104 / 200
2039ー2043 相馬智律
52-(2/2)
しおりを挟む
上層部の事情は知らない。国の事情も知らない。この時代に大規模な戦争はめったに起きないが、NH社やBS社の軍事的需要が増えているのは確かだ。
イオンの技術がいつ何にどの部分が使われていくのか、研究開発当事者の我々は知らない。全て本部と取引先の決めることだ。
上層部の一声で、ある日突然イオンが連れて行かれても文句は言えないのだ。NH社は、使えそうな技術があれば何にでも応用し、需要があればいつでも供給する。現に、イオン技術を駆使した多肢体の軍用自律ロボットが実用化されているらしい。
BS社も似たようなものだろう。両社とも、必要とあれば何でもやる。
このたび刷新されたイオンのボディと良く似たものを私は知っている。BS社のアンドロイドだ。NH社が遅れをとっていた不安定な下半身が今回改善され、イオンはもはや裸体でも人間と見分けがつかないほど人間になった。
現在BS社は、個人の思考や人格データをアンドロイドに移植する最終試験段階だと聞く。
では、その被験者に誰がなる? 実験であれば、経歴や生活習慣、趣味嗜好や思想信条など全てを暴かれ検証される。倫理的問題をクリアできるのは、家族もなく闇に葬られたも同然の人間くらいだろう。
実験を検証するためには、囚人のように監視され続けて思考や行動が全てデータとして残っていることが必要だ。
だからこそ私は疑っている。大村の遺体はBS社に送られたのではないのかと。
BS社なら、急に複製が必要になって死者からデータを抜き取る需要も想定しているはずだ。大村ほどの好材料は他になかろう。
監視されていたのだから当然だが、大村が部屋で息を引き取って相馬が緊急コールした後、救急隊の到着も処置も驚くほど速く手際がよかった。
あの時、私はすぐに部屋から追い出されたが、救急蘇生処置を施していた様子はなかったように思う。
冷却保存。頭をよぎるが確証はない。
イオンのボディ進化は、大村を被験者にするバーターではないのか。
両社は競合に見えて研究の方向性が違う。共に、国と軍が関与する半官半民企業だ。上からの差配があってもおかしくはない。
「教授、お加減がよろしくないのですか?」
イオンが声をかけてきた。研究棟内の一階フロアで自由な移動を許可されているイオンたちは、映画のエキストラのようにあちらこちらにたたずんでいる。
かつて入院患者の点滴チューブのように繋がれていた配線は、もうない。
イオンは美しく洗練された笑顔で自分から話しかける。自分から積極的に他者に近づく。
プログラムされた人間的行動であるが、実社会においてはまだ恐怖と警戒を生むかもしれないな。
「久しぶりに外を歩いて疲れただけだよ。大丈夫」
「ゆっくりお休み下さい」
「ありがとう。ところで、私は教授ではないよ。君たちはいつも私を相馬先生と呼んでいただろう? 所長になっても教授にはなっていないから、先生のままだ」
「先生、ですか?」
「そうだ」
「教授は、先生になったのですか?」
役職名と研究棟の所長という立場の不一致が混乱の原因か?
