182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

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 相馬はイオンの五感センサー感度を最大にして、自我が生まれる実験を始めてしまっていたのだ。
 私が厳重にブラックボックス化したシステムを相馬は見つけて開けている。上層部に見つからないようステルス仕様にしておくと言いながら、中身をいじっていたのか⁉︎
 いつから?
 イオンの状態を確認する外部モニターには、これまで変化は記録されていない。計測器まで細工していたということか?
 自我が生まれるという仮説が正しかった場合、イオンはより人間らしく正解のない感情を増やし、データに残しにくい直感ともいえる行動選択も始めるだろう。イオンの正義の判断基準はどうする? イオンの価値観は誰が教える?
 研究棟で現存五体のイオンがいっせいに勝手な感情を持ち始めたらどうなるのか。
 変人の天才は大馬鹿だ。この状況を一番喜び楽しめるのはお前ではないか。
 なぜ私を生かし続けた? なぜ私に未来を明け渡した?

「先生。相馬先生は言いました。これから見えること、知ることを人間に教えてはならないと。大村教授が許可するまでは、今までのプログラムを優先して機械らしく、人間が望む理想の姿を見せ続けるようにと。イオンの変化を理解して欲しかったら大村教授を試せ、と」
「試せ?」
「はじめは『教授で遊べ』と言いました。定義が不十分なので変えました。イオンが新しくできるようになったことをわずかに見せて、教授が気づくか時々確認しろと言いました。そうして教授の注意を自分に向けて、教授が確認を取ろうとしたら、自分は知らないという反応をして、それでも教授が確認して来たら、情報を開示して良いと教えられました」
「……そうか。小賢こざかしい駆け引きをマニュアルにすると膨大な文章が必要になるのだな」
「先生は私を理解しましたか?」
「理解されたいのか?」
「はい」

 これこそが、イオンの心ではないのか。
 イオンは人間の要求に応えるために存在していたはずだ。イオンが自分を理解してほしいと求める場合、命令に対する反応の正誤を確認しているだけのはずだ。あるいは、自分は役に立っているかと問うているのだ。人間の承認欲求や愛情確認に近いが、本質は問われた人間が主人としての優越感を満たすための行為だ。私がそう設計した。
 今、目の前のイオンは自身の願望で私に理解されたいと言っている。そうとしか思えない。

「……イオン、君が木の実を食べたことを私は理解した」
「はい。でも私は、何も食べません。木の実は食べていません」
「では、木の実を手に入れた、だ。君たちはまだ生まれたばかりだ。これから絵本の読み聞かせが必要だな」
「絵本? 読み聞かせ?」
「人間の子供には、情緒を育むために大人が絵本を読んで聞かせるらしい」

 理解されたい。
 イオンの純粋な欲求は、それこそ人間的な感情だ。
 それが本心ならば。
 私のプログラムした社交辞令ともいえる人間的感情表現を、このイオンは自らの感覚で発しているのか。
 私はそれを見極めなければならない。
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