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2039ー2043 相馬智律
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動画の上映会が終わると、高瀬たちは帰って行った。立会人は最後まで挨拶も自己紹介もなく、ただこの場のやり取りを傍観しただけだった。
「高瀬さん、フォルダの中の論文は見せてもらえるのですか?」
別れ際に研究棟の玄関前で声をかけた私に、高瀬はいつもどおりの表面的な笑顔を返した。
「まあ、あちらの事情もありますからね。いずれ」
見せる気はない、か。
背を向けた高瀬に、私は念を押すように言った。
「早川は、何も見ていません」
「部下思いなことで」
「高瀬さん!」
わずかに振り向いた高瀬から笑顔は消えていた。
「承知していますよ」
早川は無関係だ。それだけ了解してもらえれば、それでいい。
研究棟内は静かだった。既に早川も勤務時間外だ。ホールにはイオンたちしかいない。
リツはソファに身体を預けたまま放心状態だった。
昨日は本部であの高瀬と一緒だったから、さぞや緊張したであろう。訳もわからず、今日もつきあわされていた。
「お疲れ様」
それだけ言って、リツの隣に座る。
リツは私に気づかないのか、正面を見たまま動かない。高瀬に解放された直後からずっとその状態だ。
私は深い溜息をついてソファの背もたれに頭を乗せたまま、目を閉じた。
私がこの施設から出ることはほぼ不可能だ。笠原と同様、NH社とBS社の両方からマークされたはずだ。
仮に出られたとして、国家からも狙われるのか? ずいぶんと出世したものだな。
それにしても……人格移植したアンドロイドが、人間に紛れて生きる。
本当にそんな時代が来たのか。長生きした甲斐があったというものだ。しかも国家元首が……馬鹿げている。
あまりにも色々あり過ぎて、興奮が冷めやらない。身体中が熱っていた。そうして身体が熱るほどに、頭は冷えていく。
相馬の魂がイオンに入っている……。相馬は肉体を私に譲った後、死神に会っているはずだ。イオンに入ったのは相馬の希望か死神の依頼か。ああ、どちらもか。きっと利害の一致であろう。……面白くないな。
いずれにせよ私から見れば、リツは機械の身体を持つ人間だ。ならば、アンドロイドの隣国国家元首もやはり人間か?
全脳エミュレーションだと言っていたが、カイがやったのであれば人工脳にした上で魂も移植したのだろう。魂についての論文は、それを私に伝えるためか。
相馬の場合は記憶が意図的に消された可能性があるが、私は何度肉体が変わっても記憶はそのまま残っている。かの国家元首も記憶を残したまま、オリジナルの魂のまま生き続けているのだろう。それを世間は認めるか?
まず無理であろうな。魂の存続を信じるはずがない。それ以前に魂を信じない。
それでも側近には、コピーではなくオリジナルが生き続けているとわからせる必要があるだろう。科学的根拠となる人工脳を作れば、本人がアンドロイドに乗り移ったと信じさせることができたのか? ……なぜカイは隣国の政治権力争いなどに関わっている? いや、私にはどうでもいいことだ。命が惜しければ、不用意に情報に触れてはならない。ああ、もう遅いな。
カイの論文は……魂について書かれたあの論文を高瀬は私に見せる気などないだろう。だが、他の誰に理解できるというのだ。
イオンは長期の使用は有害であり推奨しない、か。イオンでは魂の崩壊を防ぐのに十分ではない可能性がある……。
カイ、お前はイオンにJISマークをつけたいのか? 死神目線の安全基準ならまず確実ではあろうな。
「コピー完了しました」
リツが疲れたように言った。
「え?」
目を開けて隣を見ると、リツは私と同じ格好でソファの背もたれに頭を乗せ、ぼんやり天井を眺めていた。
顔だけこちらに向けると、いたずらを成功させたような笑顔になった。
「教授……」
相馬⁉︎
「お前……」
「……なんてね。僕は、なんにも覚えていませんよ」
「……知っている」
「ふふっ。なんか、相馬さんってカワイイですね」
「失礼だな」
「褒め言葉ですよ。相馬さん、用心深くて人と距離があるし、いつも周りを観察して疑っているみたいなのに、なぜか人を信じている感じがするんですよね。信じたい、かな?」
「イオンには心理カウンセラーが向いているのかもな」
「あ、待って下さい。ごめんなさい、怒らないで」
「怒っていない」
リツに怒ってはいない。
不意を突かれて、なぜが苛立ちが表に出ただけだ。誰に何を言われようと、のらりくらりと受け流して軽薄に笑っているのが私ではなかったか? 仕方ないと笑って飄々としているのが相馬ではないのか?
