182年の人生

山碕田鶴

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2039ー2043 相馬智律

68-(2/3)

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「リツはカイから照陽について何か聞いているのか? 総帥は教団代表でもある……のだよな?」
「僕はまだ詳しくは知りません。でも、ヒミコさんの周りには不思議な力を持つ人が集まっているみたいですよ」
「ヒミコ?」
「総帥の名前です。ヒミコさんはカイの名を知っていました。いつも笠原様って呼んでいましたけれど」

 ヒミコは偽名であろう。本名を知られて呪われることは当然避けるはずだ。
 いや、これはただの雑学知識だ。本当のところは知らない。私は呪いの類に無縁だ。
 だいたい、幽霊だって見たことがない。自分が幽霊になって初めてこの世の枠を越えた世界を体験し、安子やヤイのような霊能者の言葉を実体験から信じるに至っただけである。
 その流れで、カイの名を知るヒミコの霊力を疑わず、宗教団体代表の地位に納得しているに過ぎない。

「つまりヒミコはカイが死神だと、リツが相馬の魂の入ったアンドロイドだと承知しているのか」
「たぶん。あと、照陽グループはNH社とBS社のスポンサーで、国家元首の人格移殖のコーディネーターで……って本部に来ていた人が認識していました」
「本部に来ていた? ヒミコの護衛か?」
「別の人です。その人も前にヒミコさんたちと一緒に動画を見ていて、相馬さんと同じくらいか少し若い……」
「黒岩か」
「その人、すごく優しかったんですよ。僕をものすごくロボット扱いしていましたけど」
「そうだろうな。人格移植されたアンドロイドがどれだけ人間らしくなっても、しょせんは機械だ。だが、対面すれば本当に生きているような錯覚に陥る。黒岩はリツが怖いのだろう。これは機械なのだと自分に言い聞かせながら接しないと、目の前のアンドロイドが人間なのか機械なのかわからなくなってくるんだよ。リツに人間の魂が入っているなどどうせ信じないだろうしな。勝手に怖がらせておけばいい」

 それにしても、リツは他人の思考から直接情報が入手できるようになったのか。

「ヒミコさんの考えは読めませんよ。カイと約束していたっていうのは、ヒミコさんの方からわざわざテレパシーみたいに伝えてくれたんです。笠原がいなくなったら、僕を引き取って面倒を見ることになっていたって。僕がカイの暗示でシキにメッセージを伝える仕事が終わったら、迎えに行くことになっていたって……」

 全て予定調和か。ここまでの流れも。これから私がたどる運命も。

「そうか。ともかくリツはここから出られるのか。ならば千年安泰だな。カイが約束したなら、大丈夫だ」
「シキはカイを信頼しているんですね」

 リツは嬉しそうだった。

「信頼ではない。単なる事実だ」

 あれは人間を超えた存在だ。死神が名を教えたのであれば、ヒミコは全てを受け入れ理解しているだろう。
 立会人として現れたヒミコを思い出した。
 淡紅色のワンピーススーツで大人びて見えたが、まだ二十歳を過ぎたばかりくらいであろうか。控えめながら意志の強そうな面立ちだったな。全てを見通したような高貴で近寄りがたい雰囲気だった。
 あれが、照陽グループの現在の総帥か。
 会議室で私とリツが話す様子を見守っていた彼女は、まるで全て聞こえているかのようだった。私と目が合っても、逸らすことなくまっすぐこちらを見返してきた。私が長生きなのも当然承知か。 

「……そうか、照陽か」

 私を消そうとしているのは照陽だ。そう考えて合点がいった。ヒミコは死神に代わって私を消す気なのだ。
 死神がこの世の些事に関わり国家元首の魂をアンドロイドに移植してやったのは、照陽が私を消す口実を作るためか。いや、照陽への見返りか。……あるいはリツを保護してもらうための対価か。
 世俗にまみれて人間の欲得に手を貸すとは、死神もずいぶんと落ちぶれたものだな。
 NH社にしてもBS社にしても、照陽グループはただのスポンサーではあるまい。どこまで影響力を持っているのか。
 占い師の組合から始まった団体に教祖と呼ぶべき者は存在しないが、団体の理念を説く教師たちは顧客でもある企業や政治関係者から広く支持を集めている。
 照陽に勢力拡大の動きは元々ない。それでもグループが大きくなり続けるのは、存続のための守りが鉄壁なのだろう。
 この世に私の味方は皆無だな。
 ふと、私を見ていたリツと目が合った。
 勝手に人の心を読むな。知らなくてもいい余計なことをそうして知ってしまったら、お前が悲しくなるだけだろう?
 カイは、お前にとって一番安全な場所を考えて照陽に引き取ってもらうことにしたのだ。照陽ならばお前の事情を理解してくれる。それだけだ。お前の件は、私とカイの問題とは別だ。私を消そうとしている照陽がお前を保護することに、私は異存などない。

「照陽ならきっと贅沢させてもらえるな」

 口から出まかせを言ってリツの視線から逃げた。これ以上心の内を読まれたくなかった。

「……僕の贅沢ってなんでしょう?」
「あー……。毎日メンテナンス……とかか?」

 曖昧に笑ったリツは、それ以上照陽の話はしなかった。
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