の意識を持たない罪人はいるだろう? 反省などしない人間もいるぞ?」
「逃げ得だと言いたいのか? それもこの世の問題だ。俺に訊くな」

 面倒だというふうに私をあしらいながらも、私が納得しないでいるのを見た死神は話をそこで終わらせることはしなかった。
 こいつはつくづく律儀なやつだ。

「いいか、この世で魂は肉をまとい自他の区別をつけている。それでも魂どうしは繋がり混ざろうとする。そういう性質なのだ。他人と関わればその名残のように相手の念が魂にこびりつく。お前の言うような加害者に対する恨みは特に強い念となる。呪いの作法など知らずとも、悪感情は相手にのしかかるのだ。肉体が滅びようとも魂についた念が剥がれるわけではないから、呪われた魂は重過ぎてあの世へ上がることができない。そのままこの世をさまよううちに魂が消滅することもあるし、それ以前に念が魂を崩壊させることさえある。この世でのいさかいの最悪の顛末だ。生者が知ることはなかろうから逃げ得だなどと考えても仕方ないが、俺が回収できなかった魂は山ほどあるぞ。これは罰か? 当然の報いか? では、魂を呪い壊した相手は悪か? この世の善悪ではどう判断されるのだ?」
「……」

 死神の問いはこの世の視座を超えていて、私には答えることができなかった。答えを期待されてもいないだろう。
 死神から見れば私はあまりにも小さな存在だ。畏怖の念すら覚えるこの相手から、それでも私は逃げようとしているのか。思わず溜息が出た。

「シキ、お前は他人から責められ、痛みを感じて修一の罪を償った気になりたいのか? 己の内に積もりゆく罪の意識を捨て去ることができなくて辛いのだろう? 罪の意識は重く、押し潰されるほどか? ならば安子に会えばよかろう。安子に罵倒してもらえ。それでお前の気が済むだろう」

 修一と安子に対する申し訳なさは決して消えることがなかった。安子にどれだけ責められ罵倒されても、それは当然のことだ。
 だが、それでこの世を去る気にはならない。私は自分が生きるために罪を犯した。この世で生きる私には反省も後悔もありえないのだ。
 死神が私を非難する様子はない。すっと伸びた腕が、私の頭上に近づく。

「シキ。わかっているだろう? お前が生き続けようとする限り、後悔はできないのだ。お前は自らの意思で赦されない存在となった。楽になろうと思うな。言い訳を探しながら生きるな。魂を無駄に汚すな」

 死神に魂を包まれる感覚に、自然と涙が溢れた。

「修一はすぐにあの世へ向かった。子供の魂は軽やかだ。この世への執着も少ない。安子に恨まれるとすれば、お前より俺であろうな。安子は修一の魂を身体に戻そうと必死だった。それを引き離してあの世へ送ったのだからな。残念だが、自己を保てなくなった状態で肉体に戻るのは無理なのだ。たとえ肉体から出ずにいられたとて、あれでは廃人同然だ。もはや元に戻ることは叶わない」

 死神はただ事実を伝えているだけだ。
 だが、それはまるで私の心に寄り添い慰めを与えるかのように感じられて、ひどく戸惑った。
 私は自分に都合良く解釈しているに違いない。私は慰めが欲しかったのか……。
 なんとも身勝手なものだな。死神に満たされ癒しを得る資格などないだろう。
 溢れる涙を止める手立てがないまま、頬を拭おうとした腕を影が制した。

「魂に呪いや恨みがこびりつくように、祈りもまた魂を包む。古来人間はそうして故人の安寧を念じ、魂を守ってきた。お前には罪を償う機会はない。ならばせめてあの世での安寧を祈ってやれ。誰からの祈りであろうと、その念は修一の魂に力を与えることになる」
「カイ……」
「ひとつお前に教えてやる。いいか、この世は一度きりではない。望めばまた来ることができる」

 私は目を覚ました。社員寮の部屋に一人横たわり、暗闇には誰の気配もない。
 死神の感触がわずかに腕に残っている。
 カイ……。
 私は癒しを与えられたのか? 慈悲の輝きを宿した黒い影に包まれ、私は死神の慰めを受けたのか?
 誰からも罰せられず、積み上がる罪悪感を内に抱え続けるしかない私に、わずかな救いを許してくれたのか?
 私は生き続けたい。後悔は偽善だ。言い訳は許されない。
 私はひとり泣き続けていた。
 修一への懺悔ではなく、ただ彼の魂の安寧と来世での健勝を祈って、泣いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...