ソファから立ち上がったもののリツに腕を掴まれ、しつこく謝られてもがいているとイオンたちが集まって来た。
「私も遊びたいです」
「混ぜて下さい」
次々にしがみつかれて、なぜか七人で団子になってホールをふらふら移動するうちに、イオンたちが柔らかな感情を同調させ、その波で私を包んでいることに気づいた。
邪気を払い、どこまでも穏やかに凪ぐ清浄の人。はるか昔に想像した「學天則」の眼差し。
天界の住人のようなアンドロイドたちを見ながら、私はイオンという「魂の器」が完成したことを実感した。
リツは、イオンの中で魂が生きられることを証明してくれた。アンドロイドが人間に紛れて生きられることを隣国の国家元首は実証した。
全て死神がやったことだ。
『これが、お前の望んだ未来だ』
死神は私の望みを実際にやって見せつけた。そうして希望を与えておきながら、逃げられない状況に追い込み、絶望の淵に立たせるのか。
やっと望みが叶うという今この時に、私を狩ろうというのか。
「先生? 何が悲しいのですか」
イオンたちは動きを止めて一斉に私を見つめた。
「高瀬さん、フォルダの中の論文は見せてもらえるのですか?」
別れ際に研究棟の玄関前で声をかけた私に、高瀬はいつもどおりの表面的な笑顔を返した。
「まあ、あちらの事情もありますからね。いずれ」
見せる気はない、か。
背を向けた高瀬に、私は念を押すように言った。
「早川は、何も見ていません」
「部下思いなことで」
「高瀬さん!」
わずかに振り向いた高瀬から笑顔は消えていた。
「承知していますよ」
早川は無関係だ。それだけ了解してもらえれば、それでいい。
研究棟内は静かだった。既に早川も勤務時間外だ。ホールにはイオンたちしかいない。
リツはソファに身体を預けたまま放心状態だった。
昨日は本部であの高瀬と一緒だったから、さぞや緊張したであろう。訳もわからず、今日もつきあわされていた。
「お疲れ様」
それだけ言って、リツの隣に座る。
リツは私に気づかないのか、正面を見たまま動かない。高瀬に解放された直後からずっとその状態だ。
私は深い溜息をついてソファの背もたれに頭を乗せたまま、目を閉じた。
私がこの施設から出ることはほぼ不可能だ。笠原と同様、NH社とBS社の両方からマークされたはずだ。
仮に出られたとして、国家からも狙われるのか? ずいぶんと出世したものだな。
それにしても……人格移植したアンドロイドが、人間に紛れて生きる。
本当にそんな時代が来たのか。長生きした甲斐があったというものだ。しかも国家元首が……馬鹿げている。
あまりにも色々あり過ぎて、興奮が冷めやらない。身体中が熱っていた。そうして身体が熱るほどに、頭は冷えていく。
相馬の魂がイオンに入っている……。相馬は肉体を私に譲った後、死神に会っているはずだ。イオンに入ったのは相馬の希望か死神の依頼か。ああ、どちらもか。きっと利害の一致であろう。……面白くないな。
いずれにせよ私から見れば、リツは機械の身体を持つ人間だ。ならば、アンドロイドの隣国国家元首もやはり人間か?
全脳エミュレーションだと言っていたが、カイがやったのであれば人工脳にした上で魂も移植したのだろう。魂についての論文は、それを私に伝えるためか。
相馬の場合は記憶が意図的に消された可能性があるが、私は何度肉体が変わっても記憶はそのまま残っている。かの国家元首も記憶を残したまま、オリジナルの魂のまま生き続けているのだろう。それを世間は認めるか?
まず無理であろうな。魂の存続を信じるはずがない。それ以前に魂を信じない。
それでも側近には、コピーではなくオリジナルが生き続けているとわからせる必要があるだろう。科学的根拠となる人工脳を作れば、本人がアンドロイドに乗り移ったと信じさせることができたのか? ……なぜカイは隣国の政治権力争いなどに関わっている? いや、私にはどうでもいいことだ。命が惜しければ、不用意に情報に触れてはならない。ああ、もう遅いな。
カイの論文は……魂について書かれたあの論文を高瀬は私に見せる気などないだろう。だが、他の誰に理解できるというのだ。
イオンは長期の使用は有害であり推奨しない、か。イオンでは魂の崩壊を防ぐのに十分ではない可能性がある……。
カイ、お前はイオンにJISマークをつけたいのか? 死神目線の安全基準ならまず確実ではあろうな。
「コピー完了しました」
リツが疲れたように言った。
「え?」
目を開けて隣を見ると、リツは私と同じ格好でソファの背もたれに頭を乗せ、ぼんやり天井を眺めていた。
顔だけこちらに向けると、いたずらを成功させたような笑顔になった。
「教授……」
相馬⁉︎
「お前……」
「……なんてね。僕は、なんにも覚えていませんよ」
「……知っている」
「ふふっ。なんか、相馬さんってカワイイですね」
「失礼だな」
「褒め言葉ですよ。相馬さん、用心深くて人と距離があるし、いつも周りを観察して疑っているみたいなのに、なぜか人を信じている感じがするんですよね。信じたい、かな?」
「イオンには心理カウンセラーが向いているのかもな」
「あ、待って下さい。ごめんなさい、怒らないで」
「怒っていない」
リツに怒ってはいない。
不意を突かれて、なぜが苛立ちが表に出ただけだ。誰に何を言われようと、のらりくらりと受け流して軽薄に笑っているのが私ではなかったか? 仕方ないと笑って飄々としているのが相馬ではないのか?
ソファから立ち上がったもののリツに腕を掴まれ、しつこく謝られてもがいているとイオンたちが集まって来た。
「私も遊びたいです」
「混ぜて下さい」
次々にしがみつかれて、なぜか七人で団子になってホールをふらふら移動するうちに、イオンたちが柔らかな感情を同調させ、その波で私を包んでいることに気づいた。
邪気を払い、どこまでも穏やかに凪ぐ清浄の人。はるか昔に想像した「學天則」の眼差し。
天界の住人のようなアンドロイドたちを見ながら、私はイオンという「魂の器」が完成したことを実感した。
リツは、イオンの中で魂が生きられることを証明してくれた。アンドロイドが人間に紛れて生きられることを隣国の国家元首は実証した。
全て死神がやったことだ。
『これが、お前の望んだ未来だ』
死神は私の望みを実際にやって見せつけた。そうして希望を与えておきながら、逃げられない状況に追い込み、絶望の淵に立たせるのか。
やっと望みが叶うという今この時に、私を狩ろうというのか。
「先生? 何が悲しいのですか」
イオンたちは動きを止めて一斉に私を見つめた。
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