「イオン、どこか情報に不足や不確定があるか?」
「あなたは大村教授です。これからは大村先生と呼ぶのですか?」
「え?」
イオンは、未解決の表情で不思議そうに私を見ている。
「大村教授はこの研究棟の所長のままです。何も変わっていません」
イオンは私を大村だと断定していた。
イオンの技術がいつ何にどの部分が使われていくのか、研究開発当事者の我々は知らない。全て本部と取引先の決めることだ。
上層部の一声で、ある日突然イオンが連れて行かれても文句は言えないのだ。NH社は、使えそうな技術があれば何にでも応用し、需要があればいつでも供給する。現に、イオン技術を駆使した多肢体の軍用自律ロボットが実用化されているらしい。
BS社も似たようなものだろう。両社とも、必要とあれば何でもやる。
このたび刷新されたイオンのボディと良く似たものを私は知っている。BS社のアンドロイドだ。NH社が遅れをとっていた不安定な下半身が今回改善され、イオンはもはや裸体でも人間と見分けがつかないほど人間になった。
現在BS社は、個人の思考や人格データをアンドロイドに移植する最終試験段階だと聞く。
では、その被験者に誰がなる? 実験であれば、経歴や生活習慣、趣味嗜好や思想信条など全てを暴かれ検証される。倫理的問題をクリアできるのは、家族もなく闇に葬られたも同然の人間くらいだろう。
実験を検証するためには、囚人のように監視され続けて思考や行動が全てデータとして残っていることが必要だ。
だからこそ私は疑っている。大村の遺体はBS社に送られたのではないのかと。
BS社なら、急に複製が必要になって死者からデータを抜き取る需要も想定しているはずだ。大村ほどの好材料は他になかろう。
監視されていたのだから当然だが、大村が部屋で息を引き取って相馬が緊急コールした後、救急隊の到着も処置も驚くほど速く手際がよかった。
あの時、私はすぐに部屋から追い出されたが、救急蘇生処置を施していた様子はなかったように思う。
冷却保存。頭をよぎるが確証はない。
イオンのボディ進化は、大村を被験者にするバーターではないのか。
両社は競合に見えて研究の方向性が違う。共に、国と軍が関与する半官半民企業だ。上からの差配があってもおかしくはない。
「教授、お加減がよろしくないのですか?」
イオンが声をかけてきた。研究棟内の一階フロアで自由な移動を許可されているイオンたちは、映画のエキストラのようにあちらこちらにたたずんでいる。
かつて入院患者の点滴チューブのように繋がれていた配線は、もうない。
イオンは美しく洗練された笑顔で自分から話しかける。自分から積極的に他者に近づく。
プログラムされた人間的行動であるが、実社会においてはまだ恐怖と警戒を生むかもしれないな。
「久しぶりに外を歩いて疲れただけだよ。大丈夫」
「ゆっくりお休み下さい」
「ありがとう。ところで、私は教授ではないよ。君たちはいつも私を相馬先生と呼んでいただろう? 所長になっても教授にはなっていないから、先生のままだ」
「先生、ですか?」
「そうだ」
「教授は、先生になったのですか?」
役職名と研究棟の所長という立場の不一致が混乱の原因か?
「イオン、どこか情報に不足や不確定があるか?」
「あなたは大村教授です。これからは大村先生と呼ぶのですか?」
「え?」
イオンは、未解決の表情で不思議そうに私を見ている。
「大村教授はこの研究棟の所長のままです。何も変わっていません」
イオンは私を大村だと断定していた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日当たりの良い借家には、花の精が憑いていました⁉︎
山碕田鶴
ライト文芸
大学生になった河西一郎が入居したボロ借家は、日当たり良好、広い庭、縁側が魅力だが、なぜか庭には黒衣のおかっぱ美少女と作業着姿の爽やかお兄さんたちが居ついていた。彼らを花の精だと説明する大家の孫、二宮誠。銀髪長身で綿毛タンポポのような超絶美形の青年は、花の精が現れた経緯を知っているようだが……。
(表紙絵/山碕田鶴)
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
アララギ兄妹の現代怪異事件簿
鳥谷綾斗(とやあやと)
ホラー
「令和のお化け退治って、そんな感じなの?」
2020年、春。世界中が感染症の危機に晒されていた。
日本の高校生の工藤(くどう)直歩(なほ)は、ある日、弟の歩望(あゆむ)と動画を見ていると怪異に取り憑かれてしまった。
『ぱぱぱぱぱぱ』と鳴き続ける怪異は、どうにかして直歩の家に入り込もうとする。
直歩は同級生、塔(あららぎ)桃吾(とうご)にビデオ通話で助けを求める。
彼は高校生でありながら、心霊現象を調査し、怪異と対峙・退治する〈拝み屋〉だった。
どうにか除霊をお願いするが、感染症のせいで外出できない。
そこで桃吾はなんと〈オンライン除霊〉なるものを提案するが――彼の妹、李夢(りゆ)が反対する。
もしかしてこの兄妹、仲が悪い?
黒髪眼鏡の真面目系男子の高校生兄と最強最恐な武士系ガールの小学生妹が
『現代』にアップグレードした怪異と戦う、テンション高めライトホラー!!!
✧
表紙使用イラスト……シルエットメーカーさま、シルエットメーカー2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる